第49章 悍ましい媚薬
「フィリップ君はキンバリーの側にいないときは、彼女のことを何とも思っていなかったのだろう?」
「いや、気持ち悪い女だと思っていた」
「あはは。そうだろうな、たしかに。
従兄である私でさえ、特別なことがない限り彼女の側には近付かなかったからな。
話を戻しますが、その魅力効果のある薬は香りによってその力を発揮する。
対象者をまず自分に引き寄せることでまず知り合いになり、その後徐々に親しくなるための小道具に過ぎない。
離れてしまえばその効果は消えてしまうわけだから。
フィリップ君がそのいい例だ。
つまり、そもそもその薬品は、社交が苦手な人のために、開発されたのではないかと思うのです。あくまでも私の想像に過ぎませんが。
そして、それを誰かが改悪したのでしょう。離れていてもその魅了効果が保つように。しかも相手に特定の狙い定めた人間だけに魅力を感じさせるように。
おそらく赤の魔女の一人が。
子爵はおそらくそれを使われていたのでしょうね」
私はここでいったん話を止めて、子爵の顔を見た。すると、彼も私の言わんとすることを理解したのか、顔をさらに歪めて、少し震える声でこう呟くように言った。
「上着の内ポケットに入れられていた、あの布切れにそれが染み込まれていたのですね」
「ええ。ただの魅了効果だと、その香りを漂わせて、近くにいる異性をただ虜にさせるだけです。
ですから一旦魅了させても対象者が離れてしまえば、その効果は消えてしまいます。
そこでこう考えたのでしょう。自分ではなく対象者の方に魅了効果のある香りを身に付けさせればいいのではないかと。
もちろん、これまでの薬では、対象者が不特定多数の人間を呼び寄せてしまう。それでは意味がない。
だからその対象者に、自分だけを愛するような効果のある香りを纏わせておけばいいのだと。
フィリップ君も何か身に着けられるような物をキンバリーから贈られませんでしたか?」
私の問に彼はハッとしたような顔をした。
「父と伯爵邸に呼ばれた日に、スーツを贈りたいと言われたので断りました。
そんな親しい仲でもないのに、そんな高価な品を贈って頂く理由がなかったので」
「よく、断れましたね。その時キンバリーは薬を使わなかったのかな」
「あの時の私は少し風邪気で、鼻が詰まっていたから影響を受けなかったのかもしれません。
父が「なぜ断るのだ!」と言ったときはあ然としたのですが、父はあの時ジルスチュワート侯爵夫人の香りに惑わされていたのですね。
家に帰ってからなぜあんなことを言ったのだと責めたら、きょとんとして何も覚えていないようでしたから」
「なるほど」
「その後も、キンバリー嬢はやたらと贈り物を送ってきました。ペンだとか、ハンカチだとか、クラバットとか、帽子とか。
どれも高価過ぎる品だったので身に着けませんでした。派手過ぎて、あまり好みでもありませんでしたし」
華やかな容姿に反して、父親と同様に派手なきらびやかなものは好まないようだ。
キンバリー、そんなにフィリップをものにしたかったのなら、彼の好みくらいちゃんと把握しておけよ。
いくら魅力効果のある薬を使っても、彼から好意を持ってもらわなければ、結婚なんてできるわけがないだろう。
まあ、どのみち彼女が好かれる可能性はなかっただろうけれど。
「私の母は本来の魅力効果程度では満足できなかったのでしょう。
その媚薬を使ってもロンバート子爵との仲は、ただ少し親しいだけの友人関係程度だったでしょうから。
子爵の好きな女性のタイプが奥様なら、私の母は正反対だったでしょうからね。
そのために母は、もっと効果の出る薬を欲しがったのでしょう。
そしてどこからか、元の薬にあるものを加えると、魅了の効果をさらに強化し、特定人物だけを思わせるという方法を見つけたのだと思います。
そして、その結果、あんな伝説の恋人達を作り上げたのだと思います」
学園に在学中、ロンバート子爵がなぜ好みでも何でもないあの母の虜になっていたのか。
それは私の母だけを思うように調合された薬を彼が身に付けさせられていたからだろう。
背広の内ポケットに仕込まれていた、あの布切れのようなものを。
子爵が学園卒業後、母と別れても平然としていたというのは、その魅了の効力がなくなっていたからだろう。服も小物も、学園時代とは違うものを身に着けるようになったから。
それにしても、特定の人物だけを魅了させる薬なんて、どうやったらそんなことができるのだ?
なぜロンバート子爵の目を母だけに向けさせられたのだ?
まあ深く考えなくても、容易に答えは思いつく。
おそらくその薬を作る時に母の血でも混入させたのだろう。
想像しただけで吐き気を催しそうだったので、とても口には出せなかったが。
しかしわざわざ私がそれを言う必要はなかったようだ。
ロンバート子爵親子も私同様に両手で口元を覆って、吐き気を堪えていたからだった。
心から申し訳ない思いで一杯になった私だった。




