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年齢差

眩しい朝日がカーテンの隙間から差し込み、うちはゆっくりと意識を浮上させた。


見覚えのない天井。そうだ、ここは光太郎の家だ。


昨夜の「告白」が脳裏をよぎり、一気に心拍数が上がる。


(どないしよ、どの面下げてリビング行けばええの……)


借りたままのぶかぶかのTシャツを整え、意を決してドアを開ける。


キッチンからは、トントントン、と規則正しい包丁の音が響いていた。


「……あ、おはよう、本願寺」


振り返った光太郎は、昨夜のシリアスな空気なんて嘘だったみたいに、いつも通りの涼しい顔をしていた。


「お、おん、おはよう。……なんか手伝おうか?」


「いいよ、もう終わるし。それより顔洗ってきな。腫れてるよ、寝すぎで」


「しばくぞ」


毒づきながら洗面所へ向かう。鏡の中の自分は、確かに少し目が腫れている。


(……光太郎、普通やな。昨日のこと、忘れてくれたんかな)


少しの安堵と、それ以上の、得体の知れないモヤつきが胸の奥に広がる。


食卓に並んだのは、厚切りのトーストと目玉焼き、それに香りのいいコーヒー。

昨夜の出汁茶漬けといい、本当にこいつは……。


「……光太郎、昨日のことやけど」


コーヒーを一口含んだタイミングで、うちは切り出した。逃げたままで帰るのは、やっぱり性に合わない。


「……ごめん。うちは、その……」


「謝んないで」


光太郎はパンを口に運んだまま、視線だけをうちに向けた。


「昨日の返事、別に『今すぐ』とは言ってないし」


「え……?」


「九歳差が気になるなら、僕がその差を感じさせないくらい大人になればいいだけでしょ。本願寺が何歳でも僕は追い越すつもりで隣に立つから」


彼はさらりと言ってのけたが、その瞳には昨夜と同じ、強い光が宿っている。


「だから、昨日のは『保留』にしといてあげる。……あ、でも」


光太郎は不敵に笑って、テーブル越しに身を乗り出した。


「他の男に持っていかれるのだけは、僕が絶対に許さないから。……わかった?」


年下のはずの彼に、気圧される。


昨夜は「曖昧に濁した」つもりだったのに、いつの間にか、追い詰められているのはうちの方だった。


「……生意気やねん、ほんまに」


うちは顔が熱くなるのを隠すように、冷めたコーヒーを一気に飲み干した。


***

「てことがあってさぁっ!!」


目の前の本願寺さんは机をばこんばこん叩きながら話した。


「そりゃ……やばいですね」


「ほんまにぃ!もーなんなんもー!」


フラペチーノのカップについた水滴を指でいじりながら言う本願寺さんの顔は赤く染まっていた。


本願寺さんももう三十五歳。榊さんは私の一つ上だから……26。榊さんは恐らく本願寺さんのとを本気で好いてるんだろうな。


「九年も差があるんやで!? 綾星ちゃん、想像してみて。うちが必死に魔物ぼこしてた時にあいつまだ小学生やねんで!?ランドセル背負ってたんやで……?」


「いや、でも榊さん、全然そんな風に見えないっていうか……。落ち着きすぎですよね」


ストローを口に含みながら冷静に分析する。

目の前の本願寺さんは「ありえへん!」を連呼しているが、その実、その「ありえへん」相手に完全にペースを乱されているのは明白だった。


「そう! そういうとこも可愛げないねん! 『保留にしといてあげる』やて。何あの不敵な面構え。……あー、もう、コーヒーの味せえへんかったわ、熱すぎて」


「本願寺さん、さっき『冷めたコーヒー飲み干した』って言ってませんでした?」


「……。細かいことはええねん!」


本願寺は顔を両手で覆い、机に突っ伏した。

三十五歳、仕事もバリバリこなして、後輩の面倒見もいい「頼れるクインテット」の仮面が、一人の年下男子によって無残にも剥がれ落ちている。


「……でも、本願寺さん」


「……何」


「ちょっと、嬉しかったんじゃないですか? 追い越すつもりで隣に立つ、なんて」


突っ伏したままの本願寺の肩が、びくっと跳ねた。


「……んなわけ。困るだけやわ。若さの暴走やろ、あんなん。すぐもっとピチピチの、二十代の可愛い子見つけて『あの時は若気の至りでした』とか言い出すに決まってる」


「榊さんがそんなこと言うタイプに見えます?」


「…………見えへん。あいつ、無駄に一途そうやし」


くぐもった声が返ってくる。


私はふふっと笑った。本願寺さんは気づいていないが、彼女が必死に「年齢差」という壁を積み上げようとすればするほど、光太郎の言葉がその壁をドリルで穿っている。


「ま、とりあえず保留なんですよね。なら、ゆっくり考えればいいじゃないですか。……あ、そういえば」


綾星が思い出したようにカバンを探り始める。


「光太郎さんから、さっき連絡来てましたよ。『本願寺さんに、忘れ物したから今日中に取りに来いって伝えて』って」


「……はぁ!? 忘れ物? うち、全部持ったはず……」


本願寺さんが勢いよく顔を上げると、スマホに通知が。


『昨日貸したTシャツ。洗わなくていいから、今日中に返しに来て。夜、また飯作るから。』


「……また餌付けしようとしてる、あいつ……!!」


怒っているような、けれどどこか嬉しそうな本願寺さんを見て、私は、これは壁が崩れるのも時間の問題だなと確信した。

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