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24:リトックス・ザ・フリーク


Number 024

リトックス・ザ・フリーク


 エレキングのごつい車体で路上駐車するのは非常な迷惑行為である。だが通りがかりにクラクションを鳴らしていった四駆の車に対し、佐古田は毒づいた。

「うるっせえな何様だ」

 こちらが悪いにもかかわらずだ。尾沢は佐古田が少しずつ調子を取り戻し始めてきたことを敏感に感じていた。

「それにしてもこれ……マジなんですかね?」

 尾沢が黒い箱のような物体と、後部座席のシートの上をポンポン跳ね回るマルモリ・エキセップスとミミックネコダコを交互に眺めながら、尋ねるともない言葉を吐くと。真佐美の手紙に見入っていた佐古田は

「クソッ、あの女……使用法書いてねえし」

 と、舌打ちした。梅津真佐美がガイライ達に託した手紙には、芯のちびたシャープペンシルで書いたような文字でこう記されていただけだった。


 ミツ(お前ちゃんとご飯食べてんのか)と部下くん(ミツをよろしく)へ

 帰還計画は水上に妨害されている。あのクソガキ(←水上)絶対何かまずい事を考えているに違いない。

 私は動けないので、どうか、チュニとゼッカイ(ミミナの子たちの名前です)を無事に故郷に逃がして欲しい。おねがい。他に誰もいないの。

 詳しい場所は〈彼ら〉が知っている。試作機・M-00を持たせたからそれで何とかコミュニケーションをとって案内してもらって。


 裏は電気屋のチラシ。強い筆圧で跡がついていた。

「余計な事は書いてるくせに、馬鹿か、あのババア……とにかく、なンかボタン押してみろ」

「ううっ、壊しそうで怖いんですけど……」

 佐古田に促されて尾沢は黒い箱の表面に出っ張った突起を適当に触ってみた。

 微かなモーター音と共に、ブゥンと箱が振動し、昔の電子辞書のような液晶が淡い光を放った。隣で覗き込む佐古田が唾を飲み込む。

 マルモリ達とミミックネコダコまでもが尾沢の肩に乗っかって画面を見つめている。

「いや、あの……皆して黙ってても……コミュニケーションになんないっすよねコレ……」

 尾沢がそう呟くと、M-00の表面の青いランプがバチン!と点灯し、ガイライ達は驚いたように頭を上げた。

『わからない』

『聞こえない』

『もう一度言え』

 ガイライ達の騒いだ後、画面に表示されたのはそのような文字だった。Mー00は、あくまでも試作品。ミミナ語を地球の言葉に訳す機能はほぼ完成していたが、逆の変換はだいぶ不完全なものだった。

 しかし尾沢はそれでも充分に感動した。

「こ、これ今、マルモリが言った言葉ですか?すっげ……すごくないすか!」

「おお……アレだ尾沢、もっとゆっくり喋ったらいんじゃねえか?貸せ、俺もやる」

「あ、ずるい。僕まだ……」

 どうやら佐古田も夢中のようである。

「どうだ、お前ら、これなら、聞こえるか?」

 マルモリとミミックネコダコは顔を見合わせる。

「ちょ……ぶふっ……これ、」

 尾沢は、次にM-00に表示された言葉にふき出した。

『聞こえた』

『あいつニワトリとかいう生物に似てないか』

『似てるが、たぶん人間だろう。羽がない』

『聞こえたぞニワトリ』

 ガイライを殴る代わりに佐古田は尾沢の耳を思いきり引っ張った。

「誰がニワトリだてめえ!」

「ちがっ僕じゃないでしょ!やめて下さいよ」

 佐古田は口を尖らせて舌打ちすると黒い箱に向かって続けた。

「真佐美……ババアは、どうした。水上に何かされたのかよ」

 その尋ね方を聞いて、尾沢は子供の頃の佐古田がどんな態度で真佐美に接していたのか少し見てみたくなる。

『こいつエムのことを聞いてるのかな?』

『たぶんそうだ』

『エムは〈翻訳エラー〉に足を壊された』

『輪っか足だぞ、輪っか足。わかるかニワトリ』

 ガイライたちは一度に喋るのでどれが誰の言葉だか判別がつかないばかりか、画面の文字列がどんどん流れて消えていってしまう。佐古田はガリガリと頭を掻いて四匹のガイライ達をぎょろりと見渡した。

「わかんねえな……無事なのか?」

『無事だ。だから、輪っか足だって言ってるだろう。馬鹿か、ニワトリ』

「てめえ何なんださっきから!」

 佐古田はミミックの首根っこを摘み上げた。目の横の臭腺が開閉しているのを目ざとく観察したのだった。

「この野郎さっきも手紙顔に投げただろ!なめてんじゃねえぞコラ!」

 M-00を放り投げてミミックネコダコを怒鳴りつける佐古田を、尾沢は必死で宥める。

「お、抑えて佐古田さん、おとなげないすよ」

 画面には間髪を入れずにダダダッと字が並んだ。

『うるさいぞニワトリ人間。静かに喋るという事ができないのか?お前ほんとにエムと同じ生物か?』

 ミミックネコダコの発した内容の翻訳を見ないうちから佐古田は

「な……っ…てっめえ今またニワトリっつっただろ!」

 と叫んだ。口を開けてその様子を眺めるマルモリ・エキセップス達。尾沢がふと画面に目を遣ると。

『何故だ?ミミナ語がわかるのか?あいつ』

『たまげた』

 実際、佐古田はミミナ語を理解できた訳では無い。観察と、動物的なカンによる推測がたまたま当たったに過ぎないのだが、その事実がミミックを除く三匹のマルモリ・エキセップスを感服せしめたのは確かであった。マルモリ達の言葉を読んだ尾沢は何故か誇らしいような、くすぐったい気分になる。

 だろ?僕の上司は時々すごいんだ。

「どうします?渡りに舟ですよ。彼らに協力して案内してもらいましょうか」

 尾沢がそう言うと、頭にへばり付いて触手でピシピシ殴ってくるミミックネコダコを引きはがしながら佐古田は、

「くっ……ちょい待て。今、計算する」

 と答えるとペンを取り出してティッシュの箱に何か書き始めた。

「季節によるんだよ……季節になァ……」

 書きながらブツブツと呟く。

「どういう事です?」

 尾沢が尋ねても、結局剥がせなかったミミックネコダコを頭に乗せたまま佐古田は暫く黙って計算を続けた。

「……5、6、7……ああ、」

 そうしてニタリと口の片端を歪ませると。

「冬か。ツイてるな」

 佐古田によればミミナ星はこれから長い冬を迎える季節であるらしい。

「いいだろう、このタコ野郎はムカつくが、ここはひとつ同盟を結んでやろうじゃねえか」

 尾沢にも、勿論ガイライ達にもその意味するところはよくわからなかったが、佐古田は勝手にそう宣言して一人頷いた。頭のミミックネコダコが苛ついてジタバタと触手を振り回す。

 サリエラウイルスは気温40℃に達しなければ活動しない。マウスの体内で水上の改良サリエラが生存している180日の間、ミミナ星で気温が40℃を超えなければ改良サリエラは繁殖の機会の無いまま消滅する。

 佐古田はだいたいそのような内容の説明を乱暴に告げた。

「ミミナ星の冬は氷点下レベルの寒さが地球で言う半年くらい続くからな……。今だったらマウスを星に帰還させても問題ない」

「そっか、夏だったらミミナ星にサリエラをばらまく事になりますもんね…」

 尾沢は軽くふんふんと頭を縦に動かして、数秒、佐古田の雑な解説を頭の中で整理していたが、突然、

「あっ」

 と声を上げた。マルモリが1匹、ヒクッと耳をたてる。

「あのマウスたちがミミナ星に帰るってことは……水上の犯罪の重要な証拠が失われるってことじゃないですか」

 尾沢は何となくガイライ達に後ろめたい気になり、囁くように言った。

「ど……どうします?」

「問題はそこなんだがよ……」

 佐古田は溜息をついて、ミミックネコダコを引き剥がした。ミミックネコダコは体をくねらせて佐古田の肩に乗しかかる。

「マウスを捕獲して証拠として警察に突き出してェとこだが……そういうのは、地球人の都合だからな……」

 言いながら佐古田はミミックネコダコの頭に軽くデコピンをくらわせた。キュッと怒って反撃を開始したミミックネコダコを眺める上司の、一瞬の表情が尾沢の視界に焼き付いた。それはまるで、地球人であることを恥じるかのような悲しい表情だった。

 ごめんな、お前ら。こんな星で。

 尾沢は、非道だがガイライ達に道案内だけさせて、マウスを捕獲してしまうという方法もあるにはある、などと頭の片隅で少しでも考えた事を後悔した。

 そんな事、この人に出来るわけがない。

「だからよ、つまり、そういう穴埋めは、地球人自身でやんなきゃァなんねえって事だよ……尾沢、そっちはお前に任せる」

 尖らせた佐古田の口から出て来た言葉は、含まれる単語以上の意味を持って尾沢の耳に届く。上司が自分に何を望んでいるか、尾沢は理解した。

「わ、判りました。判りましたけど……」

 尾沢は苦渋に満ちた顔を手で覆って溜息をついた。

 要するに、佐古田は尾沢に、水上を法的に裁けるような方法を考えて実行することを期待しているのだ。具体的には、どさくさに紛れてPCでも盗み出す事を期待しているに違いない。ただし、尾沢にそれを頼むと言うことはつまり。

「……その間、あなたが水上社長の注意を逸らしておくってことですか……」

「逸らしつつ、マウスとカミツキを逃がす」

 佐古田は人差し指だけでミミックネコダコにちまちま攻撃を加えながら答えた。

「仕方ねーだろ。お前にできる事も俺にできる事も、限られてんだ」

 尾沢はそれに返す言葉を見つけられなかった。

『お前ら、何を喋くっているのだ』

『協力するのかしないのか?』

『しないのならば敵だ。噛みつくぞ』

 後部座席からマルモリ達が、尾沢と佐古田の膝の上に飛び乗ってきた。佐古田はM-00を拾い上げ

「うるせえ騒ぐな。協力はしてやる」

 と告げた後、尾沢の方に向き直った。

「とっとと車出せ」

「……はい」

 素直に返事をしながらも、尾沢は震えていた。心の中で、ひどく危ない仕事をしようとしている佐古田を引き止めたい気持ちと、引き止めたくない気持ちがせめぎあっていた。けれど

 ああ、佐古田さん、僕は……、

 佐古田の心情がわかってしまう尾沢は、エンジンをふかすよりほかなかった。


 日吉の話を聞いたあの日、尾沢は、佐古田が、他の生き物に対して地球人の犯した罪を独りで償おうとしているかのようだと思った。それはまったく、尾沢が憎みながらも迎合していた人間社会に唾を吐くような態度であり、実際、尾沢が佐古田の腹心となる決意をした理由はその辺りにあった訳だけれども。

 佐古田の過去や劣等感を知った今では、むしろ尾沢はその反抗心の前提にある〈罪悪〉の意識に引き付けられていた。

 人類が生き物たちに酷い仕打ちをして、ごめんなさい。酷い仕打ちをする人類を、止められなくて、ごめんなさい。

 兄貴でなく、俺が生き残って、ごめんなさい。

 怒りのエネルギーに変換されているものの根本は、怒りとは全く逆の感情。

 ごめんなさい

 それゆえに佐古田は諦めることができないのだと、尾沢はもう知っている。これは償いなのだ。

『ニワトリのくせにあやつらをやっつけられるのか』

 と問うた膝の上のガイライに、上司は答えた。

「当然だろ、なめんなくそったれ」

 本来ちっぽけな生き物である佐古田が再び「衛生課の悪魔」を演じようとしているのが、尾沢にはまるで自分の感情のようにダイレクトに感じられた。

 ならば僕も、演じましょう。

 使い魔・尾沢巧は、真っ黒いエレキングのハンドルを操りながら、冷静に作戦を練り始めた。


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