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尚人のやつ、ほんとひでーよ。
なにも結婚式に、わざわざ元カレの俺を呼ぶことなんかないじゃないか。
目の前に降り注ぐ、白とピンク色のコンフェッティシャワー。チュールをふんだんに使った白いドレスを着て、幸せの絶頂といわんばかりに微笑む、小柄で華奢なかわいい花嫁。そして似合いもしない白いタキシード姿でその隣に立つのは、俺の、俺の——…….。
今日は大学時代の友人――いや、俺の元恋人である尚人の結婚式だ。
一方的に別れを告げられてからたった半年。たったそれだけしか経っていないのに、あいつは今、俺の目の前で、俺の知らない女の子と幸せそうに結婚式を挙げている。
「な、ユウジ。顔色悪いぞ。お前、やっぱ無理せずにさ……」
「……大丈夫だよ」
一緒に式に参加している大学からの友人である佐藤が、心配そうに声をかけてきた。
こいつは友達の中で、唯一俺と尚人との間を知っている。俺が式に参加すると聞いて、大丈夫かと心配してくれていた。
……というよりは、刃傷沙汰にでもならないか、そっちの心配をしているのかもしれない。
(朝会ったとき、ナイフ持ってないだろーなって、冗談で身体検査されたもんな)
そりゃ刺したくもなる。別れてすぐに結婚だなんてさ。
その上、ご丁寧に式にご招待だなんて。
俺は式場のピカピカに磨かれた、大きなガラス窓に写った自分の姿を見て、ため息を吐いた。
めったに袖を通すことのない、憧れのテーラーでオーダーした一張羅のスーツ。いつ着ようかって、クローゼットを開けるたびにニヤニヤしてた。でもこんなときのために買ったんじゃない。せっかくのスーツを着るのがこんな日だなんて、あんまりだ。
「お、写真撮影だってさ。並ぶか? ……って、並ばねーよな。俺だけ行ってくるわ」
「おお」
俺だってさすがに元カレの結婚式の写真におさまるつもりはない。
「みなさん、ご遠慮なさらず、どうぞ前へ!」
式場のスタッフが、周囲から見守るだけの参加者に呼びかける。
それにあわせて立ち止まっていた人々が動き出す。
俺は彼らから見えない位置に移動し、嬉しそうに写真を撮る人々を見守った。
「花嫁さん、お腹に子供がいるんでしょ? 目立たないうちに結婚式できてよかったよねー」
「最近できちゃった婚も珍しくないし、今のご時世できてから結婚のほうが、理にかなってるよね」
「結婚も、最近じゃメリットあんまないもんね。こういうきっかけがないと……あ、撮影終わったね。行こうか」
彼女らは新郎側のゲストなのか、写真に写る気はなかったらしく、俺と同様に端へと避難していたが、撮影が終わるといそいそと列に戻っていった。
『できちゃった婚』
花嫁が時折お腹を気にする仕草をしていたのは、そういうことか。
(俺と別れるとき、そんな話してなかったじゃんか)
いつから俺は彼女と二股されていたんだろう。
俺と別れてから、半年もしないうちの結婚式。やけに急いで結婚式をあげるんだなって思ったけど、そういうことかと納得がいった。
俺はあいつと8年付き合ってた。あの子とは何年付き合って、できちゃったんだろうか。
(なんで俺を呼んだんだよ)
結婚式の招待状は、大学のときの友達メンバーを介して、俺に届いた。
仲がいいグループの中で俺だけ外すといろいろ詮索されるから、それが嫌だったんだろう。
俺の連絡先を知ってるくせに、直接じゃなく友達経由でって、本当に馬鹿にしてるよな。
(それに来る俺も、ほんと馬鹿)
一通り式の演出が終わり、スタッフが参加者に披露宴会場の待合室への案内を始めた。
「ユウジ、行こうぜ。待合にドリンクとフードあるってよ」
大勢の参加者がぞろぞろとスタッフに誘導されて、室内に入っていく。
そして主役である新郎新婦が、肩を並べて幸せそうな後ろ姿を見せつけながら、専用の出入り口から控室に戻っていくのが見えた。
(あいつ、一度も俺のほう見なかった。……当たり前だけど)
「おい、ユウジ」
さっきまでこの庭でキャーキャーと騒いでいた人たちの声が、今度は室内から響いて聞こえてくる。色とりどりの花に埋もれ、まるで幸せの塊のような空間。
「……あいつ、白のタキシード、スゲー似合ってなかったな」
「ユウジ?」
ぼんやりとしてつい口に出た言葉にハッとする。
「——あ、ごめん。……俺、やっぱもう駄目だわ。今日は披露宴出ずに帰る。料理、俺の分食べといて」
「え、え? 帰んの? ちょ、おいユウジ!」
佐藤の呼ぶ声を背に、庭から賑やかで幸せな空気に満ち溢れた室内を急ぎ足で抜け、そのまま周囲にかまうことなく会場の外に出た。
会場から外に出るとふわふわとした夢のような空間から一転、車道の排気ガスの臭いで現実へと引き戻される。
歩きながら襟からタイを抜き取り、シャツの首元を緩め、俺は自分の車に乗った。
「くそ、タバコがない」
3年前にタバコはやめた。わりとヘビースモーカーだったのに、尚人がやめるっていうから一緒にやめた。
そもそもその禁煙も、あいつが将来にむけて貯金するって言うから、じゃあ俺も一緒にって。
まさかそれが、あの子との結婚資金になるとはつゆ知らず。もしかして、あのときからもう二股は始まっていた?
「あーもう!」
俺は苛立ちながらエンジンをかけて駐車場を出ると、思いっきりアクセルを踏んだ――。