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第44章 疼く傷跡

  

「母は毒入りの化粧品を使っていたのですか?

 母が階段から落ちて亡くなる以前から、ずっと体調が悪そうだったのは、もしかしたらそのせいだったのでしょうか?」

 

フローディア嬢に贈られたという化粧品は、先日彼女が母親の部屋から見つけてきた毒入りの品と全て同じ物だった。

そのことを伝えると、ロンバード子爵親子は驚愕の眼差しで、ローテーブルの上の物を見下ろしていた。

 息子が母親の持ち物を知らなくてもそれは普通だろう。

 しかし、子爵もまた、目の前の品と同じ化粧品を妻が持っていたことには気付いていなかったようだ。

 でもまあ、男なんてみんなそんなものかもしれない。

 

 とはいえ、それでも子爵の方はやはり夫だったことはある。彼はそれらを見つめながらこう言ったのだ。

 

「妻はシンプルなデザインで、自然素材をモチーフした物を好んでいました。

 ですからこんな派手な品を身近に置いて、普段使いにしていたとは私には到底思えないのですが」

 

「ええ。それらはクローゼットの奥深くにしまわれてあったそうです。ほとんど未使用状態でした。

 だから、体調不良とは直接関係ないと思います」

 

 私がそう言うと、子爵はやはりという顔したが、それでは毒ではなくて何が原因だったのだろうと呟いた。

 医師は夫人を診察する度に、体のどこにも悪いところは見当たらない、と言っていたのだそうだ。

 

「その医師の専門外の症状だったのでしょう。心の病まで知識のある医師は滅多にいないですし」

 

私がそう言うと、子爵は大きく目を見開いて驚嘆した。


「つ、妻は心を病んでいたというのですか?」

 

 それに対して、私は急いでこうフォローした。

 

「フローディア嬢から話を聞いただけで実際に夫人とお会いしていたわけではないので、確証があるわけではありません。

 しかし夫人は、心を病む一歩手前だったのではないでしょうか。

 私も子供のころにそんな状態になったことがあるので、そんな気がするのです」

 

 母親と祖父の(おぞ)ましい情交を目撃してしまった私は、その後二人の姿を見ると体調が悪くなった。

気持ちが悪くなって吐き気に襲われるようになったのだ。しかも動悸が起こり、呼吸が上手くできなくなり、震えて立っていられなくなることさえあった。

 

 あいつらは私の本当の母親や祖父ではない。

 きっと魔物に体を乗っ取られたに違いない。いつか突然その本当の姿を表すに違いない。

 だからやつらに近付いてはいけない。どこか遠い所へ逃げなくてはいけない。

 そんな妄想に囚われて部屋に閉じこもり、私は外へ出られなくなってしまった。

 人間というものが恐ろしくなってしまったのだ。

 

 

 そんな私を助けてくれたのが、当時我が家の家令であったワーナード卿、カイルの祖父だった。

 年の功で上手く私から話を聞き出して、それを領地で執事をしていた彼の息子へ伝えた上で、私を迎えに来るように命じてくれたのだ。

 

 子供の頃の私は、季節ごとに父のいる領地と祖父と祖母のいる王都を行き来していた。

 物心付いた時には両親が別居していたからだ。

 

「公爵家にとって大切な唯一の後継者が、ここにいては真っ当な人間には育ちません。

 それはご当主様が一番よくご存知でしょう?」

 

 ずいぶん後になって聞いたのだが、家令のこの言葉で自分達の関係が孫に知られたことを悟った祖父は、さすが喫驚して言葉を失ったそうだ。

 常に傲慢で尊大な態度だった祖父も、さすがに孫とは顔を会せづらいと思ったようだ。

 

 こうして私は、ワーナード卿のおかげで、領地の父の元で暮らせるようになった。

 父は不器用ながらも、必死に私と触れ合おうとしてくれた。執事の指導を受けながらであったが。

 侍女頭のハーモンド夫人は愛情深く私に接してくれた。そして少しずつ私の心を癒やしてくれた。時に厳しく叱りながらも。

 オスカーとロバート兄弟は彼女の息子達で、私の幼なじみとなった。彼らのその裏表のない素朴さが、私の心の傷を少しずつ癒してくれた。

夫人と息子達のやり取りを見て、本来の親子関係というものが、どんなものなのかを私は初めて理解したのだ。

 彼女がいなかったら、私の女嫌いは今以上だったに違いない。

 

 そして領地の執事であったワーナード男爵(王都の家令の息子)の嫡男がカイルだった。

 彼は私の侍従になってくれて、いつも私の側で支えてくれた。まさしく私の兄のような大切な存在になった。

 

 

 

 もちろん、綿毛の女の子との思い出も私の救いになっていた。

 突然の別れになってしまって挨拶もできなかった。それが心残りだった。だからこそ、早く元気になって彼女に会いに行きたいと強く思えるようになったのだ。

 彼女には、昔と同じような明るい笑顔を見せたいと思ったからだ。

 

 

 それから三年半後、私は学園に入学するために、カイルとともに王都に戻ったのだった。


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