6-4 Ghost train(化灯籠)――東海道線
伊沢が淡々と、――丁寧すぎてうんざりするほど――事実の列挙を行った。頭が重くなるほどに、冗長。事実は事実。だが、多すぎる。
『うーむ……』
――唸る。
誰にも聞かれないように念じながら、瞼を閉じた。
曰く――、『ラセツ』とやらは一条天皇の御代にまで遡る、かの源頼光を祖とする国家鎮護の組織とのことである。
酒呑童子討伐――。
誰しもが知っている伝説。
御伽噺。
子どもの時分によく聞いた土蜘蛛の退治伝説も、それに含まれる。京の都を悩ませる大江山の鬼、艱難辛苦を乗り越えてその首を持ち帰った伝説の武士、源頼光……そしてその部下達。
ただ、数々の怪異を見てきた今なら分かる。
――伝説は現実の出来事だったのだろう。
大江山の後、齢60を越えた頼光は、己の一族ではなく、異能を持つ一族や人間を選抜し、国を安んじるために怪異討伐組織を立ち上げた。
『羅刹』――仏教の護法神の名を借りて、朝廷や民を守る刃となる。
歴史の表舞台には決して現れない、異能集団。
平安の世から、千年にわたり陰日向に活躍してきた異能集団の系譜。今でも政府の外部機関として、ほぼ同じ役目で活動をしているという。
――伝説は今、現実にある。
「『もっとも、そこまで古いお話は置いておいて結構です。我々が異能者を求めているという所だけ覚えていただければ、それで宜しいのです』」
まるで演者のように――、伊沢が身振り手振りを交え、喉から声を絞り出していた。
流石に念話だけで語りたくなかったのだろう。
もし言葉を無くしたら、夜の車窓に映る無音のパントマイム姿を、延々と見ることになるからだ。
咳払い一つに、溜め息一つ。
「『さて……、先程卜部さんが問われた理由ですが、非常に分かりやすく、端的に申し上げましょう。――貴方は異能の人間です。間違いなく、中々お強いことでしょう』」
「『……なに?』」
「『その邪眼――、我々の知る限りでも相当のものです。その力が顕現する前から、貴方には我々が認知出来るほどに、強い妖気を放っていましたよ』」
――怖気が、背筋をなめ回す。
冷や汗が、俄に滲む。
確かに自分の力は強いかも知れない。
だが――、新橋にいた頃から強い妖気を放っていた?
「『今でこそ、その霊結晶を縫い込んだ制服でなんとかなってるようですが――、あの時の貴方のままでは、周囲の民間人にも害が及ぶ。そう判断した我々「ラセツ」は、進駐軍の――あぁ、我々は敗戦国の人間ですからね、「神聖同盟」の皆様方に連絡した上で、貴方に接触した次第です』」
あまりに饒舌に、そして的確に、私が知らなかった秘密が組み上げられていく。さも当たり前のように得意げに暴露される。その口上、紡ぎ出される物語は、なんだ――?
怖気が転じて腸が煮えくり返った。
お前に私の何が分かる――。
言い返そうとしたその時、意外にも――、ヒノエが口を開いた。
「『もうその辺でいいでしょう、伊沢。これ以上、彼を怒らせないで』」
ばつが悪そうに、彼女は静かに俯いて呟いた。
「『……そうですね。いきなり色々言って失礼致しました。気分を害されたのなら謝りましょう』」
打って変わって静かになり、飄々と頭を垂れる伊沢を見て、感情の発露は行き場を無くし、袋小路に閉じ込められてしまった。
「『――いや、いい。話を続けてくれ』」
俄に高まった鼓動。
手に滲む、何か分からない汗を隠すように努めて冷静を装った。
「『まぁ……、お話のほとんどはお終いです。我々「ラセツ」は進駐軍および「神聖同盟」と改めて――、あぁ、戦前まではお互いに交流があったのですが、戦争で断絶しておりましたので、改めて、となる訳ですが、文書を交わして協力体制を構築するのです。我々からしても、貴方に興味があったので、ロバート隊長に無理を言って旅行に付き合って貰った……そういうお話です』」
冗長な語り言葉が、漸く終わる。
当人も喋りすぎたのか、首元の黒いネクタイを緩めながら、軽い咳払いをしている。
恥か、喉の渇きか――、それが終わりの合図であった。
『イサワさん、ヒノエさん。ご苦労だった。これからのスケジュールは、事前に話したとおりなので、我々で共有しておくので、ゆっくり休んでくれ』
ロバート隊長が労を労いながら、視線を入口に流した。デービッドやマイクを見ると、眉を顰めて口角をへの字に下げっぱなしである。
『……失礼しました』
伊沢とヒノエが揃って頭を垂れる。雑談や戯れる時間など無く、くるりと踵を返して、扉を開けた。
しかし、その去り際、ヒノエが一瞬だけ私を見た。
――哀愁を漂わせた瞳で私を見る。
――瞳の先に映るのは、悲哀か、希望か、絶望か。
たった一瞬の眼差しに、私は釘付けとなった。
『それでは、また後で――』
伊沢が一言余計なことを言ったようだったが、頭に入っていなかった。ヒノエもすぐに廊下に消えた。日本語だけが飛び交う不可思議な連合軍特急《Allied Limited》の一室は、再び静寂に包まれた。
『……やれやれ、私から説明した方が早かったな、すまない』
ロバート隊長が溜め息交じりに、頭を掻きながら謝罪した。
相当堪えたのだろう。
『相変わらずですね、あの二人』
『そうそう、最初に来た時もこんな感じで、デコボコだったぜ』
緊張の糸が途切れたように饒舌になるのは、致し方ないことだった。我々は念話で会話をするが、喋らない分、存外に疲れにくいという事実を改めて思い知った。
饒舌なのは良いが、聞いてる身にもなれ。要らぬ怒りも買うことになる。
口は災いの元だと、いつか伊沢に説教してやろう――。
『取り敢えずもう休みましょう。部屋は事前に話したとおり、隊長、マイク、私とウラベ、イサワ、ヒノエさんの順で並んでます』
ヒノエは四人部屋を一人で使用する、これまた豪気な使い方である。もっとも、広さは全く変わらないので、使用するベッドは一つだろうが。
『食堂室は後方にあるが、行かないように。通路は他の米兵も通るが、接触は極力避けろ。食事は決まった時間に持ってきて貰うよう、給仕に指示してある。あと前方には……絶対行くな』
『そうそう、話しても碌な事にならんからな』
この『神聖同盟』は――、存在しない秘密結社である。
所属も偽装。万が一詰問などされれば、一瞬で糊塗された嘘がベリベリと剥がれ墜ちるに決まっている。米兵に会わないことが肝要であった。
『それでは、各自休憩してくれ。何かあったら念話で全方位に叫べ。そうすればすぐわかる』
……つくづく便利な道具だ。
特別室を出ると、窓の外は延々と闇に塗りつぶされ、遠くにぼつぼつと点在する電灯と家の灯りだけが人の存在を感じさせる。
明るい暖色と木壁の廊下を歩き、私とデービッドは二人部屋に入った。
荷物を床に投げるように置くと、飛び込むようにベッドに倒れ込んだ。ふかふか――、とは言えないが、清潔なシーツは疲れを包むように、瞬く間に眠気を誘った。
『……もう、一足先に寝させて貰うよ、デービッド』
デービッドは苦笑い気味に『おやすみなさい、ウラベ』と言って、すぐに電気を消した。
ガタンコトンと、枕木を渡る電車の音だけが響き渡り、尚更の眠気となり、私の意識は闇に落ちた――。




