美男綺麗は本命じゃない
美男綺麗くん。
その名に恥じないどころか、名は体を表すという言葉は彼のためにあるのではないかと思えるほどの美形だ。
巷では爆美女というなんだかとんでもない日本語が流行しているのだが、それに倣って彼のことは爆美男とでも呼んだらいいだろうか。
その美しい男は、薔薇を思わせる真っ赤な髪と、エメラルドの宝石よりもよほど価値のありそうな翠玉色の瞳を有している。
身長はすらりと高く、成績優秀でスポーツ万能。性格は実直で、誰にでも分け隔てなく優しい。その心までもが美男子という実に非の打ち所のない人間であった。
『美人は性格が悪い』だなんて皮肉をよく聞くけれど、『美男は性格が良い』のだ。
美男綺麗。彼の通う桜木高校では、『好きな人いる?』という思春期の女子あるあるトークでありながらもデリケート極まりない話題も、『美男くん!』という、たいへんに交わしやすいお答えムーブができている。
あくまで美男は推しであり高嶺の花枠であり、言うなれば遠くの薔薇なのだ。意外にも本命の相手は近くのたんぽぽだったりする女子がほとんどなのだが──しかし誰も本当のことは喋りたがらない。
日常がライアーゲームと言っていい。何を隠そう、三ノ宮姫乃もその一人だった。
よしんば意中の相手を『ここだけの話なんだけど⋯⋯』とポロッと言おうものなら、翌日にはクラスの女子全員に加え、ママ友ネットワークによりクラスの全お母さん方までもがその話を公然の秘密として知ることとなる。
──後半は冗談なんじゃないかって? そうだね、本当にあった怖い話と思ってくれて構わないよ。
「ねぇねぇ、三ノ宮さんは本当は誰が好きなの?」
とうとう己の身に鋭利極まりない話の矛先が向けられ、三ノ宮は冷静に状況を整理していくことにした。
場所は放課後の教室であり、人数は女子生徒が十三人。
机や椅子を全員分動かすのは手間がかかるからと、六個の机を縦一列に合体し、長テーブルのようにして並べていた。立っている子もいれば座っている子もいる。
三ノ宮はちょうど真ん中に位置する座席に着席していた。
かの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの作品、《最後の晩餐》の絵画で言うとイエス・キリストが座しているあたりの席だ。
もっとも、彼女の現在置かれている立ち位置は、嫌疑をかけるイエス・キリストではなく、裏切り者であるユダの疑惑をかけられる従者側なのだが。
──最後の晩餐って、ユダはこんな気分だったのかな?
実は本命の男子がいるという嘘つきを暴くために催されるこの女子会を、三ノ宮はそんなふうに考えていた。
どんなに時代が変わろうとも、裏切り者は常にすぐ傍にいるものなのだ。
三ノ宮は卓上に散らばっているお菓子の中から適当にポッキーを手に取り、クラスメイトの一人である逆瀬川水菜に向かって平然と嘘を吐いた。
「もちろん、美男くんに決まってるよ! もう美男くんしか目に入らないっていうかさ、目に入れても痛くない美男子だよね彼は」
「もー、そういうのじゃなくてぇー⋯⋯ね?」
戯言は許さないぞといった様子で、ぐいっと逆瀬川の顔が三ノ宮に近づく。
『ね?』に込められた重さは物量で言うと500トンくらいである。象さんで例えるとだいたい十匹分くらいだ。
逆瀬川の徐々に深まっていく笑みが、ことさらに三ノ宮に恐怖を感じさせた。
そして先程までの女子一同の賑やかさはいったい何処へ旅立ってしまったのか、一同が急にしーん⋯⋯としている。
『黙祷か?』と三ノ宮は茶々を入れたくなるが、残念ながら今はそれが許される状況でもない。
沈黙は金、それは三ノ宮も十分に理解している。ミイラ取りがミイラになってしまうのだと分かっているからこそ、誰も助け舟を出そうとはしない。
ここで何かを発言するということは、すなわち自分にも刃の切っ先が向けられるということなのだから──。
犠牲は一人でも少ない方がいい。これまでの女子会(という名のユダ探し)で幾度となく黙祷をしてきた三ノ宮もまた、人のことはまったく言えない身の上である。
「あっ、ごめんちょっと漏れそうかもトイ⋯⋯」
「そっかそっか! もちろん一緒に行くよぉー、で話の続きなんだけど」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
しまった。女子同士のトイレの帯同は法律で義務づけられていたんだった(嘘)
こんな時、真綿で首を絞められる人の気持ちを三ノ宮は本当の意味で理解できたような気がする。
──もうこうなったら、二人きりになるタイミングで始末するしかないか⋯⋯?
三ノ宮がそんな、ミステリー小説に出てくるような犯人の如き考えになったその時だった。
この静寂でなければ聞こえてこなかったであろう、ちりんちりんという聞き覚えのある小さな鈴の音が教室の外から聞こえた。
三ノ宮はほんの一瞬で、この場から無傷とはいかなくとも生還するための勝利への方程式を閃いた。
恥を覚悟でいくしかない。毒を食らわば皿まで、だ。
「そういうの、だなんてひどいよ逆瀬川さん⋯⋯! わたしは美男くんのことがほんとに好きなのにいっ!!」
三ノ宮はできるだけ大きな声でそう叫んだ。
女同士のタイマンには、実は必勝法がある。
至って簡潔に言ってしまえば、先に泣いた方の勝ちだということ。この仁義なき先行ゲーを制するために、彼女は素早く一手を打った。
「え⋯⋯?」
そこにガラガラと音がして、教室の引き戸が開く。来た。これ以上ないくらいに最高のタイミングで。
しかし声を聞かずとも、振り向くまでもなく三ノ宮には分かる。そこにいるのは誰あろう、美男綺麗だ。
おっかなびっくり、渦中の実物の登場である。
「わ、美男くん!?」
クラスメイトの一人が彼の名を呼ぶ。
ここだ! というタイミングで、三ノ宮はぶわっと涙を流した。さも恥ずかしそうに、可哀想な感じで。
だがこれは、悔し涙である。試合に負けて勝負に勝つための。
「ちょっと逆瀬川さん、さすがになくない? いくらなんでも詰め寄りすぎだよ。三ノ宮さん泣いちゃったじゃん⋯⋯」
ここにきて形勢逆転である。ボロボロと泣く三ノ宮に、先程まで沈黙を貫いていたクラスメイトたちの加勢が入った。
複数人に囲まれ、抱きしめられて頭をよしよしと撫でられたり、背中をそっと摩られたり、ギュっと手を握られたりと致せり尽くせりである。
その美しい友情をほんの数分前にも発揮してほしかったと三ノ宮は思いつつも、彼女たちの手厚いフォローには感謝せざるを得ない。
「オレ忘れ物してて⋯⋯三ノ宮⋯⋯ごめん、その⋯⋯」
自分の机の中からノートを取り出した美男が、とても気まずそうに三ノ宮を見ていた。
三ノ宮としては、美男をこんな茶番に巻き込んでしまって申し訳ないと思う気持ちはあるが──人生にモテ期しかないであろう彼のような美形においては、この事態を重く受け止められることもないだろうと、高を括っていた。
べ、別にあんたのことなんて好きじゃないんだからねっ! という、テンプレートな台詞言い出したい気持ちをぐっと堪えて、三ノ宮は号泣を続けた。
今はただ、ひたすらに泣くしかないのだ。好きなことがうっかり本人にバレてしまった可哀想な子、になりきるために。




