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第25章 姉のマナー教師(ディアナ視点)


 キンバリー様が帰ったとレンネさんから告げられた私は、再びメイド服に着替えて厨房へ向かった。

 するとちょうどレッスンが終了する時間だったので、今度はレンネさんが準備してくれた紅茶と、私が手作りしたハーブ入りのクッキーをワゴンに乗せて姉の部屋へ運んだ。

 

「これはあなたの手作りですか?」

 

 マナー教師のスレッタ嬢にこう尋ねられて、思わず「はい」と答えてしまい、私は姉に睨まれてしまった。

 今日は色々とあり過ぎて、ついうっかりとしてしまった。

 すると、スレッタ嬢は何の色もない無機質な表情で姉を見ながら言った。

 

「シャーロット様。今日の三時間、一体何を学んだのですか?

 私は最初に言いましたよね。あなたを指導するためにはあなたの実力が知りたいと。

 そうでなければ、あなたにとって何が必要で、何が不要なのかがわからなくて時間を無駄にしてしまうと。

 つまらない虚勢を張ると恥をかくことになると。

 あなたは花瓶に生けられてある花の名前も知らなかった。そんな人が数種のハーブを使ったクッキーを作れるわけがないでしょう」

 

「失礼なことを言わないでください。レシピ通りに作ればできますわ」

 

「それではこのクッキーに入っているハーブはなんですか?」

 

「えーっと、何かしら? 私が作ったものではないからわからないわ。私ならこんな薬っぽくて安い材料は使わないもの」

 

 いつものように、姉は息を吐くように自然に嘘をついた。そして大概の人は姉の可憐な見た目だけであっさりとその嘘を受け入れるのだ。

 しかしスレッタ嬢は違った。

 

「今日はお試しということでしたが、このお話はお断りさせていただきます。

 一通りのレッスンはすでに終わっているので、その仕上げだけをして欲しいというお話でしたが、それが違っていたので。

 このことはジルスチュワート侯爵夫人にきちんと報告させていただきます。私にもマナー教師としてのプライドがございますので。

 他の教師の方々にもあなたの実情をお伝えしておきますわ。お忙しい方々が無駄骨を折らないように」

 

「ひどいわ。なんでそんなことをわざわざ他の人にいう必要があるの? 意地悪な人ね」

 

 姉が涙をこぼし始めた。

 相変わらず凄い。必要なときにすぐに涙を流せるのだから。

 今まで気付けなかったけれど、女優になれるのではないかしら。

 しかし、スレッタ嬢は残念ながら情に流されるタイプではなかったようだ。

 無表情な顔のままでこう言った。

 

「ご存じのことだとは思いますが、私達家庭教師は人様にものを教えることで生計を立てているのです。つまり成果を出して雇用主様から信用されることで仕事をいただいているのです。

 ですからやる気のない生徒のせいで自分の評価が下がるのは困るので、家庭教師組合に入っている者同士、お互いに情報交換して助け合っているのですよ」

 

「組合?」

 

「職業ギルドみたいなものです。

 ここは仕事の斡旋をしてもらえるだけではなく、相談や情報交換ができる場所です。

 しかしそこで得た情報を無関係な者に漏らすことはありませんからご心配なく」

 

「それならジルスチュワート侯爵夫人にも秘密にして。お願いよ」

 

「それはできません。私の契約の相手は侯爵夫人ですから」

 

「そんなことをあなたに話されたら、私は夫人に軽蔑されてセルシオ(ルシアン)様と婚約できなくなるわ」

 

「どうせ今のままのあなたでは侯爵夫人などにはなれませんよ。ようやく最低限のマナーが身に付いているレベルなのですから」

 

「私の両親はとても優秀だったのよ。お兄様も。だから私もやる気になればすぐに侯爵夫人にふさわしい人間になれるわ」

 

 まあ誰でもやる気になればそこそこできるようになるでしょう。そのやる気が出ない続かないことが問題なわけだから。

 父や兄、そして周りからチヤホヤされているこの環境下では変われないでしょうね。などと私が考えていたら、スレッタ嬢がこんなことを言い出した。

 

「あなたが良い侯爵夫人になりたいというのなら、甘やかす人のいない、厳しい環境に身を置かないと難しいでしょう。

 もしあなたが、本気で生まれ変わったつもりで努力するというのなら、ジルスチュワート侯爵家に認めてもらえる方法が無いこともないでのすけれど」

 

「えっ? 何か良い方法があるの? 教えて! セルシオ様の婚約者になれたら、絶対にお礼をするから。

 そうだわ。あなたが最高のマナー教師だってみんなに宣伝してあげるから」

 

 姉は即座にその場でスレッタ嬢の提案に飛びついた。

 考えなしにも程がある。いつもの姉らしい直情的行動と言えなくもなかったが、それにしてもあまりにも考え無しだ。

 彼女の提案が無謀なことくらい、普通誰だってわかるだろうに。

 それは、他人から生まれ変わったのかと思われるくらい努力する、ってことなのだから……

 

 スレッタ嬢(いわ)く、ジルスチュワート侯爵家には婚約者を選ぶための特別決まりがあるのだという。

 一月ほど婚約者候補を屋敷に滞在させて、夫人教育を受けさせ、それを観察しながら公爵家の人間と執事が、将来の侯爵夫人にふさわしいかどうかを見極める、というものらしい。

 

 つまりそれは婚約者候補を「お試し」しようってことよね?

 何それ、ずいぶんと上から目線ではないの。王家でもあるまいにと思ったら、ジルスチュワート侯爵家は過去には何人も王女様が嫁いできていた。そんな王家と関わりの深い名家なので、ろくでもない嫁がきたら困る。そのために致し方ない対策らしい。

 

 そして次期侯爵になるセルシオ様の婚約者候補であるご令嬢達に対する初めての「お試し」が、来月から始まるのだそうだ。

 大昔は個別に行っていたそうだが、さすがにそれは大変なので、近年は婚約者候補をまとめて招待することに変わったらしい。

 そりゃあそんな手間暇をかけたことを何度も繰り返してやるのは非現実的だわ。普通は一度で済ませたいわよね。

 

 今回その「お試し」に招待されたご令嬢は三人。その中に当然姉は入っていなかった。

 いくら夫人が姉を気に入っていたとしても、姉は学園を卒業していないうえに、習いごとを途中で止めてしまったせいで、世間の噂だけでは姉の能力を判断することができなかったからだ。

 ところが夫人はどうしても姉を息子(セルシオ=ルシアン)の嫁に迎えたいらしい。

 それゆえに優秀だという噂の姉の実力を証明するために、一流の家庭教師を姉に付けてくれたのだそうだ。

 

 しかし、初日だけでその一流の家庭教師によって、姉は見込みなしだと判断されてしまったわけだ。

 しかも、仲間の大切な時間と労力も無駄にしたくはない。したがって、それを他の教師達にも伝えると言われてしまった。

 これで万事休す……と思われた。それなのにどのようなつもりなのか、彼女は姉に救済の手?を差し伸べてきたのだ。

 まあ、実質救済というより、最後通告をするためと言ったほうが正しい気がするけれど。

 


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