第57章 死亡原因(ディアナ視点)
なんと、父と兄が王城に呼ばれて登城したあの日に、キンバリー様が私に会いに来ていたらしい。その時私は屋根裏部屋の片付けに精を出していた。そのために来客があったことには全く気付いていなかった。
お兄様から絶対に誰も家の中に入れるなと厳しく言い渡されていたので、ランメル夫妻は私が流行り病で寝込んでいるからと言ってすぐに追い返したのだそうだ。
でも、その時彼女が持参した私への贈り物というのが、昔母がレイクス伯爵夫人から贈られた化粧品と全く同じ品だったらしい。そして調べた結果、やはり二種類の異なる毒性物質が混入されていたとルシアン様から聞かされた。
「物的証拠品を手に入れられたことは大きかった。でも化粧品の製造元との関連性がはっきりしないと、知らなかったと言い逃れをされたら厳しい罪には問えない。
だからこそ、製造元についての捜査をここ数年続けてきたのだが、実のところかなり捜査は進んでいて、年内にはめどが付くのではないかと思う。
しかしその前にキンバリーがまた何かをしかけてくる恐れがある。
フィリップ君との正式な婚約が進まなくて、かなりいらついているから、そのうっ憤が貴女に向かう気がしてならないのだ。あの化粧品を持ってきたくらいだからね」
私は頷いた。キンバリー様の行動力はよくわかっている。あれを人のために使っていれば、さぞかし人々から称賛されるに違いないわ。
そんな余計なことを考えている場合じゃないけれど。
「彼女が次に何かを仕掛けてくる前に、さっさと私の存在を無くしてしまった方がいいですよね?」
ルシアン様からは言い辛いだろうと私からこう訊ねた。すると、案の定彼は苦し気に顔を歪めた。そこで私はこう言ったわ。
「お兄様は自分がキンバリー様から嫌われるよう仕向けると言ってくれたようで、それはとても嬉しい提案だと思いました。でも、それだとやはり時間がかかると思うのです。あれだけ執着しているあの人が、そう簡単にお兄様を嫌うことはないと思うのです。
お兄様の顔が爛れたとしても、どうにかして治療しようとする気がします」
するとルシアン様も同感だと頷いた。自分の母親を見ているとそう簡単に諦めるとは思えないと。
「あの粘着質な性格は本当にゾッとする」
彼は暗い目で呟いた。それからこう言った。
「それでなんだが、最初は貴方を毒で死んだことにする予定だったのだが、遅効性の毒ではそれなりの時間をかけてからでないと信憑性がないだろう?
そこで、病気で急死したことにしよう、ということになったのだ。元々貴女は病弱設定だったし、これなら疑われる心配はないと思うのだ」
「病死ですか?」
たしかに病死の方が自然よね。何故思いつかなかったのかしら。
「キンバリーを追い払うためにランメル夫妻がたまたまついた嘘だが、これを利用しようと思うのだよ。そうすれば、貴女の身の安全を早く確保できるからね。
その後、もちろんフィリップ君の作戦も実行するつもりだよ」
「それは、お父様とお兄様がスゴッテ男爵領へ行って、触れると爛れるという「エゴイソウ」と、特効薬になる薬草を手に入れるということですか?」
「そうだ。本当は貴女も一緒に行かせてやりたいけれど」
「ありがとうございます。そのお気持ちは嬉しいですが、今回は仕方がありません。でも、私自身は行けませんが、その代わりに私の遺品をお母様のお墓へ持って行ってもらいます」
ルシアン様にそう笑顔で言うと、彼は目を丸くした。
そう。私の遺品をお母様のお墓に収めてもらうために訪れたことにすれば、さすがにスゴッテ男爵家の方々も、二人を追い払わないと思ったのだ。
それに私の死をランメル夫妻に信じ込ませることができれば、ルシアン様の推測どおりなら、おそらく彼らはスゴッテ男爵家へ戻りたいと願い出るに違いない。
そうなれば、私はフローディア=ロンバードではなく、ただのメイドのディアナとしてこのままロンバード子爵家で暮らしていけるわ。
私の話を興味深げに聞いていたルシアン様は、眉を下げて少し呆れたようにこう言った。
「死んだ振りをすると言われた時にも思ったけれど、貴女は本当に策士だね。是非とも我々の組織の一員として迎え入れたいくらいだよ」
「まあ、策士だなんて、そんなことはありません。自分の命がかかっているから必死なだけです」
私はそう答えた。もちろんそれは本当のことだけれど、ルシアン様に心配や迷惑をかけたくないから、自分に関することはさっさと解決したいだけだった。
とは言え、問題なのはどうやって私の死をランメル夫妻に信じ込ませるか、だった。
ルシアン様も同じことを考えたようで、暫く熟考した後でこう私に告げた。
「人を仮死状態にする薬があるらしいのだ。体にどんな影響が出のるかまだはっきりしないので、詳しく調べてみるつもりだ。そして後遺症が出ないと確証が得られればそれを使用しようと思う。しかし、問題があるようなら、君の身代わりの死体を使うか、精巧な人形を使うことになると思う」
代わりの死体はご遠慮したいと正直思った。ご遺体の尊厳は守るべきだもの。そうお願いすると、わかったと彼は頷いてくれた。
それにしても、精巧な人形って、どれくらい似せられるのかしら。少し興味が湧いた。我ながら呑気だとは思うけれど。
レンネさんは私を悪性の流行り病にかかったとでまかせを言ったらしい。
けれど、彼女達にそれが本当だと思い込ませることができれば、私に近付けないようにできる。そうすれば誤魔化せるかもしれないわね。死んだ後も触れたらうつるとか言えば、人形には触らないだろう。
その後は、すぐさま衛生担当の騎士様に火葬場へ運んでもらえればいいのだから。
後遺症が残る可能性があるかもしれない仮死状態にする薬なんて、できるなら避けたいし。
提案でもなんでもなく、思いつくまま何気なくこう口にした。すると、ルシアン様はまたもや呆れるようにこう言った。
「貴女の作戦でいこう」
と。




