第36章 ロンバード子爵とのやり取り
ついにルシアンが、ディアナの父親であるロンバード子爵と対面します。今後ディアナの知らなかったロンバード子爵家の実情が次々と明らかになっていきます。
私が女性に興味を持てなくなった一番の原因は母親だった。
そして学園時代にまとわりついてきたご令嬢達も、その一因だったのかもしれない。
私は彼女達を邪険に扱った。一切関わりたくなかったからだ。
それに比べてフィリップは、私と違って人当たりがよく、誰にも優しく接していた。
それなのになぜか特定の友人や恋人を作ろうとはしなかった。いや、私とは仲良くしたがっているように思えたが。
しかし私は互いの両親のことがあったので、なるべく彼とは関わらないようしていた。
今思えば人に何と噂されようと、友人として堂々と付き合えばよかった。
同じ悩みを持つ者同士として、愚痴でも言い合えば良かったと後悔している。
もし友人になっていたら、彼がキンバリーの罠にはまることを防げたかも知れないのに。
ディアナ嬢からの手紙で、フィリップとキンバリーから命を狙われていると知って私は驚嘆した。
そして急いで折り返し手紙を書いて、再び第二騎士団のファスト卿にそれを彼女に届けてほしいと依頼した。
内容は次の待ち合わせ日時と、浄化作用があるという夜香草と呼ばれる植物を、すぐに屋敷中に飾ってほしいという要望だった。
魅了された者を正常に戻す効果がその植物に本当にあるのかどうかを、君のご家族で試してもらえないかと。
ロンバード子爵とフィリップが正常に戻ってくれさえすれば、絶対にディアナ嬢を守ってくれるはずだと思ったからだ。
図書館でディアナ嬢と別れた後、私は王城へ向かう道すがら思った。ロンバード子爵はどう動くだろうかと。
親友である第三騎士団団長のビクター=マッケイン伯爵に、娘の釈放を願うだろうか?
もし、懇願されても当分釈放はしないでほしい、と団長には要望しておいたのだが。
城の自分の執務室に入ると、マッケイン伯爵とロンバード子爵が私の帰りを待っていた。
「セルシオ=ジルスチュワート卿、この度は娘のシャーロットがとんでもないことをしでかして、誠に申し訳ありませんでした」
私の顔を見ると、ニコラス=ロンバード子爵はすくっと立ち上がり、深々と頭を下げた。
「シャーロット嬢とはお会いしたのですね? どんな様子でしたか?」
「ひどく取り乱して、ただ泣きじゃくって早くここから出してというばかりです。成人だというのに恥ずかしい限りです」
「母のもとではなくわざわざ私のところにいらしたということは、嘆願ですか? 早く娘さんを開放するようにと」
私がこう尋ねると、子爵は頭を横に振った。
「第三騎士団団長であるマッケイン伯爵から調書を読ませてもらいました。
本人の取り調べは進んでいないようですが、それを見るだけで、娘を拘束するに十分だと理解しました。
正直父親としては悪意がなかったと思いたいですが、被害者が出ているのは事実です。
一歩間違っていればもっと大変なことになっていたのですから、きちんと取り調べを受けるべきだと思っています。
今は亡き母親から植物の取り扱いは厳しく注意を受けていたはずなのに、娘がなぜこんな事件を引き起こしたのか。私には信じられないし、許し難いことだと思っています。
これを期にきちんと反省させ、責任を取らせるべきだと考えています。本来なら親がやるべきことだったのに、他人任せにして大変恐縮なのですが」
ロンバード子爵は、私と同じ年の息子がいるとは思えないほど若々しく、美しい容姿をしていた。
隣に座っている精悍な顔立ちで頑強な体躯をしているマッケイン伯爵とは、同じ年で友人同士と聞いていた。
しかし、彼らはあまりにも対称的な風貌だったのでとても不思議な感じがした。
「貴方は一月程前に、我が母と従妹であるレイクレス伯爵令嬢をご自宅に招待されましたよね?
あれはどういう経緯でそうなったのでしょうか。これまで貴方は母をお屋敷には決して踏み込ませなかったというのに。
貴方と私の母親が互いに結婚してからも恋人だったという噂は、真実ではありませんよね?
むしろ、貴方は母を避けていたし、亡き夫人との大切な思い出のある屋敷の中には入れたくないと思っていたはずですよね? 大切なお子様達のためにも」
私はいきなり話題を変えてこう訊ねた。すると子爵は驚いた顔をして私の目を見つめた。
「なぜそれをご存じなのですか?」
「お茶会のことはフローディア嬢から伺いました。
貴方のお嬢さんとは顔なじみ、いえ、友人ですので」
「友人?」
ロンバード子爵は胡乱な目をして私を見た。まあそうだろうな。
だから図書館で度々顔を合わすうちに話をするようになって、友人となったと伝えた。
しかし、彼は私がシャーロットとの縁談話を無くすために意図的にディアナ嬢に近付いたのだと思っているようだった。
「信じられないでしょうが、私は嘘などついていません。私はディアナ嬢のことを貴族の屋敷に勤めているメイドだと思っていましたから」
「ディアナですって! フローディア、娘とは愛称で呼び合う仲なのですか!」
「彼女がディアナと名乗ったから、そう呼んでいただけですよ。深い意味はありませんよ」
私と同じように彼女もまた親しい人にしか愛称を呼ばせないと言っていた。
おそらく父親であるのに子爵は娘から愛称呼びを許してもらえていないのかもしれない。
怒りを含んだ目をしている子爵に、心の中で同情しながらも、私は話の軌道修正をした。
「子爵、貴方の今は亡き夫人への思いはマッケイン伯爵からお聞きしましたよ。貴方が奥様を心から愛しておられたと。
それなのに何故私の母をお屋敷に引き入れたのですか?」
「言い訳のようで情けないのですが、その辺りの記憶が曖昧なのです。
レイクレス伯爵のパーティーに息子と招待されたころから、自分が自分でないような感じになっていたのです」
私を睨んでいた子爵の声が急に弱々しい声になった。本当に戸惑っている感じがした。
そして次のように説明した。
ロンバード子爵の妻のナンシー夫人は、レイクレス伯爵家で開かれた夜会の晩に階段から落ちて、それが元で亡くなった。
多くの目撃者がいたこともあり、それは事故で処理された。
しかし子爵は納得していなかった。
「貴方を前に言いにくいのですが、ジルスチュワート侯爵夫人のことも心のどこかで疑っていました」
そう彼は私に告げた。
だからこそ、その後も子爵は我が家やレイクレス伯爵家との付き合いをやめなかったのだという。
何か怪しいところがあるのではないかと探るために。
しかし、息子と娘は彼らと接触させたくなかった。
彼らは子供達にとって害悪にしかならないと思っていたからだ。当然のことだろう。
そのため息子フィリップは仕方なく学園に入れたが、娘達は金が無いと言って通わせなかったのだという。
特に下の娘フローディア嬢は病弱と偽ってまで、表に出さないようにした。
彼女はナンシー夫人に瓜二つだったから、彼らに目を付けられるかもしれないと危惧したからだという。
家が貧しいから学園にも入れてもらえず、家庭教師も付けてもらえなかった、とディアナ嬢は言っていた。しかも姉の付き人にされたと。
しかし、ロンバード子爵家の借金は、夫人が亡くなる前後に終わっていたはずだ。
そして子爵はかなり優秀なので順当に出世街道を進んでいて、今はかなり高い役職に就いている。
つまり、これまでだってそれなりの収入があったはずで、娘二人を金銭が理由で学園に入れられなかった、なんてことはないはずだ。
しかも貴族の家に使用人がたった二人だなんてあり得ない話だった。
末娘フローディア嬢の病弱だという設定が露見しないように、ランメル夫妻以外の使用人を雇わなかったのだろう。
ところが、そこまでして子供達を守ろうとしていたのに、上の娘シャルロットはいつの間にかレイクレス伯爵家のご令嬢であるキンバリーと親しくなっていた。
しかも、息子までもがそのキンバリーに目を付けられてしまったらしく、夜会に父親共々招待されてしまった。
あの忌々しいレイクレス伯爵家のパーティーなどに、本当は参加したくはなかっただろう。
しかし、格上の家からの招待を断ることはできなかった。しかも上司にも手を回されていて、必ず参加するように促されていたそうだ。
それで嫌々出席してみると、レイクレス伯爵から息子のフィリップとご令嬢との婚約話を持ち出されてしまったのだという。
しかし、子爵はその場できちんと断ったそうだ。これ以上のスキャダルは両家のためにはならないですよ、と伯爵に告げて。
そうはっきりと断ったはずなのに、いつの間にかフィリップとキンバリー嬢の婚約話は進んでしまったのだという。
まだ正式な婚約は結んではいないというが。
しかも彼女と彼女の叔母であるジルスチュワート侯爵夫人を、自宅に招待することになっていて仰天したそうだ。
「なぜそんなことになったのか、私にはさっぱりわからないのです。
気付いたときには、私は末の娘に軽蔑の眼差しで見られていたのです。これが私にとっては何よりも辛かった。
ただでさえ次女のフローディアには嫌われていましたが、あの日以降まるで蛆虫を見るような目で見られて。
母親との思い出が詰まっている家に、母親を苦しめていた元恋人を父親が引き入れたと思ったからでしょう。
しかし私も次女と同じ気持ちでしたよ。妻に申し訳なくて隠れて一人泣きました。情けない話ですが」
ロンバード子爵の独白に、やはりそうだったのかと、私とマッケイン伯爵は顔を見合わせて頷き合った。我々の見解は当たっていたのだ。




