終話休題
神峰縁の、転校初日のことだった。
2年1組の生徒たちは、ざわ⋯⋯ざわ⋯⋯と、ふだんよりもうんと騒がしくどよめいていた。
ハーバード大学から桜木高校へ転入してくるという、なろう系転校生の噂は既に、校内中に知れ渡っていたからだ。
「今日はみなさんに、新しいお友達を紹介したいと思います。では神峰君、自己紹介をお願いしますね」
2年1組の担任教師がそう言うと、活気のある声が教室内に響いた。
「神峰縁だ! この学校には、俺が中学で親しくしていた友人がいると聞いて転校してきた」
例の噂話は、どうやら本当のことだったらしいとクラス中がどよめいた。
その噂の出処である水無瀬月雲は、心底呆れた様子で彼を見つめていた。
「友達って、誰のことー? このクラスにいたりするの?」
女子生徒のひとりが、興味ありげに聞いた。神峰は残念そうに、首を横に振る。
「このクラスにはいないな⋯⋯。俺の友達の三ノ宮姫乃は、何組にいるんだ?」
彼がそう言うと、教室の空気が一瞬で冷え込んだ。誰もが、『あっ⋯⋯』と察した様子を見せている。
「とも⋯⋯だち⋯⋯?」
美人が怒ると怖い、という話は本当らしい。その整った顔立ちからは、溢れんばかりの憎悪が滲み出ていた。
茨白雪は、視線で人が殺せるのではないかと思うくらい、鋭い目つきで神峰を睨んでから──吐き捨てるように言う。
「男女の友情なんて、未だに成立するって信じてる人がいるんですねー⋯⋯。サンタさんと一緒で、遅かれ早かれ存在しないことに気付くものなのに」
嫌味に嫌味を重ねたような茨の物言いは、全く的外れというわけでもなかったが──これには議論を生むところがあった。
『男女の友情は成立するか?』というのは、原始時代から繰り返されてきたであろう、人類最古の討論テーマなのだ。
茨の発言にうむうむと頷くのは男子が多く、逆に女子は「そうかな?」と、首を傾げる者が複数見られた。
この議論では、基本的には男性よりも女性の方が、『成立する派』が少しだけ多くなりがちだ。
しかし、類い稀なる美貌を持つ茨は、『成立しない派』だった。彼女には、真っ当な男友達というものができた経験がない。
やつらは『友達』という皮を被って近付いて、そうして安心させたところで『男』という正体を顕にしてくるのだ。
「男とか、女とか⋯⋯そんなのは関係ない! 俺は、三ノ宮姫乃が生まれて初めての友達なんだ!」
教室の空気が、また一段と凍りつく。
地雷をわざと踏みに行っているとしか思えない神峰に、2年1組の生徒たちは戦々恐々としていた。
「ふん⋯⋯あなたも友達だなんだ言って、どうせ姫ちゃんのことが好きなだけなんでしょう?」
挑発するように茨が言うが、しかしこのジャブ打ちには見事なカウンターを食らうことになる。
「友達のことが好きなのは、当たり前だろ? お前は嫌いなやつと友達になるのか?」
──なっていた。
茨は、出会ったばかりの三ノ宮姫乃に対する自分の態度(黒歴史)を思い出すと、今だに恥ずかしさと申し訳なさのあまり、布団の中でバタバタとしてしまうくらい気にしているというのに。
痛いところを突かれた彼女は、ぐぬぬ⋯⋯と押し黙る。
「まぁまぁ、そのへんにしとこうよ。神峰君」
ここで、水無瀬が間に入った。
どちらの事情も彼女はうっすらと知っているために、己が収束を試みるべきだと考えたのだ。
「おお、水無瀬月雲か! 久しぶりだな」
神峰は中学時代と変わらず、人のことをフルネームで呼ぶ。
卒業してからずいぶんと経っているというのに、よくもまぁ覚えているものだ。
今にして思えば、その並外れた記憶力の良さがハーバード大学合格への伏線だったのだろうか──と、水無瀬は関心する。
「なんか、少し痩せたか? 前はもうちょっと、横幅があった気がするんだが──」
『痩せた』という言葉は素直に嬉しかったが、しかしこのノンデリカシー族は、『横幅』という余計な一言を言う。
喜びと怒りを半分ずつ抱きながら、水無瀬が言葉を返す。
「それはどーも。あとこちらの茨さんはね、姫乃ちゃんの親友なんだよ」
リップサービスで、友達ではなくワンランク上の名称を提示しておいた。
「そうですね。親友ですよ? し・ん・ゆ・う!」
ふふん、と得意げに茨がその大きな胸を張るも──
「なるほど⋯⋯お前も、三ノ宮姫乃の友達なのか!」
唐突に、ランクダウンされた。
「えーっと、茨⋯⋯なんて言うんだ?」
「茨白雪さんだよ」
水無瀬がそう紹介すると、神峰は元気いっぱいに微笑んだ。
「茨白雪だな! これからよろしく頼む!」
同時刻、2年4組の教室内にて。
「聞いた? 転校生、1組に来たんだって」
「出た! あのハーバード大学の?」
「うちのクラスならよかったのにねー」
クラスの壁を易々と超える女子間での高速通信によって、そんな情報が4組に出回る中──港未来は、例の『騙し討ちデート』の結果報告を、友人である千里雅にしていた。
「──というわけでね。上手くはいったんだけど途中で逆瀬川さんと鉢合わせちゃってさ⋯⋯」
彼はこの場では口にしないが、三ノ宮が席を立った瞬間のことを思い出す。
『もしあたしが池澤先輩と付き合ってることを誰かに口外したら、さっき見たこと美男にバラすから』
そんな脅迫を逆瀬川水菜から受け、港はぷるぷると震えながら首を縦に振った。
「それは仕方ない⋯⋯デート中に知り合いと鉢合わせするなんて、よくあることだ。カップルの行くようなとこなんて限られてるしな」
もっとも、そういう場合は声を掛けずにお互いに見て見ぬふりをするのが暗黙の了解ではあるのだが。
千里は、慰めの言葉を続けた。
「不幸中の幸いにも、逆瀬川は言いふらすようなタイプじゃない。逆に運が良かったんじゃないか?」
「それはまぁ、そうなんだけど⋯⋯。せっかく、千里くんと木津さんに協力してもらったのに、何の進展もないのが情けなくてさ」
「ダチなんだから、そんなこと気にするなって。それに、何もないってことはないと思うけどなー⋯⋯」
三ノ宮の方にちらりと視線を向けてから、彼は思う。
以前までは、確実に港のことが好きだったはずの女子が、どうして今になって美男綺麗と付き合っているのか──『イケメンだから』と言われればそれで終わりなのだが。
千里には、どうもそれだけでは納得がいかなかった。三ノ宮が面食いだというなら、茨林檎でもよかったはずだ。
何を考えているのか、それとも何も考えていないのか。まったく乙女心とは、複雑怪奇だ。
その日の昼休み、中庭にて。
自販機でジュースを買おうとしていた美男は、そこで茨林檎と遭遇した。
「おやおや⋯⋯誰かと思えば、ハイエナくんじゃないか。ここで会ったのも何かの縁だ、先輩として一杯奢ろう」
余裕たっぷりに、皮肉に皮肉を重ねて林檎はそう言った。
「結構だ。敵に塩を送られる趣味はない」
美男がきっぱりと拒否するも、林檎は鼻で笑って返す。
「本当にそうかね? 私にとっては、君は敵ですらないのだが」
「前々から言いたかったんだが⋯⋯いい加減、人の彼女にちょっかいかけるのをやめてくれ。迷惑だ」
「そういうことは、姫乃くんに直接言うんだね。頼むから私と関わらないでくれと、女々しくお願いしてみるといい」
それが美男にできないことを、林檎は知っている。だから、わざと言っているのだ。
「君と私、どちらがふるいにかけられるかな?」
──桜の季節は、終わらない。To be continued⋯⋯




