電車
帰宅ラッシュはまだなのか、電車は比較的空いていた。少ないながらも乗客はいるが、迷惑は承知の上で橋本先輩は友達に電話を掛けた。
橋本先輩は友達に、弟はいつも何処でボコボコにされているのかと聞いた。
学校の近くに人目の付かない空き地があり、そこが不良の溜まり場になっているらしい。橋本先輩の弟はそこにいつも連れていかれているそうだ。
次いで、今日も弟は連れていかれたのかと聞いた。
たった今、橋本先輩の弟は連れていかれたそうだ。
その二つを訊き、橋本先輩はありがとうと言い通話を切った。
通話が終わるのを待って宮下先輩は口を開く。
「何故、弟君は助けを求めたりしないんだ? 教師に相談するとか、警察に相談するとかあるだろう。普通、そうするし、学校にも行かなくなりそうなものだが」
「弟は、学校で言った通りの性格なので、誰かに相談するとか、学校に行かないというのは負けだと思ってるんだと思います。逃げるぐらいなら、負けるぐらいなら、ボコボコにされるのを選ぶ、そんな性格なんです」
「でもですよ、そんなに毎日やられているなら、周りの人間が気づいてもいいと思うんですけれど」
僕は不思議に思い、口を開く。
「周囲の人間は、生徒や教師は気づいていると思います。あんな痣だらけの顔や体を見たら嫌でも気づくと思います。生徒はともかく、教師ですらも触らぬ神に祟りなし、と気づかないふりをしているんだと思うんです。あの学校は、不良が多いことでも有名ですし……」
と、そこで僕たちが下りる駅にもうすぐ着く、とアナウンスが鳴る。
宮下先輩は鞄から、使い捨てマスクを三つ取り出す。
「二人共、これを着けるんだ」
「え? 何故です?」
僕は受け取りながら声を出す。
「顔を覚えられて、後から復讐に来られても面白くないだろう?」
宮下先輩はマスクを着けながら答える。
「ちょうどよかったよ、私が花粉症で」
電車はゆっくりと減速し、止まった。




