第27章 可愛いいたずら(ディアナ視点)
翌日目を覚ますとすでに日は高く昇っていた。こんなに寝坊したのは初めてのことだった。
父だけではなく、昨日体調不良で早退してきた兄も今朝は元気を回復して登城したようだ。
「お姉様は?」
とレンネさんに尋ねると、なんとキンバリー様に会うためにランディーさんをお供にして出かけたらしい。
なるほど。昨日そんな約束をしていたのね。
「それで、ディアナ様はこれからどうなさるのですか?」
「図書館へ行って調べ物をしてくるつもり。
ねぇ、レンネさん。夜香草って知っているわよね?
サーベアとか、ドランセナ、スティフィア、エイビスみたいな」
「ええもちろんですわ。王都では見かけたことがないですが、スゴッテ家の農園では栽培していましたからね。
それがどうしたのですか?」
「その口振りだとやっぱりレンネさんも気付いていなかったのね。
実はね、お母様の部屋の軒下に、夜香草が一面に生えていたのよ。しかも花を咲かせていたわ。
昨夜庭に出たときに白い光が見えて気付いたの。
でも、なぜあんなところに群生しているのかしら」
ブランチとなった食事を終えると、私はレンネさんを連れて外に出て、母の部屋の前にやって来た。そして建物の基礎部分を指し示した。
すると、腰を屈めてそこをのぞき込んだ彼女は「まあ!」と驚きの声を上げた。
「不思議でしょ。なぜこんなところに」
私が再びこう言うと、レンネさんは何か引っかかることがあったのか、しばらく腕組みをして考えていた。
しかし、やがてハッとした顔をしたと思ったら、今度はクスクスと笑い出した。
「あの花の種を撒いたのは貴女ですよお嬢様。当然覚えてはいないと思いますが」
えっ? 私? うそ。どうやってあんなところに?
「お嬢様が片言のおしゃべりができるようになったころ、あそこは貴女の一番のお気に入りのかくれんぼの場所だったのですよ。大人の視界に入りにくい所ですからね。
当時こちらの農園では新しい作物が作ろうと、色々な種や苗を男爵家の農園から持ち込んで試行錯誤していたのです。
ですからお嬢様もみんなと同じように種蒔きをしたがったのですよ。それで適当な場所に色々な種を撒いてしまうので、もうみんな困ってしまって」
そりゃあ迷惑だったでしょう。記憶にはないけれど、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「でも、みんなディアナお嬢様を怒ることができなかったのですよ。せっかく農業に興味を持ってくれたのですからね。
ほら、フィリップ様とシャーロット様は全く興味がありませんでしたからね。
いえ、むしろ汚れるから土には触りたくないとまで言っていましたからね。ディアナ様までそんな風になられては困ると皆思っていたのですよ」
元ロンバード子爵夫人である私の祖母は、私が物心つく前に亡くなっていた。かなり選民意識の強い人だったらしく、農業は平民がするものだと軽んじていたそうだ。
息子や孫が農業に関わるのを嫌がっていたらしく、それが兄と姉にも影響を及ぼしていたのだろう。
その農業の収益で長年の借金を返せたというのに、全く腹立たしい。
初恋の人を思い続ける夫に、見下し嫁いびりする姑。そしてそんな祖母に倣って自分を馬鹿にする息子と娘と暮らしていた母の胸中を慮ると、胸が痛くて堪らない。
まあ、母は私の前ではいつも明るかったけれど。そしてお父様のことなんて眼中になく、農園経営に力を入れていた。
そして私に勉強だけでなく、動植物や農業のことをいつも楽しそうに教えてくれた。
「ディアナが自然を好きでいてくれて嬉しいわ。
植物や昆虫、鳥、動物達がいないと人間は生きていけないわ。貴女は命あるものに感謝することを忘れないでいてね」
とよく言っていた。今ならお母様の言いたかったことがとても理解できるわ。
兄妹の中で私だけが農業大好きな人間になったのは、祖母の妨害を受けなかったからなのだろうな。
それに、母やランディーさんをはじめとする使用人さん達の忍耐と辛抱のおかげなのだと、しみじみと思った。
勝手に野菜の苗を引っこ抜いたり、肥料は多い方がいいだろうと勝手に追肥したり、山羊の背に乗ろうとして怒らせて追っかけ回されたり、ジャム用の瓶の中にミミズをたくさん詰めたり……
別にいたずらしようとか人を困らせよう、と思ってやっていたわけではなかった。
けれど、今改めて振り返ってみるとかなりの悪タレで、人迷惑な子供だったわ。
でもまさかそんな二歳くらいのころからそんなはた迷惑な行為をしていたとは思わなかった。と私が言うと、レンネさんはこう言った。
「あのとき、ディアナ様はいたずらをしていたのではなくて、みんなと同じことがただしたかっただけなのですよ。
それがわかっていたから、みんなは叱れなかったのです。
それにせっかく農業に興味を持ち始めてくれたのですから嫌いにならないで欲しくて。
さて、どうしよう。みんなで思案していたら、ナンシー様が良い解決策を見つけてくれたのですよ」
「どれでも好きな種を選んでね。
あら、それがいいの? でもそれは夜に花が咲くから、せっかく咲いてもディアナには見られないのだけれど…
まあいいわ。
その種を自由に撒いてもいいのよ。
でもこのお花はね、あなたの一番お気に入りの場所に撒かないと芽が出ないのよ。わかる?」
母にそう言われた私は、当時一番気に入っていた場所に種を撒いたらしい。
いつもかくれんぼをしていた、母の部屋の床下の土の上に。
それから五日ほど種蒔きに熱中した私は、その後今度は草取りに興味が移り、芽を出したばかりの野菜や草花の芽を引っこ抜いていたらしい。
今はスゴッテ男爵家の農園にいる、かつての使用人の皆さんに、今さらながら申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
だから被害者の一人であるレンネさんに私は謝った。ご迷惑をおかけしてすみませんでしたと。
するとレンネさんは笑った。
「迷惑だなんて誰も思っていませんでしたよ。一生懸命にお手伝いをしようとしていたお嬢様が可愛くて愛しくて、幸せな気分にさせてもらいましたよ。
それにしても、あのときお嬢様が撒いた種が発芽するなんて。当時は思いもしなかったことですよ。
しかも成長して、こんなに群生していたなんてね。あれから十年以上経つというのに、今までどうして気付けなかったのかが不思議ですけどね。
でも今思い返してみると、ナンシー様はどんなに体調が悪くしていても、ご自分の部屋へ戻られると、回復されていましたよね。
あれって、この夜香草のおかげだったのかもしれませんね」
「レンネさんもそう思う? 私もそう思うの。だって、夜香草ってたしか浄化する力があるって聞いたことがあるもの。
隣国では人気があって、確かスゴッテ男爵家の農園の主力輸出品よね?」
「はい、そのとおりです。ですから王都でも販売したいと思って栽培を試みたのです。
でも気候が合わなかったのか、種を撒いても発芽しないし、何度苗を植えても枯れてしまって結局断念したのですよ。
それなのに、まさかここにだけ芽を出していたなんて本当に不思議ですよね」
「でしょう? だからこれから王立図書館へ行って、この夜香草について調べてみるわ」
私はそうレンネさんに告げたのだった。




