3.よくあるざまあ
突然だけれど、主人公くんとクズリーダーが決闘することになった。
話の始まりはクエストの完了報告に来た主人公くんとクズリーダーが、鉢合わせしてしまったことだ。順調にクエストをこなす主人公くんに対して、クズリーダーはクエストを失敗しまくりでペナルティ発生寸前。二人が鉢合わせなんてしようものなら、揉めないわけがなかった。
先にクズリーダーが主人公くんに難癖をつけても、主人公くんは一切取り合わなかった。主人公くんにとってクズリーダーはもう過去の人だ。相手にしても嫌な思いするだけだしね。
主人公くんに相手にされなかったことで、クズリーダーは本格的にキレ始めた。
「てめえ、どの面下げて言ってやがる!!」
本当にそうだね。現在主人公くんの顔面は絶賛作画崩壊中なので、本当にどの面下げて? 状態だ。クズリーダーに同意したくなったことは過去に一度もないけれど、今回ばかりは同意したい。
「その言葉をそっくりそのままお前に返す。自分の顔を鏡で見るんだな」
主人公くんも主人公くんだった。双方顔面作画崩壊中に、顔にばかり言及しないでほしい。
クズリーダーにいくら挑発されても、主人公くんは冷静なままだった。ところがクズリーダーの矛先が主人公くんの仲間になったことで、主人公くんの顔色が変わった。俺の女に何しやがる展開だね。
それぞれのパーティメンバーも参戦して、いがみ合う主人公くんとクズリーダー達。ギルド内は一触即発、あわや大惨事のところで、支部長の鶴の一声により、主人公くんとクズリーダーの一騎打ちでの決闘が決まった。
今まで主人公くんのアクションシーンに立ち会ったことがない私は、不安でいっぱいだ。アクションシーン、それは作画崩壊の宝庫なのだ。私にとって辛い時間がこれから始まる。
それなら見に行かなければいいって? 支部長まで見に行く気満々だからね、ギルド内で一人だけ見に行かないと、浮いちゃうから仕方ないね。
約束の時間となり、ギルド近くの広場で主人公くんとクズリーダーは対峙する。
さっさと戦闘開始と思いきや、そうは問屋が卸さない。
直立不動で口だけ動かして、主人公くんとクズリーダーは長々と話し始めてしまった。改めて言うまでもなく、尺稼ぎの時間だ。
尺稼ぎしていないでさっさと戦えと思っているのは私だけで、観客の皆は二人の話に聞き入っているらしい。会話の中身は全然無いので、間違いなく早送りしても良い虚無時間だね。
長い精一杯の尺稼ぎが終わり、主人公くんとクズリーダーの戦いは今度こそ始まった。
低予算アニメには静止画をスライドさせることで、動きがあるように見せかける手法がある。これを多用し過ぎると、紙芝居だと揶揄される。そしてこれが現実に反映された場合、固定されたポーズのまま謎パワーで地面を滑り動く状況が展開される。
主人公くんとクズリーダーがお互いに滑り動き近付いていく様は、かなりシュールに思える。それと同時に、この光景はすごくあれっぽいなと、私の中で思い浮かんだものがあった。直線上を等速で近付いていく点Pと点Qだ。
接近した主人公くんとクズリーダーの武器が、激しくぶつかり合う。ちなみに主人公くんの得物は長剣で、クズリーダーは斧だ。そのまま激しい打ち合いが繰り広げられることはなく、二人の動きはすっかり止まり先程の続きを話し始めた。
二人の話は終わっていなかったようだ。その後もいちいち動きを止めて、二人揃ってしゃべるしゃべる。はっきり言って、緊迫感ないよね。
話しまくる合間合間に、主人公くんとクズリーダーが無言で睨みあう時間もあった。こちらも恒例、尺稼ぎの回想タイムだね。
三度目の回想タイムに突入辺りから、私はもうすっかりこの戦いに飽きてしまっている。人体の構造を無視した動きも、風に逆らってなびく髪も、絶妙にださくて弱そうにしか見えない武器の構えも、もうどうでもいいから早く終わってほしい。
他の人は飽きていないのかと観客に視線を移すと、観客は全員同じ顔になっていた。たぶん私も同じ顔だ。こういう時には、決して書き分けを期待してはいけない。
一旦仕切り直すために、主人公くんとクズリーダーは互いに距離を取った。また尺稼ぎに走るのかと思っていたら、すぐに主人公くんはクズリーダーに駆け寄っていった……のだけれど……。
え、ちょっと待って主人公くん。
まっすぐ最短距離で近付けばいいのに、主人公くんは何故か大きな放物線を描いて走っている。まるでカーブをかけられたボウリングの球のようだ。
主人公くんが避けた場所には、主人公くんにしか見ない、避けなければいけない何かがあったのかもしれない。あるいは地中に地雷とか。
いや違うか。どうせ走り始めと走り終わりの帳尻合わせだね。計画性の無さはどうしようもないね。
そういえば、主人公くんとクズリーダー二人とも魔法を使えるのに、戦いが始まってから一度も使っていない。この決闘で魔法の使用は特に禁止されていない。にもかかわらず今のところ、無駄に長々と話すか、武器で攻撃するか、無言で見つめあうかするだけだ。
どうして二人が魔法を使わないのか、私には分かる。
周りにいる観客を巻き込まないようにするため? いいや違う。作画が追い付かなくて、使わせてもらえていないだけだ。
……クエスト中の主人公くんは一体どうしているのだろう。ドラゴンのような魔物討伐は魔法が無いとさすがに厳しいから、さすがに頑張って描いていると思いたい。
主人公くんとクズリーダーが戦い始めてから、尺稼ぎの連続で既にかなりの時間が経っている。このままでは日が暮れてしまうのではないかと考えていると、太陽の位置が全く変わっていないことに気付いてしまった。
作画崩壊は時間にも影響を及ぼしてくる。
この後も何かにつけて尺を稼ぎ、尺を稼ぎに稼いだ決闘はようやく決着した。体感的にはCMどころか週をまたいでいたと思う。
主人公くんに惨敗したクズリーダー。決着まで尋常ではない時間がかかっているので、惨敗と言っていいのか悩ましい所ではあるけれど、便宜上惨敗ということで。
惨敗したクズリーダーは、主人公くんに負けたことに全く納得していなかった。逆恨みを加速されたクズリーダーが、魔法を発動させる。
……ここでの魔法使用は、ストーリー上避けて通れなかったんだろうね。
クズリーダーが発動させた魔法は、禁忌魔法の一種だった。禁忌魔法は多くの国で使用を禁止されている魔法で、この国も例外ではない。そんな禁忌魔法を習得済みとは、クズリーダーは相当主人公くんに恨みを募らせていたらしい。
禁忌魔法を目にした支部長の指示は早かった。
「奴を拘束しろ!!」
支部長の声に反応して、即座に高ランクの冒険者達が動き出す。
禁忌魔法使用の現行犯となれば、クズリーダーが言い逃れすることは不可能だ。クズリーダーはもうお終い。
圧倒的実力差を前にして、クズリーダーは一瞬で拘束された。ぐだぐだだった主人公くんとの決闘とはえらい違いだった。
拘束されたクズリーダーの腕と脚が反対側にへし折れているが、クズリーダーは特に痛がっていない。捕縛した人がへし折ったわけではなく、作画ミスによるもののようだ。
完全に無力化されたクズリーダーは、両手を掴まれて連行されていく。人物の大きさがおかしくて、まるで捕獲された宇宙人のようになっていた。
もはやパースとかそういう問題ではないし、一瞬でも誰かおかしいと思わなかったのだろうか。いや、誰かがおかしいと思った時には、もう手遅れだったのかもしれない。でもやっぱり手遅れになる前に、気付くべきだったと思うよ?
クズリーダーは禁忌魔法の件以外にも、調査すれば色々と悪行が出てくるはずだ。これでクズメンバー達の今までの悪行も明らかになる。
国が彼らに刑罰を与えるのか、ギルドが国の代行として刑罰を与えることになるのかは分からないけれど、命があるだけざまあとしてはマシな方だ。ざまあが終わってしまえば、彼らが二度と主人公くんの前に姿を現すことは無いだろう。
クズリーダー達が悲惨な末路を迎える一方で、主人公くんはパーティメンバーにもみくちゃにされていた。皆スタイル抜群なものだから、すんごいことになっている。
この状態で全く鼻の下を伸ばしていないとは、鋼の精神か主人公くん。
主人公くんとクズリーダーが戦った翌日の午後、私は気合を入れて商店街に買い物をしに来ていた。
本日は午後から半休で、明日は一日休みとなっている。しばらく激務が続いたので、明日は何処にも出かけずに家でゴロゴロするつもりだ。そのためには、本日の買い物は必須!
今の私にとって、買い物はかなり気合を入れて行かなければならないものだ。ギルド内の間取りさえよく変わるのだから、商店街の街並みが毎回同じわけがない。皆何事もなく買い物している傍ら、私は買い物に来るたびに毎回初めましての状態で、以前行ったお店の場所が分からず一苦労している。
今日の目的地の一つ目は、一度食べて美味しかった焼き菓子屋さんだ。早速お店を探し始めて一時間、一つ目の目的地から全く見つからず、私の心は折れそうになっていた。
おかしい。いつもおかしいけれど、今日は更におかしい。一度通った場所でも、歩く度に店が変わっている気がする。一体どういうことだ。
空を見上げて途方に暮れていると、聞き慣れた声で名前を呼ばれた。
「リンさん!」
呼ばれた方に振り向くと、そこには主人公くんがいた。主人公くんの横には、パーティメンバーの一人がいる。主人公くんはデート中だね、うん。
どうして全く目的地に着かなかったのか、私はようやく理解した。主人公くんが街中でデートして歩き回っているから、ますます街並みが乱れていると。タイミングが悪かったことを嘆くしかない。
「リンさんは買い物?」
「そう。黄色い屋根の美味しい焼き菓子の店の場所分かる?」
「あの店なら、この道をまっすぐ行って二つ目の角を右に曲がるとあるよ」
さすが主人公くんは目的のお店の場所を知っていた。
「助かった、ありがとね」
主人公くんのデートを邪魔してはいけないので、私が足早に立ち去ろうとすると。
「待ってリンさん」
主人公くんに呼び止められた私は立ち止まる。
「昨日はリンさんに心配かけちゃったかな」
私は首を横に振った。
「私は心配してない。絶対に負けるわけないから」
だって主人公くんは主人公だもんね。