Re:1 出会い
この物語には、都合の良い魔法も、都合の良いヒロインも居ない。
此処にあるのは身勝手な男が積み重ねていく身勝手な行動だけ。
そう、もしかしたら街のどこかで見かける男のくだらない人生の一片かもしれません。
それでも、アナタはこの先の物語を読んでいただけますか?
今の自分の中ある、この感情を後悔と呼ぶのだろうか。
自分の心の中で振り返ってみても結局のところわからない。
そして、この感情の奥底で笑っている彼女を僕は本当の意味で好きだったのか。
今となってはわからない。
そんなことを考えながら、長かった6年半もの日々に区切りをつけ、故郷への帰途についている。
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彼女に出会ったのは2011年の初夏、大阪。
故郷から大阪に出てきて、無事に大学を卒業して約7年、30代を目前にした忙しい日々の合間だった。
2つ下の大学の後輩と結婚し、2人の子を授かり父親として日々大きくなっていく子どもを、目を細くして愛する、そんな毎日の中で出会った。
「行ってらっしゃい」
二人の子を一人はベビーカー、一人は抱っこ紐で抱え、北国へ旅立つ家族を空港の手荷物検査場で見送っている僕がいた。
二人目の子が産まれて半年ほど経ったこの夏、義父母に目を細めてもらおうと、遠く離れた北海道にある妻の郷へ、少し寂しくもあるが1ヶ月ほど里帰りをさせるため、こうやって空港で手を振っている。
「大丈夫」と妻は言うが、一人でまだ小さい子ども2人を見ながら家事をこなすのは大変なはず、義父母が暮らす実家な少しは楽じゃないか、異様な暑さを迎える大阪を飛び出させて、少しでも涼しい場所でゆっくりしてもらおう。
という自分なりの妻へのプレゼントである。
正直、そこまで多くは無い給料で、専業主婦である妻と子2人を養うのは楽では無いため、往復で10万近いこの帰省費用も辛い出費であるが、それでもここ数年は残業代だけはしっかりと支払われる勤め先のおかげで、薄給も量を増すことができ、我が家は自転車操業になることはなく過ごしている。
ただ、そんな残業代という対価を受け取るということは、毎日それなりの時間まで勤務先に居るということであり、時には休日でさえ我が子ではなく勤務先のモニターと睨めっこをする、なんていう家族を省みない日々を過ごしている。
そんな後ろめたさともしばらくはお別れである。
もちろん子どもに会えない寂しさもあるが、久々の独身気分を満喫できるというものだ。
こんなことを考えるあたり、どこかで我慢している自分が実際に居ることを実感する。
・・・。
そんなことを考えた自分を鼻で笑うしかないぐらい、結局一人の日々は、残業や休日仕事をしている毎日で、一人で勤務先と自宅を往復するだけの日々を過ごし、独身気分を満喫するのは自宅のドアを開けても、誰の気配も声もしない部屋を眺めるぐらいのものだった。
時より妻から送られてくる、広い緑の野原で走る子どもの写真や、ベビーカーで眠る子どもの写真。
そんな遠く離れたわが子の写真を眺めながら、当然の様に終電近くまで勤務する毎日を終えた初めての一人の週末だった。
僕は度々終電に乗るために駅までの道を走る、という特にしたくもない運動を半ば強制されながら帰路につくのだが、今日は珍しく仕事を早く終えることができた。
19時頃の大阪の空を眺めたのはいつ振りだろうか、西の空は微かにオレンジ色が残り、その何とも言えない色を刻々と変えて、人々を夜へ誘っている。
これまで当たり前のように自宅で夕飯など食べることのない生活を送っているので、このまま帰っても夕食にありつけないことを地下鉄のホームでふと思い出す。
そしてそのまま、独身時代よろしくミナミの繁華街へ足を向けた。
久々に足を運んだ週末の繁華街は、当然のように騒がしく、待ちあわせをする人や何処かの店へ足を向けるグループ、客引きの店員。
多くの人がキラキラと光るネオンに照らされながら方々に溢れていた。
ミナミへ来たのは良いが、こんな週末に一人で入れる店なんて結局はチェーン店になるわけで、酒を呑む気分でもなった僕は結局オレンジ色に光る看板の牛丼屋へ足を運んだ。
カウンターの座席で生卵をかけた牛丼を口へ運び、早々に食事を終え空腹も満たされた僕は大人しく自宅へ帰ろうと駅へ向かう道中、既に酒に酔った人並みを交わしながらスナックが入居する雑居ビル街を歩いていた。
その折、道の幅員を全て塞ぐ様に歩く酒に酔ったグループが前からやってくる。
道を譲るのも癪だが、酒に酔った連中に絡まれるのも面倒なので、やり過ごそうと脇にある雑居ビルの入口スペースへ足を向けた。
“ドン”
「キャッ」
前も見ずに交わした僕の身体に、柔らかな感触を感じたのと同時にヘアミストの甘い香りが僕を包む。
その感触を感じた方向には若い女の子の姿。
その頃は“携帯電話”と呼ばれた電話を片手に持ち、薄いブルーのドレスに着られている女の子が驚いた顔で僕を見ている。
「お、お兄さん、ご来店ですか??」
雑居ビルの入口へ足を向けた僕を客と勘違いしているらしい。
明らかに接客に慣れていない雰囲気で話しかけてくる彼女に、僕は件の酔った連中へ目配せをしてこう言った。
「いや、アレをやりすごしたくてね」
「あー、、、、」
状況を察した彼女は、それ以上話を広げるのも難しいのか黙って明後日の方向へ目をやり気まずそうに入口のスペースに立っている。
こう、気まずい時間はたった数秒でも長く感じる。
そんな気まずい時間を終えるため口を開いたのは彼女だった。
「お兄さん、お時間ありませんか?良ければ少し呑んでいかれませんか?」
思いがけず誘いを受けたが、元来こういった場所でお金を落とすことの無い自分は直ぐさま断ろうとしたのだが、明らかにドレスを着るというよりは“着られた”雰囲気の彼女に興味が沸いたのか自分でも驚くような質問を投げかけていた。
「お客さん連れて行かないと大変なの?」
「は、はい!連れて行くと私に幾らかバックがあります!」
「正直だね」
「駄目ですか?1時間で良いので!」
「ん、わかったよ。そのかわり君がずっと相手してね」
「え、私で良いんですか!?もっと可愛い子いますよ?」
「君にぶつかったお詫びだから、君じゃなきゃ意味が無い。それに君に興味がある」
「お兄さん、そんな恥ずかしい台詞よく真顔で言えますね」
「可愛い子に興味があるって言っておかしい?」
「ほら、また!真面目な顔して調子の良い、さてはお兄さん相当遊んでますね?」
白々しく警戒するポーズをとって、彼女は笑った。
その時彼女が見せた、まだ幼さが残る可愛い笑顔を今でも昨日のように思い出す。
それ彼女【悠】との出会いだった。




