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第29章 衝撃的な話(ディアナ視点)


 私は被っていた深い帽子をさらに目深に引下げて、顔がよく見えないようにした。

 そして通りに面したガラス張りの窓から店の中を見て、二人の座席を確認してから店の中に入った。

 私は席を指定される前に、女性一人なのでなるべく目立たない席がいい。できれば大きな鉢植えの後ろのテーブルがいい、とギャルソンに伝えた。

 すると彼はそれに応じて、私を兄達の後ろの席に案内してくれた。

 私はその彼に隠れるよう進み、二人には気付かれずに席に着くことかできた。

 

 小型の姿見を使って後ろの様子を(うかが)ってみると、キンバリー様は少しご機嫌が悪いようだった。昨日の兄の態度が気に触っていたのだろう。

 

「わざわざ送ってくれたのに、すまなかった。体調が悪くて気が立っていたんだ。許してほしい」

 

 と兄が必死に謝っていた。昨日の兄の話し方は普段どおりでクールで淡々としたあの喋り方だった。

 しかしそれは彼女の前では封印していて、社交上手な明るい人物を演じていたのだろう。

 ところが昨日は体調不良のせいで、それができていなかったに違いない。

 これまで周りの人からチヤホヤされて上から目線の態度を取る兄が、相手のご機嫌を取るように下手に出る様子を私は初めて見た。正直驚いた。

 それほど兄はキンバリー様を愛しているというのか、それとも魅了魔術か何かをかけられているせいなのか。

 

 その後キンバリー様はようやく機嫌を直し、午前中に姉のシャーロットと会って話をしたことを報告していた。

 つまりジルスチュアート侯爵家へ姉が行儀見習いへ行くという話だ。

 兄は私に背を向けているのでその表情は見えないが、相槌(あいづち)も何もしないところを見ると、おそらく呆然としているのだろう。

 先日の我が家のお茶会を見て、姉の実情をようやく知っただろうから。

 色ボケしているとはいえ、さすがに兄も姉のシャーロットがジルスチュワート侯爵家で侍女見習いをするなんてできるはずがないと思っていることだろう。

 だから話を聞き終えた兄は、それは無理だろうと一言(つぶや)いた。

 ところがキンバリー様はかなり楽観視していた。多少失敗しても叔母(・・)がごまかしてくれると。

 

「私の家族やご友人方からの評判もとてもいいのよ。それに先週のお呼ばれしたお茶会も素晴らしかったとマデリーン叔母様(ジルスチュワート侯爵夫人)も褒めていらしたし」

 

 確かにただ座って笑顔で相槌を打っているだけなら、多少は誤魔化せるでしょうよ。

 だけど先週のお茶会だって準備したのは私達で、お姉様はレンネさんに身支度を整えてもらい、応接間に座っていただけだ。

 これまでまともにお茶を()れたこともない姉に侍女が務まるわけがないわ。

 でもそれを彼女に教えられないから兄は困っていた。

 まあ、お茶の()れ方くらいなら侯爵家へ行く前に教えてあげるつもりだ。

 けれど不器用な姉だから、お茶の葉を辺りに()き散らすのが関の山だと思うわ。

 

 困惑していると思われる兄に向かって、キンバリー様のわざとらしい声がきこえてきた。

 

「ねぇ、フィリー様(フィリップ)、シャーロット様の心配よりも、もう一人の妹を心配すべきではないの?」

 

「フローディアのこと?」

 

「ええ。昨日せっかくロンバード家に伺ったので、ご挨拶をさせてもらったの。

 いつもより調子が良いとおっしゃっていたけれど、とにかく顔色が悪くて痩せていらしたわ。

 ねぇ、彼女はずっと屋敷の中で寝たきりなのでしょう? 健康ならおしゃれをして友達と街へ買い物に行たり、もしかしたら恋だってしている年頃なのに。

 ずっと部屋のベッドの中にしかいられないなんて可哀想だわ。良くなる見込みもないのでしょう?」

 

「フローディアに会ったのですか? なぜ勝手に」

 

「勝手って、貴女がずっと紹介したしてくださらないから。彼女に会わせてくれなかったのは、彼女のことを見られなくなかったからなのでしょう?

 本当に貴方やシャーロット様に似ていないのですね。それに子爵様にも。もしかして……」

 

「何が言いたいのですか?」

 

「何も。でも貴方の気持ちはわかりましたわ。貴方がなかなか婚約の話を受けてくださらなかった理由も。

 もっと早く打ち明けてくだされば良かったのに。

 これからは夫婦になるのですから、幸せになるために二人で力を合わせて、その障害になるものを排除していきましょう」

 

「・・・・・」

 

 またあの甘ったるい薔薇(ばら)の匂いが漂ってきた。そっと振り返ると、キンバリー様が耳元のイヤリングに手をやって揺らしているのが見えた。

 私は急いでポシェットからハンカチを取り出して口元を覆った。

 まさしく備えあれば憂いなしだわ。

 屋敷を出る前、いつものように各部屋の花瓶の花を新しくする際に、アクセントとして緑の夜香草の混ぜておいた。

 そのとき万が一のことを考えて、ハンカチにも夜香草のエイビスを挟んでおいたのだ。

 

 兄は何も答えない。

 しかし、それを気にすることなくキンバリー様は、楽しそうに兄に向かって語りかけていた。まるで楽しい新婚生活のプランを立てているかのように。

 

「私達はこの国で一番の理想的なカップルになれると思うわ。かつての叔母様と貴方のお父様のように。

 彼らは悲恋の恋人達だったけれど、私達は最高に幸せな夫婦になれるわ。

 しかも誰からも憧れられるような完璧なカップルにね。

 私達の結婚式は最高にすばらしい舞台でなければいけないの。

 その壇上に上がれるのは、もちろん最高の美を持つ俳優や女優でないといけないのよ。

 それ以外の登場人物などいらないわ。だから、それを邪魔するようなに人間は排除しなければいけないと思うの。

 ふふっ、心配しないで。

 脚本は私が書くわ。演技指導も監督も。

 貴方はその指示通りに動くだけでいいの。そうすれば最高の舞台になるから」

 

 

 やはり私の思ったとおりだった。

 キンバリー様は兄との別れではなくて、私を排除することにしたらしい。

 私は怪しまれないように、急いで注文したランチセットのグリーンサラダとポタージュスープ、ふわふわオムレツ、そしてロールパンを食べ終えると、兄達より一足先に店を出た。

 

 予想はしていたけれど、実際に自分を殺す計画を聞いてしまうと、やはり衝撃が大きかった。

 よくぞ気付かれずに店から出てこられたものだと、自分で自分のことを褒めてやりたい気分だ。

 動悸(どうき)が激しく足がガクガクしている。それでも二人からできるだけ離れたくて必死に足を動かした。

 

 私にとってお残しは絶対悪だったので、無理にランチを完食したが、やはり胃袋はかなり精神的ダメージを受けていたようだ。

 このままでは戻しそうだ。私は再びハンカチで口を押さえた。

 すると動悸はまだ相変わらずだったが、胃の辺りのムカムカによる吐き気は次第に治まってきた。

 

 夜香草の効果を身を持って感じることができて嬉しいやら悲しいやら、複雑な気持ちになった。

 そして今日、浄化されたあの屋敷に父親と兄が帰ってきたら、一体どう変化するのか……見たいような見たくないような複雑な気分になった。

 

 なぜなら、自分はずっと父や兄を嫌ってきた。

 それなのに、その原因が邪悪な力による不可抗力のもののせいだったとしたら、二人に対してどんな感情を抱けばいいのか、それが全くわからないからだ。

 まあ、元から私を嫌っていたのなら、私への態度はそうは変わらないかもしれないけど。

 そんなことを考えながら、私は屋敷へと急いだのだった。


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