18-5 LUCIFERO(天使と悪魔)――旧参謀本部跡
――舞台装置。
その言葉は、この世の馬鹿げた真理を体よく表す魔法の言葉。
世に知る者少なく、信じる者少なし。
その真理をコイツは知っている。
『ほぅ……。ならば話が早い』
ルシフェルは羽を淑やかに広げたまま腕を組み、廃墟の壁にもたれ掛かった。真っ赤な悪魔王の態度を見て、医務室でサリエルが放った一言が思い出されるように脳裏を過った。
確かにサリエルは言っていた。
ルシフェルもその事実を知っている、と。
同時――に。
強烈な違和感が頭の中で声高に叫んだ。
待て、滝夜叉姫は?
彼女はこの事実を知っているのか?
口外無用の事実のはずなのに、博士は堂々と言葉を紡いだ。
まさか――。
『案ずるなウラベ。儂も知っておる』
眉を顰めて制服の髑髏を伺うと、眼窩の真っ黒な髑髏と自然に顔が合った。髑髏は僅かばかりに首を傾け、あんぐりと口を開けていた。
『……そうだったんですか』
『人が居らねば天も魔も在らず。――函館の折、言葉を滑らせてしもうたわ』
高位の熾天使ウリエルを囲む髑髏の群れ。函館で垣間見た地獄のような光景にて、確かに彼女はそう言っていたかも知れない。
だがこの事実は――。
『そうだ、人の子よ。天使どもも悪魔も認めたがらぬ。そればかりか――、嬌笑し蔑むばかり。非力なる人の子が創り上げた舞台の演者、それが我らよ』
まるで心を見透かすように。
諦観にも似た悪魔王の呟きに、僅かに嫌な気分になった。
『……それで、その演者である悪魔の貴方は、何をしに此処へ?』
『フン――、逆だ』
『逆?』
『貴様がここにいる理由、だ』
私。
――私が。
『ウラベ、本題に入ろう。悪魔との密談。それは――』
『この世の釣り合いの秘め事じゃ。ここにいる者達を考えてみよ』
眉を更に深く顰める。
悪魔王、私、博士、滝夜叉姫。
その他に2名いるらしいが、意味が分からない。
だが集まりの前提条件が例の真理を知っている者だとするならば。
「『――まさか。この世に現れている怪異現象は』」
『残念だな。30点だ』
突然、この禍々しき魔物溢れる空間に凜とした声が響き渡り、私の推測を無碍に叩っ切った。
つい最近だ。
新宿の映画館でも脳裏に響いた、若々しきシニカルな声。
『……サリエル?』
暗闇渦巻く虚空に向かって視線を投げるが、何処から声がしているか分からない。身体ごと視線を泳がせていると、博士が深い溜息とともに手元の籠をガチャガチャと操作し始めた。
『やれやれ――、様子見してるんじゃなかったのか?』
博士が暗闇の中、慣れた手つきで籠を開け放つ。
籠の中は小さな豆電球が灯され、洋室の一角の様な装いである。金持ちの道楽じみた、豪勢なお人形さんごっこの如く。その真ん中に――。
『ヒヒヒヒ! 狭苦しいッたりゃアリャしねぇ!』
『もう! 狭い籠の中で組んづほぐれつよぉ~!』
場違いな、あまりに場違いな甲高い道化の声が脳裏に劈く。
籠の中で跳ね回るグレムリンに、虚空をくるくると五月蠅く弧を描くピクシーを見て、声を漏らさずにはいられなかった。
『な、なんで――?』
『秘密にしていて悪かったなウラベ。こいつらは――』
『こいつらとは失礼ですわね、Dr.ホワイト・スティグラー』
『そうだねぇ。最低限の敬意は必要だよ』
毛むくじゃらのグレムリンと羽根をピンピンと羽ばたかせていたピクシーが、夫々に目映い輝きを放ち始めた。恒星の如き輝きが敗残の廃墟に焼き付けられる。網膜を焦がす残影が収まった頃、誰もいなかったはずの空間に、まるで当たり前にいたかのように――二人。
相変わらず黒いスーツに真っ赤なネクタイを決め込んだサリエル。
それに、意匠を凝らした真白きドレスに身を包む美女。
いや、美少女か――?
暗がりでも私の眼なら見える。
齢幾つか分からぬが、三つ編みカチューシャの天頂に黒い宝石が輝き、風を纏う長い金髪は真白きリボンに束ねられている。一方でボリュームのある白いドレスを引き締める襟元の黒いリボンが、博士のライトに照らされ艶やかに輝いている。何処ぞの王室の洋装にて――、幼さを残す顔立ちは澄み渡る透明さを湛えている。
『様子見はやめたのか?』
ルシフェルの憮然とした問いに女が答える。
『最初から彼を殺すつもりなんて無かったのでしょう? 相変わらず意地の悪い御方ですわ。それに勘違いされたら困りますわ。ここは新秩序を決める場所じゃありませんわ』
お嬢様口調の女が、私に向かい静かなる視線を向ける。
『初めまして――、ですわね。Mr.ウラベ。「神聖同盟」英国本部総大司教、ミリアム・ネイサンと申しますわ』
ニコリと微笑む少女の顔は、純真無垢のそれではない。少なくとも私には人の闇を抱えた口元、瞳に見えた。
『総大司教……。「神聖同盟」のトップ、ですか?』
『exactry。ウィリアム達が大層ご迷惑を掛けてしまったようですわね。この場を以て謝罪致しますわ』
焼け落ちた旧参謀本部の廃墟で、博士のスポットライトに照らされた女優が一人、暗闇の中で恭しく頭を垂れる。
『まー、ウラベ君の状態を考えたら彼らが銃口を向けたのも無理はないねぇ。人の子にしては十分すぎる程の力を持ちすぎているんだから』
サリエルの様子は相変わらずだ。
最初に会った時からその印象に一片の変化もない。
常にシニカルに、常に戯けながら真理を貫くのだ。
『――さて人の子よ。改めて全員揃ったぞ』
ルシフェルが溜め息交じりに口角を下げている。
……なるほど、5人だ。
『人と怪異の狭間で強き異能を持つ貴様は、聞かねばならぬ。これより訪れる災いを――』




