第41章 兄の作戦
「ところで本題に戻りたいのだが、君は具体的にどうやってフローディア嬢を守ろうとしたのだね?」
マッケイン伯爵が再び軌道修正をしてくれた。
「レイクレス伯爵令嬢が私を諦めてくれさえすれば、問題は解決するのではないかと思っています。
彼女がフローディアを亡き者にしようと考えたのは、醜く変装した妹を見たからです。
彼女は美しいものに執着し、家族や友人までもが自分を飾る装飾品の一部のように考える人間なのだと思います。
だから美しくないものは自分の周りから排除しようとするのでしょう。
ということは、私が醜くなってしまえば、私に執着することはなくなると思うのです」
フィリップの言葉に、その場にいた全員がなるほどと思った。理にかなっている。しかしそのためには……
「お前。そのためにまさか、自分の顔に傷でも付ける気なのか?」
ロンバード子爵が顔を強張らせながら訊ねると、フィリップは頷いた。
「だめだ。そんなことはさせない。お前を犠牲にするなんてとんでもない。
こんなことになったのは全て私が不甲斐ないせいだ。私が何か他の方法を考える」
父親が必死に息子を止めようとする姿に、フィリップは少し嬉しそうな顔をした。
先ほどまでの話で、自分は父親に見限られたのではないかと、彼は不安になっていたに違いないから。
「ニコラス=ロンバードは、彼の愛する妻が産んだ三人の子供を皆平等に愛している」
マッケイン伯爵の言っていた通りなのだろう。
まあ、今現在、シャルロット嬢に対してはどう感じているのかはわからないが。
「父上、心配しなくても大丈夫です。たしかにフローディアを守るためならこの身を投げ出す覚悟はできています。
しかし、あんな女性のために簡単に自分を犠牲にしようだなんて思いませんよ。
それこそ私を産んでくれた母上に申し訳ないので。
顔に傷でも負えば、あっさりと私を捨ててくれるのではないでしょうか? だから、フローディアの真似をして変装しますよ」
「しかし、名医を探し出して治療しようとするのではないか?」
クロフォード殿下が言った。そのとおりだと思った。フィリップほどの美形が、そう簡単に見つかるわけがない。
たとえいたとしても、彼女に釣り合う年齢の相手は、すでに他人の婚約者や夫になっている可能性が多いだろう。
たかが伯爵令嬢に、彼以外の相手をそう簡単に手に入れられるとは思えない。いくら違法な薬を使ったとしてもだ。
それならフィリップを修復(失礼な表現だが)しようと考えるかもしれないと私も思った。
しかし、フィリップはニコリと笑ってこう言ったのだ。
「大丈夫ですよ。絶対に治療は不可能だと誰もが確信するほどの火傷痕を作ってみせますから」
「傷ではなくて火傷痕? どうやって?」
私が思わずこう呟くと、フィリップはある植物について説明してくれた。
漆に触れると爛れるということは、よく知られている。中には近くを通っただけでも爛れる者もいるらしい。
しかも特効薬はなく、自然治癒を待つしかないというのだから厄介だ。
ただし、救いなのは免疫機能が働くらしく、何度か被害を受ければ反応しなくなるそうだ。
もっとも、漆職人になりたい者でもない限り、そんな思いまでしで漆に近付きたくはないだろうが。
フィリップによると、漆以外にも触れると爛れる草があるのだという。
しかも漆の比ではないくらいひどい爛れで、まるで大火傷を負ったようにケロイド状になるのだそうだ。
ただし不思議なことに見た目に反して、それほど痒みや痛みは強くないらしい。
その上有り難いことに、こちらは漆と違って特効薬があるそうで、その薬を塗れば跡形もなく元に戻るというのだ。
その話を聞いて私達は歓喜した。素晴らしい。なんて我々にとって都合のいい植物なのだと。
「一体それは何と言う名前の植物なんだい?」
と私が訊ねると、フィリップは「ゴエイソウ」だと教えてくれた。しかし、これまで聞いたことがない名前だった。
なんでも、隣国原産らしく、隣国と接しているスゴッテ男爵領になら少し生息しているという。その特効薬となる植物も。
それを息子から聞いたロンバード子爵は、顔を引き締め、覚悟を決めたようにこう言った。
「そうか。では私がスゴッテ男爵に入領の許可をお願いしよう。断られることは覚悟しているが、事情を説明して、何度でもお願いしてみる。
私を許せなくても、フローディアの命を守るためだと知ればきっと許してくださるだろう」
ロンバード子爵はこれまで一度もスゴッテ男爵領へ足を向けたことはないそうだ。
それはディアナ嬢からも聞いて知っていた。
それは決して子爵が辺境のスゴッテ男爵を見下していたからというわけではなく、単に訪れる時間的余裕がなかったかららしい。
そして夫人が亡くなった後は、入領禁止となってしまったようだ。
そのため、彼は妻の墓参りさえ一度もさせてもらえていないのだそうだ。どんなに懇願しても。
それはフィリップやシャルロットも同じだという。
ただし、フローディアだけはいつ来ても歓迎すると言われているそうだが、当然行かせてはもらえなかったそうだ。
一度行かせたら二度と戻って来るはずがないと、子爵にもわかっていたからだろう。
「私が騎士に取りに行かせよう。その方が早いし確実だ」
クロフォード殿下が言った。たしかにそれが一番確実な方法だろう。しかし子爵はそれを断った。
この事態は自分の撒いた種であり、自分が責任をとりたいからと。それに、妻の生誕の地を訪れるのが長年の夢だからと。
きっとそれは彼の本音なのだろう。子爵は妻や子を連れて、妻の故郷へ行きたいとずっと願っていたに違いない。
しかし、妻の突然の死でそれは永遠に叶わない夢となってしまった。しかも、墓参りさえさせてもらえなかった。
そのために彼は亡き妻の部屋で妻を偲ぶしかなかったのだろう。
本来この国において、入領の許可が必要な土地などあるわけがないのだ。
それでも子爵は、妻の実家であるスゴッテ男爵家を慮って強行しなかったのだろう。
しかし今度ばかりは、どんなに憎まれ恨まれていようと、子供達のために許しを得ようと決意したのだと思う。
その彼の決意を応援したいと私もそう思った。
しかし、申し訳ないのだが、今はその時期ではない。その前に別にやらねばならないことがあるのだ。




