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第50章 祖父達の目論見

 

 一介の伯爵令嬢に過ぎない母が、どうやって禁止されているそんな媚薬を手に入れられたのか。 

 それは、亡き祖父の元レイクレス伯爵経由だったと考えるのが妥当だろう。

 祖父は他国と貿易をしていて、薬品類も扱っていたのだから。

 

 麻薬の規制が厳しくなった後に当主になった祖父は、元々はご禁制には手を出していなかったと思う。実際に麻薬や怪しげな薬などは市井に出回っていなかったのだから。

 しかし、それ以前の当主達は、おそらく薬の密売にも手を出していたのだろう。

 だからこそ祖父は麻薬の栽培や売買している「黒の魔法使い」や、魅了グッズを取り扱っている「赤の魔女」とも人脈があったのではないだろうか。

 

 元レイクレス伯爵は絶世の美人だと言われていた娘を愛していたと思う。祖父もまた耽美主義者だったと聞いているから。

 しかし、その娘への愛情は貴族としての範疇であり、盲目の愛というわけではなかったのだと思う。

 いくら娘にお願いされたとしても、借金まみれの子爵家の嫡男のもとへなど嫁がせられるわけがなかっただろう。家に何の利益ももたらさないのだから。

 それに比べて、ジルスチュワート侯爵家と縁を結べばその利益は計り知れなかっただろう。

 

 祖父はジルスチュワート侯爵家との共同事業を目論んでいた。そのために娘を政略結婚させたいと考えたのだと思う。

 しかし、ジルスチュワート侯爵令息との婚約を娘がすんなりと受け入れるとは、祖父だって思えなかったはずだ。母は狂信的にロンバート子爵令息を愛していたから。

 その上私の父であるクライス=ジルスチュワートは、母マデリーンの好みとはかけ離れていたので。


父は黒髪黒目で、質実剛健の見本のような人間だ。それはおそらく、あの傲慢不遜で人を人とも思わないような祖父を反面教師にしたからだろう。

 そして父は、まるで武人のように逞しく凛々しい体躯の美丈夫である。

その上頭も性格も良かったので、父は男性だけでなく、女性からも人気が高かったと聞いている。

 

 そんな申し分のない相手であったとしても、人の好みばかりはどうしようもない。

 私の母親マデリーンは自己愛が強いのか、己に似た金髪碧眼の男性が好きだった。しかも、儚げな華美柔弱の男性が好みだったのだ。

 そして自分は、そんな男性と小説のようなロマンティックな恋に落ちるのだと頑なに信じている、とてもイタイ(・・・)人間だったのだ。

 

 祖父もそれをわかっていた。だから、せめて学園時代の良い思い出作りくらいは協力してやろう、とでも思ったのではないだろうか。

 つまり学園時代限定という条件で、その娘の思いを応援するような真似事をしたのだろう。もちろんその代わりに、卒業したら家のためにジルスチュワート侯爵令息と結婚することを確約させたに違いない。

 いくら眉目秀麗で成績優秀な人物であろうと、格下で、しかも借金だらけのロンバート子爵令息との結婚なんて、絶対に許すわけにはいかなかったのだから。

 そもそも贅沢好きで金遣いの荒い娘が、貧乏生活などできるはずがない。そのうち目が覚めて現実を見るだろう、と思ったはずだ。

 その考えは貴族としては間違いだったとは言えないかもしれない。しかし、そのためにご禁制の媚薬に手を出したことは、貴族、いや人間としての許容範囲を大きく逸脱していた。

 しかも、勝手に赤の他人の人生を振り回し、利用するなんて言語道断な話だ。

 

 母がなぜ祖父の命令に従ったのか、それは彼女にも打算があったからだと思う。

 ロンバート子爵令息を愛し、彼とのラブロマンスを夢見ていた。

 しかし、いくら歴史のある由緒正しい家だったとしても、自分が貧しい子爵家に嫁ぐなんて考えられない。

 彼を婿入りさせられればそれがベストだが、自分には兄がいるし、彼にも妹しかいないのだからそれは無理な話だ。

 それならば、互いに政略結婚をした後も、秘密の恋人として付き合って行けばいいのではないかしら? 

 などと愚かな考えをしたのではないだろうか?

 

 たとえ自分が結婚してしまっても、ロンバート子爵が自分に夢中になってしまえば、それも可能ではないかと。

 この推測は結婚後の母の行動を鑑みれば、あながち間違ってはいないと思う。

 

 ところが元ジルスチュワート侯爵であった父方の祖父は、そんな生易しい人間ではなかった。

 学生時代はともかく、大事な侯爵家の嫁(・・・・・)に他の男を近付けるわけがない。

 少なくとも侯爵家の血(・・・)を引く跡取りが生まれるまでは。

 

 私の祖父同士は若い頃からの親しい間柄だったらしい。共に耽美主義者だったからだろう。

 同じ趣味趣向の者が集う場で知り合って、それ以降仕事を含めて付き合うようになったようだ。

 


 我がジルスチュワート侯爵家は、元々は金髪碧眼の者が多い家系だったと聞いている。

 ところが、祖父は母親の黒髪黒目を受け継いでしまい、それがコンプレックスだったみたいだ。

 そのため、金髪碧眼の見た目だけで祖母と結婚したのだが、生まれた娘と息子はどちらも彼と同じ色合いだった。

 本来ならば、自分によく似た子供が誕生したならば喜ぶところだろう。ところが、二人目の嫡男が生まれたときに、祖父は役立たずだと祖母をなじったそうだ。

 金遣いが荒く、まともに侯爵夫人としての役割を果たさなくても、自分の望むような金髪碧眼の子さえ産んでくれさえすれば、彼はそれで十分だった。

 しかしその期待が二度も破れて、ついに祖父は我慢ができなくなったらしい。

 

 その言葉に、どうせ政略結婚だと割り切っていた祖母もさすがに怒り心頭になったようだ。当然だ。

 夫に瓜二つの子供を産んで罵られるなんて、そんな理不尽に我慢できる妻などいないだろう。

 そもそも、母親が自分の産む子供の髪や瞳の色を選べるわけでもないのだから。


「私は妻として最低の義務は果たしたわ。これ以上あなたみたいなクズの子供は産む気はないわ」

 

 祖母はそう捨て台詞を吐いて、夫の方を離れに追い出し、家庭内離婚状態になったようだ。

 祖母の兄は当時の宰相だったので、さすがの祖父も逆らえなかったらしい。離縁をしたくても、祖母にはその原因となるだけの大きな瑕疵がなかったのだから。

 その後祖母は家政や子育てを人任せにして遊興に耽っていたそうだが、四十手間という若さで流行り病で亡くなった。

 

 そしてその後、後妻を探していた祖父の目に止まったのが、なんと息子と同じ年のレイクレス伯爵令嬢、つまり私の母親だった。

 耽美主義者主催の絵画展へ行った際に、父親と共にいた母に祖父は目を奪われたようだ。

 母は幼少期時代からとにかく絶世の美少女として有名だったという。、そしてその美貌は、成長とともにますます増していき、老若男女から羨望の眼差しを向けられていたらしい。

 

 しかし、いくら傍若無人な祖父でも、親子ほど年の離れた令嬢を後妻に欲しいいとは言えなかったようだ。

 相手は学園に入学したばかりの、引く手数多の伯爵令嬢だったのだから。

 それに世間体が悪いし、そもそも亡き妻の実家の反発も大きいだろうと、歯軋りをした。

 ただでさえ祖父は祖母の実家の侯爵家から、かなり怒りを買っていたのだから。まあそれも当然な話だが。

 力のある前妻の実家からこれ以上憎まれたら、何かと面倒だとさすがの祖父も思ったらしい。

 

 そこで彼は、自分の欲望を満たすためにとんでもない謀略を思いついたのだ。

 息子とレイクレス伯爵令嬢を結婚させればいいのだと考えたのだ。

 息子は、結ばれるはずのない幼なじみに想いを寄せていると耳にしていた。

だから、マデリーンのことは好きにはならないはずだ。きっと二人は仮面夫婦になるだろうと勝手に思い込んだのだと思う。

 

 しかし、ろくに子供と接してこなかった祖父は、自分の息子の本質をわかっていなかった。

 息子は見た目だけでなく、中身も質実剛健のまるで騎士の見本のような性格だったのだ。


  優秀な家令や執事、侍女頭に育てられた彼の息子は、父親とは違って侯爵家の嫡男としての自覚を持っていた。

家や使用人や領民のためには、私情よりも義務と責任に重きを置くのが当然だと思っている、そんな人間だったのだ。

 

 そんなことにも気が付かず、祖父は母の身辺整理の方に神経を傾けた。

 つまり母がロンバード子爵令息を早く諦めるように、子爵家に縁談を持ちかけたのだ。

 しかし、その相手がスゴッテ男爵家のナンシー嬢だったのは、祖父が何かの意図があって選んだのではなかった。

 その縁談話をロンバード子爵に持って行って欲しい、そう私の父方の祖父に依頼したのは、子爵の妻の実家であるマラブート侯爵家だった。

 娘のせいで子爵家が借金だらけになって、没落寸前の状態になってしまったことに対する、彼らの罪滅ぼしの気持ちのようだった。

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