表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/127

6-2 Ghost train(化灯籠)――東海道線

挿絵(By みてみん)


 時計の針は19時を回り、日はすでに地に没している。

 空は夕暮れの残滓を湛えながら、夜の帳が深く降りてきている。吐く息白く、空気も乾燥、如何にも冬の夜寒である。

 私達は薄暗闇の東京駅で、隊長を待った。


 見渡すと、北口やプラットホームは焼け落ち、雨ざらしのホーム、焼け跡生々しい鉄骨、穿たれたコンクリートなど、未だ戦火の傷跡に苦しんでいるのが心に刺さる。

 今は丸の内駅舎を中心に復旧工事が進められており、駅全体を覆うように大量の足場が組まれ、物々しい様相である。

 大正時代にはなかった東京駅八重洲口は、駅舎は小さく、地方へ買い出しに行った市民がぞろぞろと吐き出されている。ついこの間までは、こういう空間に一緒に混ざって浮浪していたことを思い出す。

 ()えた匂いが漂い、戦災孤児達が物を強請(ねだ)り、盗み、(たむろ)する。傷痍軍人が声を上げたり俯いたり、――彼ら独自のルールに従って、日銭を稼ぐ。

 戦争の影が薄れる気配は、まだない――。


 振り返れば、戦争は色々な「モノ」「サービス」を駅から奪っていった。

 華々しき帝都東京は、昔日の残影。

 全国に先駆けて導入された自動券売機も、寝台列車も、食堂車も、急行列車さえダイヤ改正でほぼ消滅していた。

 全ては総力戦体制のために……!

 一億火の玉は、実際そうでなくとも社会を蝕み、生活の質を杵で押し潰すように引き下げた。電車に限って言えば、戦前の余裕は疾うの昔に消え失せ――、国民は相変わらずの()()()で苦行の長旅をするのだ。


 ――連合軍だけは別である。

 ありとあらゆるサービスが、最優先で最上のものが使える、与えられる。

 戦時で消滅した寝台列車も、食堂車も、連合軍は最優先で設定されている。一等客車クラスを誂えた連合軍専用列車など、新聞記事に踊るくらいだ。

 無論――、日本人は利用出来ない。

 下士官以下の米兵は日本人と同じ電車に乗ることもある。しかし、上級将校や将官クラスであれば専用列車が宛がわれる。さらに軍司令官にもなると『司令官専用列車』もあり、――天皇陛下のお召し列車と同様クラスのサービスを受けられるとのことだ。


 占領されている日本人は、遠くで指をくわえて見る事しか出来ない。

 羨望と畏怖の対象――。

 白帯一本の連合軍特急(アライドリミテッド)――。

 利用客として日本人が乗れない列車に、()()()()()()


『――急な話で悪かったな』

 丸の内、駅舎乗車口前。

 駅構内の人混みはやや和らぎ、雑然と閑散の境界にある。

 そんな中でも、電灯に照らされた隊長は筋骨隆々の陰影がより深く、いるだけで存在を主張しているようですぐに見つかった。

 連合軍は専用の乗車口があり、輸送事務所(RTO)を介して移動が図られる。

 見渡すと、輸送事務所(RTO)に向かって歩く米兵達は、いそいそと、それでいてニヤついている野郎もいる。彼らは慰安旅行――、文字通りの()()に、出かけるのだ。

 キャメラ片手に観光地巡り。

 本当にいい気なものだ。

 私はこれから京都、場合によっては怪異と戦うかも知れないのに――。


『いえ、それより挨拶の行き先は、やはり?』

 デービッドが神妙な面持ちで隊長に尋ねた。

『そうだ、「()()()」だ。時間が掛かってしまったが、先方との協定がこの度交わされることになった。今回はその前準備といった所だ』

 ――ラセツ?

 私の聞いたことのない単語が出てきた。

『ははーん。それじゃあ、本当に挨拶回りだけらしいですなぁ。良かった良かった!』

『予備交渉も任務の内だが、道中――いや、向こうに行ってから何があるか分からん。我々のことを快く思ってない、そう思っていた方が良い。いつでも戦闘に対応出来るよう、準備はしておくんだぞ』

 マイクが意気揚々と髭を撫でニヤついている様を、訥訥と注意された。強面のお小言にマイクは『はい』とだけ呟き、ばつが悪そうに頭を掻いた。


『隊長……、その「ラセツ」とは?』

 ロバート隊長は片眉をつり上げ、咳払いをした。

『うーむ……、()()()()()()()|こういう人がいる場所で話すのは良くない。万が一ということもある。どうせ時間はあるからな、車内で話すとしよう』

 きっぱりと話を切り、隊長はくるりと踵を返した。

 向かう先は、専用乗車口。我々3人は子ガモのようにぞろぞろ隊長について行くしかない。

 ――その道中。

 僅か数十(メートル)でしかないのだが、歩く方向が一緒になった親子連れの会話が耳に入った。僅かばかりに視線を流し、その様子を見た。

 戦災で焼け出されたような風情ではない。明らかに社会復帰が出来た、……つまり生活に余裕のある家族である。和服で坊主頭の小僧が、父と母の手にぶら下がって遊んでいるようだ。


「どうして日本人なのに進駐軍の服を着てるの? あの人」

「……本当、なんでかしら」

「日系のGI(米兵)じゃあないかな、軍服を着ているし」

「じゃあ、あの白帯の赤茶色列車に乗るんだ! いいなぁ」

 微かに聞こえる程度。

 視線を交えたのは、子どもの羨望の眼差し。

 それから彼らとは、すぐに別れた。

 ――子どもに悪気はないとは言え、気持ちのいいものでは決してなかった。


『ウラベ……、気にしないでください』

『あぁ、大丈夫だ、心配ない』

 デービッドの親切心は身に染みる。

 だが、私の言葉とは裏腹に、罪悪感は肩を重くするばかり。

 視界に入るすべて、ありとあらゆる日本の現実は、敗戦の汚辱に塗れている。その現実を目にする度に、ついこの間までそこにいたはずなのに、今はひしひしと罪悪感が胸にこみ上げる。


 ――私は日本人でありながら、日本人ではない。

 同胞の収奪の上に、生存が許されている。

 気が重くならない訳がない。

 俄に傷心を癒やす間もなく、隊長が輸送事務所(RTO)での手続きを終え、私は皆の後を着いていくように、とぼとぼとホームに上がった。

 暗闇の中、目に飛び込んでくる、強烈なヘッドライト。

 ホームの電灯が、鈍く車輌を照らす。

 機関車がずんずんと我々に向かってくる。だが、特徴があるのは列車の方である。


 赤茶色(マルーン)に白帯――。

 それは特別な色合い。

 子どもの羨望も頷ける、特別車輌。

 前方から貨車、一等客車、個室寝台、食堂車という車輌編成。日本人が使えない寝台列車が、悠々と目の前を通り過ぎていく……。

 ゆっくりと停車に向け、速度を落としていく列車を見送っていると、偶然近くにいた丸眼鏡の日本人車掌の会話が聞こえた。


「……おい、一輛多くないか?」

「11輛編成のはずだが……、食堂車の後ろに客車で12……、だな」

「連合軍側の事情があるかもしれんから、一応確認だけはしておこう」


 さて――、()()()()

 僅かな疑義を挟む間もなく、列車搭乗の時刻となり、隊長を先頭に我々は連合軍特急(アライドリミテッド)に足を踏み入れたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ