第63章 素直な思い(ディアナ視点)
私の死はあっという間に王都中、いや全国に広まったようだ。
なにせ国の情報部と各地でスタンバイしていた騎士団の皆様が広めたのだから、そりゃあそうなるでしょう。
まだ十五にもならない少女が急死したということで、私を悼む声は多かったみたいだ。
けれど、いかんせん私を知る人はほとんどいない。母親の死後病弱になり、家の中でずっと療養していたことになっていたのだから。
そのため、本気で私の死を嘆き悲しんでくれたのは、第三騎士団団長であるビクター=マッケイン伯爵様のご家族と、王城の官吏であるマイク=ノーランド男爵様のご家族くらいだったらしい。
直接お会いしたことはなかったが、よくお見舞いの手紙やお花を送ってくださっていたのだ。
事件が解決したら、両家には謝罪と感謝を述べるために是非ともお邪魔させていただかねば。
つまり、何が言いたいのかというと、私の訃報を聞いた人々のほとんどが、私ではなくてお父様に同情したということだ。
妻だけでなく娘にも先立たれるなんて、なんてお気の毒なのだろうと。
しかも、感染を広めないためだからと火葬にされ、きちんとした葬儀も出せなかった。なんて痛ましいのかしら、と。
この国では基本火葬はしないので、まあ、そう思うわよね。
そして、当然あの伝説の「お父様の真実の恋人」であるマデリーン=レイクレス伯爵令嬢様も、我が家に突撃しようとしていたみたいだ。
けれど、留守を任されていた伯爵家の家令によって部屋に軟禁されたらしいわ。
ルシアン様のお母様は私が死ぬ直前に、長年に渡る不貞と財産の無断使用、その他諸々の不適切な行為があきらかにされ、離縁されて実家へ帰されていたのだ。
離縁されたばかりだというのに、昔の恋人の元へ行くなんて非常識極まる。
しかも相手は子供を亡くして悲嘆に暮れているというのにと、さすがにレイクレス伯爵家の家令に説教されたそうだ。
もっとも彼女からすれば、恋人が辛いときだからこそ慰めに行きたかったと主張したというが
「絶対にロンバート子爵家へは行かせるな。もし行かせたら、不貞行為を公にして膨大な慰謝料を請求するぞ」
と元夫であるジルスチュワー公爵からそんな伝令を受けていた家令が、出戻ってきた中年の令嬢の主張などに耳を貸すわけがなかった。
マデリーン様だけでなく、我が家への立ち入りは完全に禁止されていたので、門の周辺には見舞いの立派な花籠がずらっと置かれてあった。
せっかくの花をそのまま放置するのも忍びないので、できるだけドライフラワーや栞にすることにした。
修道院や孤児院のバザー用にしたり、図書館に寄付するのもいいだろうと思った。
まき散らされたコメ粉という東国産の粉の後始末が済めば、スレッタ様と二人きりでは大した家事もなかった。
手作業をするのは気がまぎれてちょうど良かった。
お父様とお兄様は私のことを心配しつつも、葬儀が終わるとすぐさま、こっそりと王城に向かい、そこに泊まり込んでいるからだ。
軍部の医局に属する騎士に連行されたはずのスレッタ様は、私の葬儀の翌日に我が家にやって来て侍女となった。
もちろん、「スミレ嬢」ことヴァイオレット=モラネスという名の男爵令嬢ではない。
ジルスチュアート公爵家の侍女スレッタ=モラネス男爵令嬢として。
彼女から事実を聞かされた時は、腰を抜かしそうになるほど驚いたわ。
容姿も雰囲気もまるで別人だったから。
それに、ルシアン様への思いを伝えていたことに気付いたからだった。
「たとえ口に出していなかったとしても、ディアナ様の気持ちはあの図書館に居た者なら、皆気付いていたと思いますよ。
まあ、あの唐変木な方を除いてですが」
と彼女がそう言ったのでさらに驚いてしまった。
「恋をしている者達の間には、本人達は気付かなくても、淡い色の空気が漂うものですよ。
ディアナ様も、私とカイルの間にそれが見えたから恋人同士だとわかったのでしょう?」
スレッタ様は茶目っ気たっぷりにそう言ったので、私も思わず頷いてしまった。
それにしても、スレッタ様とカイル様は本当に悲劇のカップルだった。
しかし結婚できないのは身分差ではなくて、ルシアン様のせいだと知って困惑した。
するとスレッタ様はにっこりと微笑んで、とんでもないことを言い出した。
「気の毒だと思って下さるなら、私達が早く結婚できるように協力して頂けませんか?」
「もちろん、私にできることなら、何なりとお申し付けください。お二人には早くお幸せになって欲しいですから」
今回のことでは言葉では言い尽くせないほどのお世話になった。けれどそれだけでなく、私にとってお二人は大切な友人だった。それは一方的な私の思い込みかもしれないけれど。
「ディアナ様は今回のことで生まれ変わられたのですよね?
それでしたら、過去の因縁など全て捨てて、ルシアン様とのことを考えてはいただけないでしょうか。
以前はさすがにそんなことは口には出せませんでした。こちらは加害者側の人間なのですから。
ですが、今回のことでおそらく罪を犯した者達はそれ相当の報いを受けることになるでしょう。
もちろんそれで済むことでないことは重々わかっております。
貴女のお母様が生き返るわけではないし、子爵家の幸せがやり直せるわけではないのですから。
それでも、お母様は皆様のお幸せを何よりも望んでいらっしゃると思うのです。
ディアナ様のこれからの幸せな未来のために、もしルシアン様が必要だとお考えになるなら、その思いから目を逸らさないで頂きたいのです」
「でも、私が一方的にそれを望んでも、ルシアン様に迷惑をおかけするだけではないのですか?」
「ルシアン様の気持ちを私が勝手に代弁するわけにはいきません。ただ、簡単に諦めないでいただきたいのです。
もし貴女が別の幸せな道を見つけられているのなら、迷わずにそちらを選ぶべきだと思います。
ですが、後になってから悔やむ選択だけはしてもらいたくないのです。
貴女は私にとっても大切な方です。私とカイルが結ばれるように、そう真剣に願って下さったのは貴女だけだったのですから」
彼女への思い。それが私の一方的な思いではなったと知って、頬に涙が一筋流れ落ちた。
それを彼女は細くて美しい指でそっと掬ってくれたのだった。
ルシアン様からの手紙が私の元に届けられたのは、犯罪組織を壊滅させてから二週間ほど経った頃だった。
その手紙には
「この事件の後処理が終わり、長年に渡る事実がはっきりしたら、貴女にどうしても伝えたい大切な話があります。
しかしそれには、まだまだ時間がかかりそうです。
その間に貴女がいなくなってしまうのではないかと不安が拭えず、毎日不安な日々を過ごしております。
どうか、待っていると約束をしていただけないでしょうか。お返事をお待ちしています」
と書かれてあった。
これって、告白したいから少し待っていてくれといっているのかしら?
でも勘違いだったらとんでもなく恥ずかしいわ。
そう思って手紙をスレッタ様に見せると、彼女が呆れるようにこう言った。
「言いたいことがあるですって!
この手紙だけで好きだと言っているようなものじゃないですか!」
と。やっぱりそうですよね。
飛び上がりたくなるほど嬉しくて、愛という言葉など一切書かれてはいないその手紙を、私はぎゅっと胸に押し付けたのだった。




