第65章 蘇り(ディアナ視点)
私はセレッタ様に両手を握ってもらってソファーに腰を下ろした。
テーブルの横にはフィリップお兄様が、正面にはお父様とお母様に瓜二つの女性が腰を下ろした。
女性は幽霊でも幻覚でもなかった。それに気付いた時、ああ、この人は母の姉なのだろうと思った。
母はたしか五人兄妹の末娘で、三歳年上の姉がいると言っていた。その人なのだろうと思った。
姉妹は声がよく似るというが、本当によく似てる。
ああ。生きていたらこんな風な感じになっていたのね。
少し白髪があって、目尻にも小ジワがある。けれど、とても優しげな顔をしている。
んん?
お父様、少し近過ぎるのじゃない?
叔母様は既婚者よね? もっと離れて座った方がいいのでは?
そう思った時、お父様は今まで見たことのないような輝くばかりの笑顔でこう言った。
「フローディアはさすがだな。
死んだと思っていた母親が生きていて、しかも目の前に突如現れても落ち着き払っていられるなんて。本当に肝が据わっているな。
私とフィリップなどは暫く茫然自失して、夢でも見ているのかと思ったぞ」
「はあ〜?」
とても貴族令嬢とは思えないような声を上げてしまった。何を言っているの?
「使用人が口を挟むべきではありませんが、確認させて頂きます。
こちらにいらっしゃいます方が、奥様のナンシー様ということですか?」
スレッタ様が私に代わって質問をしてくれた。
すると、お父様はニコニコと頷いた。
「失礼ですが、お亡くなりになったと伺っていたのですが」
「私達も皆そう思っていたんだ。
しかし、仮死状態だったらしく、スゴッテ領へ馬車で運ばる道中で、その振動で蘇生したらしいんだ」
「それならば、なぜそこから引き返してこられなかったのですか?」
もっともな質問だわ。ありがとう、スレッタ様。
「酔って階段から落ちた事故死とされたが、彼女が酒を飲めない体質だということは、家族なら皆知っていた。
当然ランメル夫妻は医師の検死報告を最初から信じていなかった。これは事故に見せかけた殺人だと」
お父様の長い説明を簡略するとこうだ。
お母様は息を吹き返した後、再び長い眠りに落ちたそうだ。
ランメル夫妻は農業技術だけでなく、薬草や看護の知識も豊富だった。
お母様が息を吹き返したのが、たまたま大きな町だった。
そこの宿に宿泊し、流動食を作って栄養補給しながら、母の体力回復を待ったそうだ。
そして五日後に完全に意識を取り戻した時には、お母様の記憶がかなりあやふやになっていたらしい。
しかも、結婚後の記憶は何故か、幸せな記憶ではなく、辛かった記憶ばかり覚えいたそうだ。
姑にいびられ続けたこと。
長男と長女に避けられていたこと。
夫には真実の愛で結ばれた思い人がいた。それなのに、無理やりに引き離されて、お金のために仕方なく自分と結婚させられた。そう周りから陰口をたたかれていたこと。
不釣り合いだ、別れろと嫌がらせをされ続けたこと。
嫌だといくら訴えても、無理矢理パーティーに参加された上に毎回放置されたこと。
その話を聞いたランメル夫妻はこ思ったそうだ。
(ナンシー様は殺されかかった。
つまり命を狙われたということだ。このまま子爵家に戻ったとしても、再び命を狙われるに違いない。
それならこのまま死んだことにして、スゴッテ男爵家で暮らせばいいのではないか。
ナンシー様と夫のニコラス様が思い合っていることはわかっていた。
しかし旦那様では奥様を守れない。これまでも社交界だけでなく、家庭でも守れなかったじゃないか。
大奥様はもう亡くなっているけれど、上のお子様達は未だに母親であるナンシー様を蔑み無視をしているし。
ナンシー様はこれまでロンバード子爵家のために散々尽くしてこられた。
膨大な借金の返済にも目途がたっている。もう解放されてもいいのではないか)
夫妻はスゴッテ男爵家へ手紙を出し、お母様の状況を説明した。すると、すぐさま当主である伯父様自身が迎えにきてくれたそうだ。
そしてお母様の現状とこれまでの経緯をランメル夫妻から聞いて、夫妻の考えに同調したらしい。
命の危険がある場所に妹を返すわけにはいかないと。
しかも、死んだことになっているのだから、それを今さらわざわざ教える必要もないだろうと伯父様は言ったという。
お父様がお母様の亡骸をランメル夫妻に任せて同行しなかったのが悪いのだからと。
しかしそれは誤解だった。そもそもお父様は王都の教会で葬儀をして、ロンバード子爵家の墓地に埋葬するつもりだったのだ。
ところが、レンネさんがそのことに激怒したのだ。
「ロンバード子爵家の墓地になんて絶対に埋葬させません。
死後の世界でまで悪魔のような大奥様にいびられたのでは、あまりにもナンシー様がお可哀相です。
王都には良い思い出など何もありません。
もう亡くなったのですから大好きな故郷へ帰らせてください。今すぐに」
それはもう、物凄い剣幕だったことを覚えている。使用人として立場を弁えない言動だった。
本来お父様は彼女のことなど無視するか、しかりつけても良かったのだ。
しかし、妻を突然亡くして茫然自失していた。その上に、今は亡き毒母のことを思い出し、妻への懺悔の気持ちで一杯になってしまったのだろう。
しかも、妻が死んだのは絶対に事故などではない。きっと、レイクレス伯爵家とジルスチュワート侯爵夫人が関係しているはずだ。
つまりそれは自分のせいだ。自分が妻を死なせてしまった。
今ならわかるわ。あの時お父様は自責の念でレンネさんに反論できず、言いなりになってしまったのだと。
政略結婚で妻を愛していなかったから、子爵家で葬儀をせず、亡骸をそのまま実家へ送り返したのだろう。
お父様は世間でそう囁かれ、妻殺しまで疑われたのだ。その疑惑はすぐに晴れたけれど。
あれはレンネさんの復讐だったのだろうか。
皮肉なことにそのおかげでお母様は蘇ることができたのだから、正直複雑な気持ちになったわ。
皮肉と言えば、私の死はランメル夫妻やスゴッテ男爵家にとっては、後ろめたい結果となったようだ。
娘の遺髪を妻の墓に入れてやりたいから墓参りをさせて欲しい。お父様の出した手紙にかなり動揺したようだ。
そりゃあそうよね。お母様のお墓なんて存在しない。
だからこれまで絶対に墓参りなど許さないといっていたのだろうから。
そして、兄や姉はともかく、唯一懐いていたまだ幼かった私から母を奪ってしまった。
その挙句、その後会わせられないまま死なせてしまった。
さぞかし後ろめたかったに違いない。
本当は私を引き取るつもりだったらしい。
男親一人で子供を三人も育てるのは無理だろう。特にまだ手がかかる末娘は簡単に手放すだろうと思っていたらしい。上の二人と違って母親似の末っ子ならなおのこと。
ところが、どんなに説得してもお父様は私を手放さなかった。
目論見が外れてあちらは困った。そこで私の面倒を見させるために、再びランメル夫妻をロンバード子爵家に送り込んだのだ。
そして彼らは、私がお母様のいるスゴッテ男爵家へ自ら行きたがるように仕向けようとしていたのだろう。




