第37章 ロンバード子爵の独白
私はロンバード子爵に訊ねた。
「一体いつ頃我に返って後悔したのですか?」
「上の娘のシャルロットが貴方のお屋敷に行儀見習いとして伺って、一週間くらい過ぎたころでしょうか。
まあ、娘がいなかったことにも気付かなかった有り様だったのですが。
「ジルスチュワート侯爵家でお姉様はちゃんとやれているのかしら? どう思いますか?」
とフローディアから聞かれて喫驚したのです。
そしてそれは息子のフィリップも同様でした。
このことで私達はようやく、自分達が魔法か麻薬のせいで精神状態が可怪しくなっていたのではないかと気付いたのです」
「なあニコラス、レイクレス伯爵家とジルスチュワート侯爵夫人を疑っていたのなら、なぜそれを俺に相談しなかったんだ? 俺では頼りにならないと思ったのか?」
ロンバード子爵の独白を聞いたマッケイン伯爵は、悲しげな顔してそう彼に訊ねた。
すると子爵は苦笑いをしてこう答えた。
「相談なんてできるわけがないだろう? 当時君は俺を疑っていただろう? 妻の死に関与しているのではないかと」
「そ、それは……」
「責めている訳じゃないんだよ。君が役目上俺を疑うのは当然だった。
それに俺の妻に対する接し方はかなりひどかったからね。
妻が社交界で辛い目に遇っていたのはわかっていた。だから俺は彼女を守りたかった。
しかしいつも側にいてやれるわけじゃない。
だから、彼女には社交場だけでいいから、隙のない淑女として振る舞って欲しかったんだ。
服装とか会話とかにも気を付けて。でも、彼女は贅沢が嫌いで着飾るのを嫌がった。
しかもアレルギー体質だったから濃い化粧もできなかった。
それに、人の噂や陰口を言うのも聞くのも辛かったようだ。生真面目で優しい性格だったからね。
俺は彼女のそんなところが愛しかったのだが、周りには迎合できずにご婦人達の間で浮いてしまった。
その上彼女には商才があったせいで、男性連中が皆彼女と話したがっていた。
それで余計同性から妬まれて、嫌がらせを受けるようになってしまった。
しかも、愚かなことに俺まで嫉妬してしまった。
妻を愛していたからこそ、その妻が他所の男達に笑顔を向けているのが我慢できなかった。
彼女は我が子爵家の借金返済のために必死に営業活動をしてくれていただけだったのにね。本当に愚かだったよ。
俺は妻との関係をどうにかして修復したかったのだが、誰に相談すればいいのかがわからなかった。
君やマイクは俺の大切な親友だ。そしてそれは当時だってもちろん同じように思っていたよ。
だが、君達は二人とも独身で女性に関して詳しいとは思えなかったから、相談しても無駄だと思っていたんだ。
それに、妻の死に関しては迷惑をかけたくなかったから、君達には何も言わなかった。
レイクレス伯爵家やジルスチュワート侯爵家と接触するのは、どこか末恐ろしい感じがしていたのだよ。
言葉では上手く表現できないが、彼らには何かオドロオドロしい雰囲気があった。
だから関わらせたくなかった。ちょうど君達にも大切な家族ができたころだったしね」
ロンバード子爵の二度目の独白に、私だけでなくマッケイン伯爵も瞠目していた。
目の前の人物は、王族のクロフォード第三王子よりも王子らしい風貌をしていた。美しくて上品できらびやかで。
しかしその内面は家族に対する不器用な愛情と、友人への深い情を持つ、朴訥とした温かみを持つ人だった。そして弱さと強さを併せ持っていた。
その外面と内面の相違に思わず胸がときめいてしまった。
もしや彼の方に魅了の力があるのではないかと、ふとそんな疑問さえ浮かんでしまったほどに。
いかんぞ、これは。私は慌てて頭を振った。
「貴方が末娘であるフローディア嬢を病弱として表に出さなかったのは、彼女を守りたかったからですよね?
でも、姉のメイド扱いにするのは、いくらなんでもひどいのではないですか?
学園に通わせなかったのは金銭の問題じゃなかったというのなら、そもそもお二人にはガヴァネスを雇えば良かったのではないですか?」
「元々基礎的な学問はガヴァネスなどを雇わずとも、我が家のランメル夫妻に任せておけば十分でした。
彼らは妻の実家が寄越してくれた平民の使用人です。
しかし、妻の実家は使用人にもきちんと学びの場に通わせて高度な教育を施していたので、皆優秀です。彼らもそうです。
しかも我が家にとって重要な農業に関する知識や技術も彼らに任せておけば自然に学ぶことができると判断しました。
とはいえ、それだけでは二人に外の世界を経験させることはできないでしょう? ですから習い事をさせることにしたのですよ。
その際にフローディアをシャルロットのメイドに見せかけたのは、病弱設定あの子を表に出すわけにはいかなかったからです。
しかもあの子の出来の良さを隠さなければならなかったからでもあります。
フローディアは幼いころから非常に優秀でした。だから姉の付き添いの立場でも、きちんと知識を吸収できると見込んでいたのです。しかも人目につかずに。
そのことは姉にはちゃんと伝えてあったのです。それなのにまさか妹のためだと言いつつ、ただ妹を上手く利用し、姉本人が怠けていたとは思いもしませんでした。
シャルロットが、人を利用するのが上手なだけのあんな怠け者だったなんて。
あの子は本当に名女優でした。私も世間もすっかり騙されていました。
でも、さすがはジルスチュワート侯爵家ですね。娘の演技などすぐに見破ったのですから」
「いや、見破ったというより、彼女のボロが出しやすいように仕向けた者がいたのですよ。
私の母親は私と貴方の娘さんを結び付けようと、幼少期から画策していました。それは貴方もご存知でしたよね」
私は少年期には領地にいてそれを避けてきた。しかし私の学園卒業後、再び母はその動きを活発化させてきた。
私がご令嬢方との顔合わせを避け続けていたため、なんと母は自分勝手に私の婚約者を決めることにしたのだ。私の意志などまるっきり無視して。
その決め方は、我が家の古い慣習である婚約者の「お試し」だった。女性蔑視にも程がある。
しかも、当初は最初からシャルロット嬢を選ぶためのものだったのだ。他のご令嬢方に失礼この上ない話だ。
いくらそれが欲に目がくらんだ鼻持ちならない方々だったとしてもだ。まあその目論見は数日で破綻したわけだが。
「私は母親の思い通りになるなんてごめんだったので、この「お試し」が失敗するように色々と画策したわけです。
ですが誤解はしないでくださいね。シャルロット嬢を意図的に罠に嵌めたわけではありませんから。
彼女の場合は勝手に自滅しただけです。父親の貴方の前で大変失礼なことを言うようですが」
私の言葉にロンバード子爵は、すっかり悟りを開いたような穏やかな顔でわかっていますと言った。
その後、彼を信頼できる相手だと判断した私とマッケイン伯爵は、彼に今回の密売及び禁忌麻薬摘発計画の内容を話すことにした。
彼に協力してもらうことが、事件解決にとって一番の早道で、すなわちそれがディアナの身を守ることになるのだから。




