逆鱗(3)
ラルフから距離を取り戦況を傍観していたベリアス達だったが、ラルフ達の放つ凄烈な闘気に当てられ、一転して臨戦態勢へと入る。
最初に動き出したのはラルフだった。自身に強化を施し、爆発的に膨れ上がった力で思い切り地を蹴る。
「【限定発動・瞬光】」
パキン、と軽い音が響いてラルフの腕のリングが一つ砕け散る。
次の瞬間、彼はすでにベリアス達の頭上にいた。
氷の槍、障壁、さらには【空駆】で空間を足場にし、超高速で跳び上がったのだ。その両手に握られているのは、【魔法剣】を構成した短剣。刀身から水と風の魔力が激しく迸る。
「細氷の剣、旋風の蛇――【輝剣旋蛇】!」
振り抜いた短剣から、それぞれ竜巻と氷の刃が形成される。二つの魔法は瞬時に混ざり合い、一つの凶悪な魔法へと昇華した。のたうつ蛇のような竜巻に、無数の細かい氷の刃が混ざり合う。炎の光を反射してキラキラと輝くそれは、残酷なまでの美しさを湛えていた。
「ちっ!!」
いち早く反応したベリアスが魔剣を振るう。放たれた衝撃波が激突し、激しい拮抗を見せたのも束の間、数秒と保たずに竜巻に食い破られた。
「新入り!」
ベリアスの鋭い声に応じ、騎士甲冑の男が素早く前に滑り込む。男は迫る竜巻を、左手の巨大な盾で正面から受け止めた。
「【城壁】」
轟音と共に数メートル押し込まれながらも、男はその盾で竜巻を完全に防ぎきり、霧散させる。
だが、ラルフは構わず騎士甲冑の男へと突っ込んだ。男は盾で弾き飛ばそうと身構えたが、その盤面は虚しく空を切る。遅れて盾に伝わる軽い衝撃。直後、頭上を鋭い影が通り過ぎていった。
ラルフは男を足場にし、本命であるベリアスへと肉薄する。
ナイフによる苛烈な連撃。それを魔剣を巧みに操り迎撃するベリアス。激しい金属音がテンポよく響き渡る。
蜥蜴の尻尾の3人もベリアスの援護に入ろうとしたが、それを3つの影が遮った。
「おっと。あんたの相手はあたしだぜ?」
「ぐっ……」
騎士甲冑の男に強烈な蹴りを見舞うアヤメ。
「【暗闇の腕】」
「うわわ、危ないじゃん!」
ラッセルに向けて容赦なく黒い腕を差し向ける黒フード。
「各個撃破といかせてもらうぜ」
「ひひっ。できるかな?」
モーファンの眼前で剣を突きつけるユート。
ユートはこの状況に、確かな勝機を見出していた。
ラルフが大暴れしたおかげで蜥蜴の尻尾はほぼ壊滅状態で戦意喪失している。幹部クラスと思われるベリアス達も、たった4人ではこれ以上の展開は作れないはずだ。あとはバルザック達と連携し、確実に各個撃破していけばいい。そう、思っていた。
「あ、こら! 待ちやがれ!!」
突如響いた声の方へ視線を向ければ、森の中へと飛び込んでいく騎士甲冑の男と、それを追うアヤメの背中が映る。
「ほら、ついてこい」
今度はベリアスとラルフが、火花を散らしながら森の奥へと消えていく。
「ひひっ、私の作品をご覧にいれようじゃないか!」
ユートが動揺した一瞬の隙を突き、モーファンが腕の魔道具を発動させた。
虚空にいくつもの魔法陣が浮かび上がり、人の頭ほどもある不気味な赤い石が吐き出される。赤い石は地面に落ちるや否や、周囲の土を巻き込んでその身に纏い、瞬く間にゴーレムへと変貌を遂げた。それが十体、二十体……と、瞬く間に増殖していく。
「あはは! 順調すぎたのが仇になったね? ダメじゃん、状況分析に都合のいい希望を混ぜちゃ」
たたみかけるように、今度はラッセルが黒い正方形を辺りにばら撒く。同様に展開された魔法陣から、今度は大量の魔物が解き放たれた。
ウルフやホーンラビットといった小型の魔物から、マッドベアやレッドリザードなどの中・大型の魔物まで、多種多様な獣たちが進路を埋め尽くしていく。
それぞれを追い詰めようとしていたユートと黒フードは、一時的な後退を余儀なくされた。
「くそっ、待て――くっ!!」
その混乱に乗じ、ラッセルとモーファンは悠々と森の闇へと姿を消した。
(まずい……!)
ユートの頬を焦りの汗が伝う。
この土壇場で、ラッセルとモーファンの二人をフリーにするのは最悪の展開だ。先んじて森へ入った面々と合流されれば、二対一、下手をすれば三対一の状況を作られ、ラルフやアヤメが孤立して危険にさらされる。一刻も早く追わなければならない。だが――。
ユートも黒フードも、足を止めざるを得なかった。
二人単体での突破は難しくない。しかしそうなれば、この場に残る大量のゴーレムと魔物の大群を引き受けるのはバルザック達だけになってしまう。
人質の護衛に二人割いており、すでに追撃で二人離脱している。ここで自分たちまで消えれば、戦力は半減だ。目の前の大群を、残された六人だけで捌ききるのは物理的に不可能に近い。
(ここは一度、リーダー達と敵を掃討してから動くべきか――)
「ユート!」
思考を断ち切る鋭い呼び声。弾かれたように振り向いたユートの視線が、バルザックの目と交差した。
「行け!」
次の瞬間、ユートはすでにゴーレムの群れに向かって地を蹴っていた。それは、ほとんど本能的な反射だった。
ほんの数秒のアイコンタクト。それだけでバルザックの意図を完全に汲み取り、応えるべく肉体を駆動させたのだ。
迫るゴーレムの拳を見切り、その巨体を足場にして群れの頭上を飛び越える。風を切り、ユートもまたあっという間に森の奥へと消え去った。
「ほら、あんたもさっさと行きな!」
あまりの刹那の判断に呆然としていた黒フードの背へ、鋭い叱咤が飛ぶ。
声の主であるメレオラは、黒フードを追い抜きざまに前方へ迫っていた魔物を一太刀で一刀両断にする。さらに背後からは、イセリの放った氷魔法が降り注ぎ、魔物の群れを凍らせ砕いていく。
「しかし……いや、任せる!【黒壁】」
人一人を完全に覆い隠す漆黒の壁が、黒フードの前にそびえ立つ。これは防壁ではない。自らの姿を、敵の視界から完全に遮断するためのもの。
「【認識誤認】【認識阻害】【気配遮断】【隠密】【忍び足】」
魔物の視線を切った瞬間、黒フードは隠蔽系のスキルを多重発動させる。
黒い壁の陰から飛び出したときには、すでに魔物たちの認識からその存在は完全に消失していた。魔物の隙間を文字通り「すり抜ける」ように突破し、黒フードは音もなく森の闇へと溶け込んでいった。
「案外、お人好しなのね」
「え? 何か言った?」
出会ったばかりの自分たちの身を案じ、一瞬でも判断を迷った黒フードに対し、メレオラは苦笑を漏らす。
「ううん、なんでもないわ。さっさと片付けましょ」
「簡単に言うけど、この数、普通にヤバいからね?」
「なんとかなるわよ」
目の前を埋め尽くす魔物たち。個々のランクは高くなくとも、圧倒的な物量だ。自分たちの適正戦力の二倍、ゴーレムを含めれば三倍は下らない。
しかし、メレオラはそんな絶望的な状況にあっても、あっけらかんとした態度を崩さず、不敵に剣先を群れへと向けた。
不思議と恐怖はなかった。それどころか、無意識に唇が笑みの形に歪むほどの高揚感すらあった。
彼女の纏う、強者の余裕とも言える空気が周囲の仲間たちへと伝播し、場に張り詰めていた士気が爆発的に跳ね上がる。
「まったく、頼りになる連中だな」
バルザックが呆れたように、しかし信頼を込めて呟く。
メレオラは今度は意識的に不敵な笑みを返し、咆哮を上げる魔物の大群へと力強く踏み出した。




