第1話 攫われた辺境伯令嬢
目を開くと、アイラは闇の中にいた。
傍には、揺らめく明かりに照らされる女性が……うわぁ、綺麗な人、どこのお嬢様かしら?
地面に腰を下ろし、肩に長剣を抱く美しい人。
――ん? お姉様、もしかして女剣士なの? でも、この人、妙に品があるわね。
ピンと伸びた背すじ、髪をかきあげる仕草、佇まいはどこぞの令嬢にも見えた。
アイラの心臓は高鳴った。
……整った顔立ち、深紅の長い髪に、憂いを帯びた青い瞳。かっこいいわ、まるで姫騎士ね。私、姫騎士って初めて見た。なんだかワクワクするわぁ。
ああでもない、こうでもないと、アイラは、しばらく空想を膨らませていた。
だが……ん? はて、ここはどこだろう?
炎……焚き火よね? アイラはそっと辺りを見回した。
火を囲む見知らぬ三人の男。
誰だ? こいつらは。なんで私はこんな土の上で寝転がって……アイラはそのまま上を見た。
――ここ、森の中だ。いつの間に私は……これってどういうこと?
頭上を覆うように生い茂る木々、生暖かい風が枝葉を揺らすと、合間から星が瞬く夜空が見えた。
――なんだこれ!!
「んご、んぐぐぐ、んががが」
叫ぶが、声にならない。口には布を噛まされていた。
背中に回された手が痛む。足も閉じたままで動かせない。私、なんで縛られているの?
「ようやくお目覚めですか、シトラス家のお嬢様」
――なんだ、このおっさん。
普段、屋敷で耳にする優しい声ではない。
嫌な感じの野太い声だった。
顎髭の男が揶揄うように笑う。
その鋭い目つき。
どうやら凄くまずいことになっているらしい。
アイラは無我夢中で足掻いた。
「おい、ちゃんと見張っていろよ!」
別の低い声が、アイラの傍にいた女剣士に命令した。
え? アイラは思わず顔を見た。目が合うと彼女がスッと目を逸らす。
――ま、まさか、お姉様も仲間なの?
いや、なんだか違う気がする。そうね、だってあまりにも不釣り合いだもの。
違和感を抱きながらアイラは命令した男を見た。
その瞬間、ぼんやりと男の感情が頭の中に流れ込んできた。
――この人、もしかして、お姉様を怖がってるの?
それに、私のことも?
……あれ?
私、いつもより敏感になってる?
どうしてこんなにもはっきりと、人の考えていることが分かるんだろう。
「心配はいらない。魔力は指輪で封じている。何もできやしないさ」
女剣士が面倒くさそうに答えた。
チッと舌打ちが聞こえる。アイラは、反射的に不満を露にした男の方を向いた。
男は口をひん曲げ、目を細めていた。
大きな体に岩みたいな顔。
――こいつら、いかにも柄が悪いわね。
すり切れた旅衣を纏う姿は、噂に聞く盗賊そのものだった。
「でもよ、貴族の嬢ちゃんだ。九つのガキでも、油断ならねぇ。そんな指輪より、もう少し痛い目を見せて逆らえねえようにしとくかぁ」
細い男が軽口を叩く。
――え? 指輪って……どういうこと? そういえば、お姉様も指輪でって。
後ろ手に、ごそごそ指を動かすと、指に硬い感触が伝わってきた。
おお、これのことか。アイラは目を閉じて指輪に意識を向けた。
これは……誕生日にお父様から貰った指輪かな?
頭に思い浮かべていたのは、
綺麗な赤い石。
古びた銀のリング。
刻まれた見知らぬ文字。
――間違いない、あの赤い石の指輪だ。
でも、おかしいわね。貰ったときは、大きすぎたのに、今はぴったりと指に嵌まっている。なんで?
それに……なんだろう。
ええっと……もしかすると、私の感覚が鋭くなっているのは、この指輪のせいなの?
でも、これは確か魔力を抑えるものじゃなかったかしら?
「これで十分だ。それとも何か、私の腕に不信があるのか?」
カチッ、女剣士が剣を持ち上げた。
鋭い視線が男を射抜く。
「わ、分かってるって。冗談だよ」
細い男が肩をすぼめた。
――あ、やっぱりだ。考えていることが、何となく分かる気がする。
へぇ、この男もお姉様のことが怖いんだ。
「没落貴族の小娘がよ」
大きな男が聞こえよがしに当てつけを言う。
――没落貴族……お姉様、やっぱり訳アリだったのね。でも、元貴族なら、あの所作の美しさにも納得がいくわ。アイラは、改めて女剣士を見た。男の卑下する言葉に対しても、彼女は目を細めるだけで相手にはしなかった。
分厚い敷物の上に横たわる体が痛い。
毛織のブランケットを被せられているので寒くはないが、どうにも身動きが取れない。
――とにかく、何とかしなくては。
アイラは、どうにか拘束を解こうとして、もう一度、手足を動かした。
手をよじると指の間で指輪がクルクル回る。
やっぱり、この指輪、変だ。……何がどうなっているの?
アイラは首をすくめたまま目をきょろきょろさせた。
「しかしよう、黒髪に黒い目とは珍しいな。まるで月の女神みたいじゃねぇか」
「こいつは、ごねれば更に高い値が付くやもしれんぞ」
顎髭を撫でながらしたり顔を見せる男をアイラは睨みつけた。
――私、やっぱり誘拐されたのか。
「それにしてもなんだ? これはどういうことだ?」
大きな男が首を傾げた。
「そうだよな。石に反応が見えねえ、その魔力抑制の石、まさか紛いもんじゃねぇだろうな」
「そんなことはないだろう、これはこの嬢ちゃんが大事そうに傍に置いていたもんだ」
「だがよ、その指輪、かなり年季が入ってやしねえか? 大丈夫か、そんな骨董品で」
篝火を囲みながら三人の男が同時に唸り、眉根を寄せた。
「ごく稀に、女神の恩寵が届かない子供が生まれることがあるが、この子はもしかすると、そういう不憫な生まれなのかもね」
女剣士は静かに話した。
不憫とは、かわいそうということだ。
屋敷でもアイラに魔力がない話になると、周囲の者は労わるように優しく接してくれた。
――お父様は、この指輪が私のことを守ってくれるって言ってた。
でも……魔力制御の指輪なんて、魔力がない私には、必要ないのに。
アイラは、ふと女剣士の顔を見上げた。
彼女の瞳を見た瞬間、胸の奥へ何かが流れ込んできた。
優しさ。
心配。
そして、罪悪感。
――え?
これは何?
察したんじゃない。
分かった。
私は今、確かに、お姉様の心を読んでいる。
「魔力を持たない? それが本当なら、売りもんにならんぞ。なんでこんなガキを欲しがるんだ?」
「そんなことは知らねえし、依頼主の思惑なんぞ俺達には関係ねえ」
「ったく、こんな辺境の貴族じゃ、ろくな身代金も取れねぇだろうに、それに、こんなガラクタじゃ使いもんにならねぇ、赤字じゃねえのか?」
存在価値を全否定する言葉。男たちは揃って、汚いものを見るような目つきでアイラを見た。
ダメだ、このままでは、何をされるかわからない。
これは、なんとかしなくては!
痛む手首を無理に動かし縄を抜けようと足掻く。必死で足をばたつかせた。
しばらくジタバタしていると、女剣士がアイラの顔の前に手をかざす。
彼女は、「静かに」と言ってアイラの肩をそっと押さえた。
どうしたのだろうか。アイラは女剣士の様子をじっと見つめた。
彼女は、耳を澄まし、何かを警戒するように周囲を見回していた。
なんだろうと首を傾げたとき、アイラの背すじに悪寒が走る。
――まずい! 来る! どんどんと近づいてきているわ。
数は、三……いや五匹。
四本足。
速い。
森の中を駆ける……魔獣の群れだ!
アイラの頭の中に映像のようなものが流れ込む。
これは、ダメだ!!
読んでいただき、ありがとうございました。
9月28日(月)第36話で第1部(完)です。
引き続きよろしくお願い致します。
《予定》
第2部【聖女と聖女(仮)】第37話~第65話
第3部【希望の子(仮)】第66話~90話
第4部【聖女と勇者(仮)】91話~(現在100話まで執筆完了)
アイラの幼少期を描いた短編も公開しています。
タイトル:『辺境伯令嬢、魔力ゼロでも毎日楽しく暮らしてます』
本編では描かれない、アイラが能力を獲得する前の、ほのぼのとしたお話です。
https://ncode.syosetu.com/n6436mn/
興味のある方はぜひどうぞ。
※閲覧注意、キャラ画像があります。




