幕間・月光
「光太郎おそい!待っとったんやけど」
「ごめん。本願寺」
大きな目と黒から桃色にグラデーションする髪の毛、特徴的な関西弁の本願寺月乃はもうすでに駅で待っていた。
「はよ行くで!映画、めっちゃ楽しみにしてたんや」
きらっとした顔で言う本願寺。今日は二人で映画を見に行く約束をしていた日だった。
「この映画、人気なんだね。予約もどこもいっぱいだったし」
「そうそう!今大人気のアニメが映画館で放送されてんねん。戦闘あり恋愛ありアイドル展開ありの神映画」
本願寺は僕の腕をぐいぐいと引っ張り、映画館の喧騒の中へと突き進んでいく。グラデーションの髪が、人混みの中で鮮やかに揺れていた。
シアター内は熱気に包まれていた。上映が始まると、そこには本願寺が熱弁していた通りの「神展開」が待っていた。
スクリーンに映し出されるのは、月面都市のハイテク重機を操り、地球の侵略者に立ち向かう少女。
激しい空中戦が繰り広げられたかと思えば、次の瞬間には舞台装置がせり上がり、彼女は銀河系トップアイドルとして歌い踊り始める。
「……すごな、これ」
光太郎が圧倒されていると、隣から「くぅ……っ」という小さな声が聞こえた。
見れば、本願寺がポップコーンを握りしめたまま、潤んだ大きな目でスクリーンを凝視している。少女が想い人と引き裂かれそうになるシーンでは、彼女の肩が小さく震えていた。
(……普段はあんなに威勢いいのに)
本願寺の横顔から目が離せなくなった。戦闘シーンでの興奮した表情、恋愛シーンでの切なげな瞳。
映画の内容もさることながら、くるくると変わる彼女の表情こそが、僕にとっては「神映画」以上の見どころだった。
エンドロールが流れ、明かりが灯る。
「……最高やった。なあ光太郎、最後の決断、どう思った!?」
劇場の外に出た瞬間、先ほどまでの涙をどこへやら、興奮冷めやらぬ様子で振り返った。
「え、あ、ああ……。強かったな、いろんな意味で」
「そうやろ! うちもあんな風に、自分の気持ちに真っ直ぐ生きたいわ」
そう言って本願寺は、いたずらっぽく僕の顔を覗き込む。
「さて、映画の後は感想戦や! うち、お腹すいた。パンフレット読みながら語れる店、連れてってな?」
夕暮れに染まり始めた街。先ほど見た映画のヒロインと、目の前で笑う女性の姿を重ね合わせながら、彼女の歩幅に合わせて歩き出した。
***
「ここ、ずっと気になってたんや!」
本願寺に連れられてやってきたのは、レトロな雰囲気漂う喫茶店。
テーブルに運ばれてきた大きなオムライスを前に、彼女はさっそくパンフレットを広げた。
「なあ光太郎、やっぱり第3章のライブシーン、最高やったと思わん? 敵をなぎ倒しながら新曲を披露するなんて最高!」
スプーンを持ったまま熱弁する本願寺。その瞳はまだ映画の熱を帯びている。
「確かに。でも俺は……その後の、月へ帰る直前のセリフが印象的だったかな。あんなに戦ってたのに、最後はただの女の子に戻ったみたいで」
そう答えると、本願寺は食べる手を止めて、ふっと柔らかく目を細めた。
「……光太郎、ええとこ見てるやん。そう、あそこな……。普段は強がって戦っとる子が、ほんの一瞬だけ見せる弱音。あれが一番、心に刺さるんよ」
少しだけトーンを落とした本願寺の声に心臓が不意に跳ねる。
グラデーションの髪が照明に透け、彼女の表情をいつもより大人びて見せていた。
「うちもな、たまに思うねん。あんな風に全部ひとりで背負って戦えたらカッコええけど……。でも、隣に誰かおってくれた方が、きっともっと強い歌が歌えるんやろうなって」
本願寺は照れ隠しのように、大口でオムライスを頬張った。
「……もぐ、……なーんてな! 映画の見すぎや!」
「……そうかな。でも、本願寺が戦うときは、ポップコーンくらいは補充してやるよ」
「なんやそれ! しょぼい加勢やなぁ!」
本願寺はケラケラと笑い、また賑やかな感想戦へと戻っていく。
「なーなー、光太郎!うち、いきたいとこあんねん」
そう言って連れてこられたのはネオンがまぶしい大型のゲームセンターだった。
「さっきの映画、戦闘シーンすごかったやん? うちらも一戦交えんとな!」
本願寺は迷わず、体感型の格闘ゲーム機の前に陣取った。選んだキャラクターはもちろん、大鎌を振り回すさっきみた映画風の美少女だ。
「負けへんで。光太郎、覚悟しときや!」
「……本気なんだな。いいよ、受けて立つ」
対戦開始の合図とともに、本願寺の指先が鮮やかにボタンを叩く。
「ほらほら! 隙ありやで! 」
画面の中のキャラが派手なエフェクトと共に舞う。本願寺は真剣そのもので、大きな目をさらに見開き、グラデーションの髪が激しく揺れていた。
しかし、僕も負けてはいない。冷静にガードを固め、一瞬の隙を突いてカウンターを叩き込む。
「ああっ! なんでそこ読めてるん!? 光太郎、さてはやり込んでたな!?」
「いや、月乃の攻撃が真っ直ぐすぎて読みやすかっただけだよ」
「……言うたなー! 次は負けへん、もう一回! コンティニューや!」
結局、三戦連続で僕の勝利。本願寺は「むーっ」と頬を膨らませて、筐体のレバーから手を離した。
「……光太郎、意外と容赦ないんやね。うち、ちょっと見直したというか、悔しいというか……」
少し俯いた本願寺の横顔につい苦笑いする。
「ごめん、つい熱くなっちゃって。……埋め合わせに、あっちのクレーンゲームで何か取ってあげようか?」
指さしたのは、映画の限定ぬいぐるみが並ぶ機械だった。
「……ほんま!? ぬいぐるみ、絶対欲しい! 取ってくれたら、さっきの負けはチャラにしたるわ!」
パッと顔を輝かせ、本願寺が袖を引っ張って駆け出す。勝負には負けたはずなのに、彼女の足取りはさっきよりも弾んでいた。
「これ、めっちゃ難しそうやん……アーム、弱ない?」
不安げに覗き込む先には、ふわふわしたフリルをまとった限定ぬいぐるみが、絶妙に不安定な位置で重なっていた。
「……一回、やってみるよ」
100円玉を投入し、慎重にレバーを握る。本願寺は横で息を飲み、祈るように両手を組んでいた。
「あ、そこ! 右……行きすぎ! ああ、戻して!」
「静かに。集中させて……」
僕は本願寺の騒がしいアドバイスを適当に聞き流しながら、ぬいぐるみの頭ではなく、あえて重心の偏った足元に狙いを定めた。
ウィーン、と機械音が響き、アームがゆっくりと下降する。
ツメがぬいぐるみの裾に引っかかり、一瞬、持ち上がった。
「浮いた! 行け、行けえぇっ!」
本願寺の叫びと同時に、ぬいぐるみはゴロンと転がり、そのまま吸い込まれるように取り出し口へと落ちた。
「……取れた」
「やったぁぁぁ!! 光太郎、すごいやん! 天才! クレーンゲームの神様や!」
本願寺は飛び上がって喜び、取り出し口から出てきたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。その笑顔は、今日一番の輝きを見せている。
「……そんなに喜んでくれるなら、頑張った甲斐があったよ」
「当たり前やん! うち、これ絶対欲しかったんよ。……ありがとな、光太郎」
少し顔を赤くして、ぬいぐるみの影から上目遣いにこっちを見た。グラデーションの髪が、ゲームセンターの派手な照明に照らされてキラキラと光る。
「これ、今日の記念やね。一生大事にするわ」
二人は並んでゲームセンターを後にした。月乃の手には、僕が取ったぬいぐるみが大切そうに握られている。
***
ゲームセンターを出ると、外はすっかり夜の帳が下りていた。
駅へと続く道、街灯の光が髪のグラデーションを淡く照らし出す。
「……ふふ、見てや光太郎。このぬいぐるみやっぱりうちの部屋にぴったりやわ」
腕の中のぬいぐるみを愛おしそうに眺めながら、ゆっくりとした足取りで歩く。
先ほどまでの騒がしさはどこへやら、二人の間には心地よい静寂が流れていた
「喜んでもらえてよかったよ。……今日は、楽しかった?」
問いかけると、本願寺はふと足を止め、夜空を見上げた。
そこには、映画のモチーフにもなっていた綺麗な三日月が浮いている。
「……めっちゃ、楽しかった。映画も、オムライスも、格闘ゲームでボコボコにされたんも」
そう言って、クスクスと天を仰いでで小さく笑った。
そして、少しだけこっちへ体を寄せ、消え入りそうな声で付け加える。
「……でも、一番嬉しかったんは、光太郎がうちのために一生懸命ぬいぐるみを狙ってくれたことかな」
「え……?」
不意打ちの言葉に言葉に詰まる。本願寺は顔を隠すように、ぬいぐるみの頭で自分の口元を隠した。
「……なんちゃって! 勘違いせんといてな! うち、単に景品が欲しかっただけやから!」
「あ、ああ……そうだよな」
「そうや! 照れてんと、はよ歩くで! 終電逃したら、光太郎の家まで転がり込んでまうからな!」
いつもの調子を取り戻したように快活に笑い、先を歩き出した。
けれど、その繋いでいない方の手は、大切そうに、しっかりと取ったぬいぐるみを抱きしめたままだった。
駅のホームが見えてきた。
「楽しかった!ありがと光太郎!」
「じゃあ。ばいばい。………月乃」
月乃?うちはそう言われた言葉をくるくると口の中で回しながら道を歩いた。
(初めてやな、名前でよばれたん……)
手の中のぬいぐるみをぎゅぅと抱いて、夜の街を駆けていく。




