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第39章 兄の真意


 城からの呼び出しに、フィリップ君は自宅を出るのを渋ったらしい。

 祝日だったからというよりも、父親も上の妹であるシャルロットもいなくて、下の妹だけになってしまうからだったようだ。


 ちなみに、シャルロット嬢が第三騎士団に留置されていることは内密にされていたので、彼は彼女がまだジルスチュワート侯爵家にいると思っていた。


 結局第三王子の命令だと言われて拒否できなかったフィリップ君は、ランメル夫妻に


「誰が来ようと絶対に屋敷に入れるな。フローディアを外に出すな」


 と言い残して、伝令と共に城からの迎えの馬車に乗ってやって来たという。

 

 私の執務室の中に足を踏み入れようとした彼は、開けられた扉の前で驚嘆し、その場に立ち竦んだ。

 しかし頭のよい彼はすぐに悟ったようで、ため息と共に中に入ってきた。

 そしてフローディア嬢に対する殺人計画の話が出ると

 

「父上、すみませんでした」

 

 と、フィリップ君は隣に座っている父親に頭を下げた。しかし、子爵は眉間にシワを寄せてこう言った。

 

「何を謝っているんだ? 妹を殺そうとしていることか?」


「父上、私がキンバリー嬢の提案に乗って、フローディアを本気で殺そうとしているだなんて、まさか思ってはいませんよね?」


 フィリップ君は、それこそ真っ青な顔で信じられないといった風に父親を凝視した。しかし、子爵はそれには応えずに、息子に厳しい目を向けたまま質問をし返した。



「フローディアを殺めるつもりがないのなら、何故そんな重要なことを私に黙っていたのだ! 

 自分自身は手を出すつもりはないが、たとえ妹が殺されても構わないと、お前はそう判断したとでもいうのか!」


「まさか!

 大切な妹を見殺しにするわけがないじゃないですか! 私が自分の手でフローディアを守るつもりだったのです」


「お前一人でどうやって守るつもりだったのだ?」


「フローディアは病弱設定で外へは出ないと思われていますから、狙われるのは屋敷の中だけに限定されると思います。

 しかもキンバリー嬢は僕や父上のことは害するつもりはないでしょうから、あからさまには攻撃してこないはずです。

 つまりやり方は限られるということです。

 だから私一人でも防げると思ったのです」


 フィリップ君は必死な形相でそう訴えた。その様子に嘘偽りはないように思えた。

 マッケイン伯爵の予想通りだった。

  

「しかし、いつまで命を狙われ続けるのかわからないのだぞ」

 

「彼女がフローディアの命を奪おうとするのは、僕との結婚生活に邪魔になると思っているからです。 

 僕との関係がなくなれば殺す意味もなくなるはずです」

 

「そうか。お前はお前なりにしっかり考えていたのだな。

 しかし、レイクレス伯爵家との関係を断つのはそう簡単ではないぞ。

 お前だってそれくらいわかっているだろう?」

 

「もちろんです。けれど、妹の命が関わっているのだからそんなことは言っていられないでしょう?

 それに加え、夜香草(やこうそう)が手に入ったのです。それを身に付けていれば、もう彼女の思い通りにならずに済む。これからは抵抗できるはずです」

 

「お前は夜香草(やこうそう)の効能を知っているのか?」

 

「知っています。僕は母上が亡くなった後、ずっと隠れて植物について学んできましたから」

 

「なぜ隠したのだ? 

 本来農園経営してきたロンバード子爵家の嫡男ならば、そもそも学ぶことは必須なのだから何も秘密にする必要なんてなかっただろう?」

 

 子爵が驚いたように言った。彼自身も本来なら農業や植物学を学ぶべきだった、という自覚はあったのだろう。

 しかし、彼は典型的な文系人間だったためにそちらの学問に興味を持てず、最低限必要なことしか学ばなかったようだ。

 だからこそ、妻には申し訳ないと思いつつも、息子に無理強いすることはなかったのだと、先ほどの会話の中で彼は述べていた。

 だからこそ、フィリップ君が植物の勉強をしていたと聞いて意外に思ったのだろう。


 ディアナ嬢も、兄と姉は植物や動物、そして農業に全く関心がなく、母の話を全く聞いていなかったと言っていた。

 そしてその言葉を証明するかのように、シャルロット嬢はあんな失敗をしでかしたのだ。

 そんな父親の疑問に、フィリップ君は気まずそうにもごもごとこう言った。

 

「父上の言うとおりです。母上は嫡男の僕に、植物や農業について色々と教えようとしてくれていました。

 けれど、お祖母様からそれを邪魔されてしまったのです。お前は当主として経営を学ぶだけでいいのだと。

 農業など使用人に任せればいい。貴族が自ら汚れた土に触れるなんてとんでもないことだって」

 

「土が汚れていると言いながら、よくその土から育った野菜を食せるな? 動物の肉だってその汚れた植物を餌にしているのだぞ。

 なんてふざけたことを言っているのだ!」

 

 クロフォード殿下が怒りを滲ませて言った。

 彼は農業こそが国の要だとして、農業政策に力を入れているのだ。

 王族や貴族だって、食物を摂取しなければ生きていけない。

 そんなことは子供でもわかることだ。

 それなのに、農業を蔑視する貴族がいるとはまったく嘆かわしい。

 

「私の母親は名門侯爵家の出で、とにかく気位の高く、差別意識の強い人だったのです。

 我が子爵家が傾き始めたのは先々代のときの異常気象による大不作が原因でした。

 その援助資金を得るために、離婚歴のある母を娶ることになったのですが、その結婚は失敗でした。ええ、大失敗です。

 母は我が家の現状を認識できず、実家と最初の婚姻の時と同じ贅沢な暮らしを望んだからです。

 母の実家からいくら援助を受けたとしても、それは焼け石に水でした。

 

 ロンバード子爵家にとって私の母親は厄災の元でした。

 借金を増やし、父を胃痛で苦しめ、嫁である私の妻をいびり倒し、子供達から母親を取り上げました。

 そして私にわからないように、陰で孫達に自分の偏った思想を埋め込んだのです。

 

 当時の私は父の急死によって引き継ぎに忙しく、そのことに気付くのが遅くなってしまいました。

 妻は必死に子供達を取り戻そうとしていたようです。

 しかし、屋敷内の使用人は母の洗脳を受けていました。そのため妻の味方になってくれたのはランメル夫妻だけで、到底太刀打ちができなかったのです。

 

 私がようやく子供達の異常さに気付いたのは、たまたま妻が体調を崩して寝込んだ時のことでした。

 お母様のために花壇の花を摘んできておくれ、と私が子供達に頼んだのです。するとフィリップが、

 

「レンネ、母様の好きな花を摘んできて。そして母様のお部屋へ持って行って」

 

 と、妻付きの侍女のレンネにそう命じたのです。

 だから私は、お前に摘んできて欲しいのだよ。お母様が喜ぶからねと再びそう頼んだのです。

 ところが、彼はこう言ったのですよ。

 

「お花に触っちゃだめなんだよ。汚いから。

 それに、お母様のお部屋には入っちゃだめだってお祖母様が言っていたよ。土で汚れているから。お父様はそんなことも知らないの?」

 

 私はそれを聞いて絶句しました。

 すぐに母親を強制的に別棟へ軟禁し、母親の世話をする数人を残して、母親の支配下にあった使用人を解雇しました。

 それから子育ての専門家である優秀なナニーを雇って、子供達を母の洗脳から解くように努力しました。

 しかし彼女からそれは簡単なことではないと説明され、妻とは辛抱強く対処していこうと話し合いました。

 そしてその専門家の指摘は正解でした。

 その後間もなくして母が憤死したので、子供達に悪影響を与える者はいなくなりました。

 それでも、二人は私の話は素直に聞くのに、妻の言うことは全く耳を貸さない子供になってしまいました。

 三つ子の魂百までとはよく言ったものですね。

 

 妻はどんなに悲しくて辛かったか。

 それでも妻がどうにか精神を保っていられたのは、末娘のフローディアの存在でした。

 フローディアは母の影響を受けていなかったので、素直で優しい子に成長してくれました。しかも、母親同様に植物や動物が好きでした。

 それが我が家の唯一の救いでした。それなのに、上の二人がまさか実の妹を陰で無視をし、貶めていたとは思いもしませんでした。

 私の前では普通に接していたので。ええ。つい最近まで。

 フローディアに病弱な振りをさせている理由は、二人にもきちんと説明してあったのです。

 ですから、まさか姉が本当にメイド代わりに妹をこき使っていたなんて気付きませんでした。

 あの子が家事をしているのは、母親と同じで好きでやっているのだと思っていたのです。本当に愚かでした」

 


 ロンバード子爵の話を聞いて、子爵を責める気が失せてしまった。

 彼もまた悪女によって翻弄され続けてきたのだ。私の母と実母によって。

 それでも彼なりに必死に妻子を守ろうと努力してきたのだろう。

 それなのに、彼の最愛である妻まで奪われたのだ。私の母のせいで。

 しかもその事実を知らなかった彼は、自分のせいで妻を死なせてしまったと、ずっと苦しんできたのだろう。

 その上いくら生きる支えとして愛娘を手放せなかったとはいえ、彼女の身元を隠し、まるで下女のような扱いをせざるを得なかった。

 そのことは、彼にとって痛恨の極みだったことだろう。

 



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