第28章 惜別(ディアナ視点)
今日は金曜日。水曜日以外の日に図書館を訪れるのは初めてだった。
目的の本はすぐに見つかり、貸出カウンターでその本と私の貸出カードを差し出した。すると、すっかり顔なじみになっている図書館司書の女性が驚いた顔で私を見た。
そう。今日の私はいつものメイドです!という風貌から、いかにもブルジョアのお嬢さんといった雰囲気の装いに変わっていたからだ。
「私、とある貴族の家で行儀見習いとしてお世話になっていたのですが、本ばかり読んでいて役に立たないとクビになってしまい、実家に戻ったんです」
聞かれもしないのに私がこう言うと、
「それ、わかります。面白い本を読み出したら、時間も忘れて読んでしまうことって本好きあるあるですよね」
二十歳前後くらいの司書の女性はにこやかにそう返してくれた。そしてこんなエピソードを聞かせてくれた。
彼女は何よりも本が好きだからこの仕事に就いたのだという。天職だと思ったという。
それなのに仕事を始めたばかりの頃、昼休憩に本を読み始めたら、つい時間を忘れて読み耽ってしまい、上司に厳しく叱責されたらしい。
そしてそれ以来たとえ自由時間だろうと読書ができなくなったそうだ。途中で止められなくなりそうで怖い。本が恋人だから、この仕事を失いたくないと。
「餌を目の前にして「待て」をさせられている犬もこんな気持ちなのかしら? 大好物が目の前にそれこそ山ほどあるのに、手を触れられるだけで食べられない状況。辛いけど本が好きだから仕方がないわ」
彼女はそう言って笑った。
なるほど。
温室に真っ赤で美味しそうなイチゴが成っていても、これを売ったら高い値が付いて、お気に入りの本が買うための足しになる。そう思って我慢する気持ちと同じかしら?
違うわね。活字中毒者の禁断症状はそんな甘いものじゃないわ。
それにはっきりとは言わなかったけれど、好きな読書を続けるために彼女は結婚をしたくないのかもしれない。だからこそ絶対に仕事を失いたくないのではないかしら。
この国では本好きの女性はあまりよく思われない。嫁ぎ先から読書を禁じられるという話もよく聞くから。
私の場合一番好きなのはセルシオ様のことだ。そして大好きな人の側にいるために、その人に好きだという気持ちを絶対に知られないように努力している。
身分違い。そのうえ、彼とは絶対に結ばれない因縁のある関係なのだ。本好きの仲間、いえ、悪人を捕まえるための協力者としてしか、私はあの方の側にはいられない。
だから会話をしていても、平然とした顔で接し続けなければならない。ただの友達の演技をしなくてはいけない。
この切ない思いだけは、もしかしたら目の前の彼女に通じるものかもしれない。
叶わない思いというものは、その対象が人でも物でも大差ないような気がする。まあ、自分のこの思考が一般の人とはかなりズレていることは理解しているけれど。
植物学の本を入れた布バッグを持ちながら、私は久しぶりにゆっくりと図書館の中を見回した。
一体後何回ここへ来られるだろうか。十六歳の誕生日まで後半年を切った。成人したらあの屋敷を出て、母の生まれ育った場所へ行くつもりだ。
でも、その前に事件が解決したら、もうルシアン様とは会えなくなってしまうだろう。
彼が水曜日だけ図書館に来るのは、その日が休日だと母親に知られたくないからだ。
通常の週末が休みだと無理矢理にご令嬢方と顔合わせをさせられてしまう。
だからルシアン様は休日を水曜日に変更した。そして大好きな読書ができる場所で一日を過ごすことにしたのだ。
でも解決すれば、彼に結婚を迫る夫人とは縁が切れる。そうなればもうここへ逃げ込む必要もなくなる。
淋しいけれど、ルシアン様のことを考えればその日が早く来る方がいいに決まっている。私はできるだけあの方の手助けをするつもりだ。それだけが気持ちを隠して示せる私の愛だから。
少し感傷的になりながら図書館を出て屋敷に向かって歩いていたら、反対方向からやって来る兄フィリップが目に入った。
兄は私には気付かずに一軒の店に入って行った。
昼食? いや、違う。と私は思った。その店は最近開店したばかりの女性に人気な、おしゃれなレストランだったからだ。
普通男一人では入らないような店だ。おそらくキンバリー様と約束をしていたのだろう。
午前中は姉と会い午後は兄と。行動力があるわね、キンバリー様は。私もそれに負けないように動かないと、先手を打てないわ。
少しセンチになって気落ちしていた私は、彼らを見て奮起したのだった。




