19-6 戦艦大和撃沈指令――東シナ海
「『――あのフネですか?』」
『そうだ』
「『着艦出来るようには見えませんが……』」
『偽装してるとは言ってたけど……不安ね』
上空千米。
隊長やミエコを初め、脳内に響き渡る皆の声は僅かながら動揺しているようだ。
『もう夕暮れだぜ。ここで着艦出来ずとんぼ返りなんて真っ平ごめんだぞ』
マイクのぼやきが全てを物語っていた。
輸送機で長い空旅を経て鹿屋航空基地に無事到着した。――かつて数多の特攻機が出撃した海軍航空隊の飛行場は、当たり前だが米軍が駐留する基地となっていた。かつての面影なぞ私は知らないが、右も左も米軍機しかない現状こそが敗戦国の現実なのだ。
観光――なんてあり得ないと思っていたが、宜なるかな。やっと着いたと思ったらすぐに離陸の指示が隊長から下った。合流した我々は、米海軍の航空機――雷撃機らしいが、総勢4機に分乗して鹿屋の街を見ることなく直ぐさま離陸した。
整然なる編隊飛行。
蒼空を滑るように飛翔する青い翼。
しかし、搭乗したのは通常の機体じゃない。
知らない白人操縦手と、通信手席のデービッドに背を向けて、機銃座という即席の旅客席にて、正面の尾翼に目を向けると「神聖同盟」の識別記号が真白く輝いている。
これは米軍機であって米軍機ではない。
――神聖同盟本部直属の軍事力。
対怪異専用の任務部隊にして、強大な火力投射が求められる時にのみ投入され兵力とのことだ。斜めの十字架の真ん中に眼が、……見てると嫌になるが、ハッキリくっきりとした眼が配置されている紋章だ。きっとホルスの眼の類いなのだろうが、ずっと見つめられているようで気味が悪い。
夕暮れ空はまだ白を纏い、水平線の向こうに沈みつつある橙色の太陽が人の世の繋がりを照らしてくれる。我々の眼下――背中を大きく捻ったその先に、濃色を湛えた海にぽつりと浮かぶタンカー……だろうか? どう見ても艦橋や煙突、その他の設備で真っ直ぐな甲板など見えない。
「『あれに着艦――、出来るんですか?』」
『……大丈夫ですわ、Mr.ウラベ』
脳内に可愛らしい女性の声が柔らかく染み入る。
参謀本部で出会った女――ミリアムだ。
『! この声は……』
『驚かなくて結構ですわ、ロバート大佐。お久しぶりね』
「『総大司教……御自らの御出陣とは』」
隊長とデービッドの驚きに、脳内が俄に騒がしくなる。
『――え、え、え?』
『……誰だい、この女?』
『クラウディアッ! 神聖同盟の総大司教猊下だ! 無礼な口は慎めッ!』
『うへぇ、こりゃ只事じゃねぇぞ』
『……慌てても仕方あるまい。それだけの事態ということだ』
立川にいるキャサリンまで巻き込んで、私と博士以外のみんなが銘々に動揺している。瞼に浮かぶのは、黒い宝石の輝く髪飾りをした可愛らしい英国女性の姿だけなのだが、――やはり、殿上人なのだな。
『今、偽装を解きますわ。刮目してご覧遊ばせ』
ミリアムの嬉々とした声に呼応するように、眼下のタンカーの上部構造物――艦橋や煙突、上部甲板に積み上がっていた資材や四角い木箱、クレーンに至るまでが、砂のように風に流れてさらさらと消えてゆく。色の付いた霧が晴れた向こう側には――。
「『……なるほど、護衛空母ですか』」
無線手席のデービッドが大きく頷いている。
『そうですわ。大戦中に米国から供与された米国製英国護衛空母ですわ。民間へ払い下げてスクラップに予定だったものを――少々、ね? 良いお買い物でしたのよ』
嬉々として語る口調に、私は一人肩を竦めるばかりだ。しかし随分と小ぶりである。写真で見た空母赤城に比べれば、子どものような代物にも見える。それでも――米国はこれを数十隻、いや百を優に超す量を完成させ、供与し、戦線に投入してきたのだ。
戦争が終わってあぶれ者を再任用――。
彼女の新しい戦後がここなのだ。
『それに「迷妄術式」の一種を掛けて偽装したということね。伊沢が泣いて悔しがりそうな規模だけど』
『ふふ――、後で教えてあげましょうか。貴方もまだまだひよっこだってね』
意地悪い乙女達の囀りに苦笑いしながら、雷撃機は着艦に向けて進入を開始する。空を滑り、身体が僅かに浮き上がり、ゆっくりと小さな小さな甲板目指して降りていく。1機ずつしか降りられない為、自分の番が来るまでは上空を旋回して待機するしかない。ワイヤーを使って強制的に着艦させているようだが、見ている分には怖い。小さいからこそ余計に。
「『もっと大きい空母はないのか、デービッド』」
「『私達は存在自身が秘密なんですよ、ウラベ。幾ら霊的偽装が可能でも、世界最大級の船がウロウロしてたら変でしょう?』」
それはその通りだが……、と返そうとした時、我々の番が来た。
旋回、緩降下、機体後方の夕暮れ空を機銃座越しに見つめながら祈る。小さな空母がドンドン大きくなっていき、すわその時――ドンッ、と車がぶつかったような衝撃が身を揺さぶった。機体は僅かに跳ね上がり、舌を噛みそうになった。
ぐいっと身体がシートに押しつけられ、機体は急速に動から静へ――。
「『生きてますか、ウラベ?』」
「『なんとかな。……まぁ、心臓はバクバクしてるが』」
「『ハハハ、ジェットコースターみたいなものですよ。ちょっと命懸けですけど』」
ベルトを外しながらデービッドを見ると、彼も冷や汗を僅かにかいていた。
「『ここが遊園地なら、金を払っても来たくはないね』」
冗談を無為に重ねる。
そうでもしないと非日常の連続に飲まれてしまう。
冷や汗一筋に笑顔を浮かべる彼の姿を見て深く安堵した時、脳髄にするりと滑り込むようにミリアムの声が響き渡った。
『ようこそ。我が移動城砦エススへ。歓迎しますわ、皆様』
日焼けした白人甲板員によって開かれた風貌から顔を出すと、こぢんまりとした小さな艦橋に佇む少女の姿が朧気に見えた。




