44話 「もう、親しい人に消えてほしくないの」
「……私の夢はね、飲食店を開くことだったんだ」
ぽそり。
と、猿渡さんは暗く口を開く。
「『だった』?」
そりゃあ、今ここで【うずまき】を経営しているんだ。過去形で語ること自体には違和感なんてない。
でも、だったら、なんでどうして、
「そんなに悲しそうなんですか?」
少なくとも、夢を叶えた人間が浮かべる表情ではない。はずだ。
「……ここがどこか、雨宮君なら分かるよね?」
ここ?
「【うずまき】、ですよね?」
「そうじゃなくて、【うずまき】がどこにあるのか、よ」
となると、
「生死の境、ですよね」
「そう。生死の境にいる人間は、漏れなく全員、例外なく――」
もしかして、
「――実際には、死にかけているのよ」
店員である猿渡さんは、違うのだと――僕らとは違い、生きているのだと――思っていた。
でも、違う。違った。
「実際の私は、もっと弱くて、もっと幼くて、もっと拙くて、店なんてとても開けないような人間なのよ」
「じゃあ……どんな人間なんですか」
この世界の全ては虚構。
猿渡さんは、前にそう言っていた。
でも、料理の味は本物。
猿渡さんは、前にそう言っていた。
なら、この世界の『全て』が虚構なわけじゃない。
僕は、そう思う。
なのに、
「私は、まだ義務教育すら終わっていないような、非力な存在」
今までの明るさすら虚構、とでも言うように。
「両親に頼らないと満足に食べていけないような、無力な存在」
これまでの笑顔すら虚構、とでも言うように。
「倒れても、助けを呼ぶ相手すらもいないような、無駄な存在」
今までの思い出すら虚構、とでも言うように。
「そんな、人間よ」
そして、全てが虚構だとでも言いた気に、猿渡さんは言い放つ。
そして訪れる沈黙。
なにも言えない、言わせない沈黙。
「……そんな人間が、気付いたらこの世界にいたの」
を、猿渡さんは自ら壊して言葉を紡ぐ。
「まだ【うずまき】もない、ただだだっぴろい海だけの世界に」
想像する。
空と海だけが広がる、青の世界を。
「だから、私は願ったの。――店を創りたい、って。一人きりでも良いから、おままごとでも良いから、店を開きたいって」
創造した。
自らの夢を叶えるため、居酒屋を。
「で、気付いたら、この姿になっていて、【うずまき】が開いていた。」
生死の境の存在に気付いて、
「沢山の人が来て、沢山の人が居なくなった」
そこに、憩いの場を築いた。
「もう、親しい人に消えてほしくないの」
そんな人は、目から涙を溢していた。




