第14章 おもてなしの準備(ディアナ視点)
「フィリップ、レイクレス伯爵様から夜会に招待されたぞ。なんでも、大切な話があるから今度お前と二人で参加するようにと言われた」
半月ほど前だったろうか。
父のニコラスが兄のフィリップにこう言った。そしてその後で私に向かって、レイクレス伯爵夫人とキンバリー様への手土産を準備するように言った。
おそらく兄との顔合わせだろうと思った。
そしてその結果は言わずもがなだった。
「近々ジルスチュワー侯爵夫人と姪であるキンバリー様をお茶会に招待するつもりだ。しっかりとお迎えの準備をするように」
と、父に言われたからだ。
一歩進んで次は家族の顔合わせかとも思ったが、そもそも姉とキンバリー様はすでに親しくしている。
それになぜジルスチュワー侯爵夫人まで来るのだろう? 昔から知っているのに今さら?
どういうつもりなんだろうと思った。
すると姉が私にこう言った。
「夫人に気に入ってもらえたら、私もセルシオ様の婚約者候補の一人にして頂けるかもしれないわ。
だから、いつにもましておもてなしの準備よろしくね」
と。
なるほど。伝説の恋人達は自分の子供や姪を結びつけて、己の恋を成就させる気なのか。
子供のころの忌々しい思い出が蘇ってきて、吐き気をもよおすくらいに気分が悪くなった。
その後、ルシアン様とのことがあって私が部屋に閉じこもったものだから、みんなかなり慌てていた。
そして無理やりに私を部屋から引っ張り出そうとした。
姉だけでなく父や兄まで焦っていたのは、私にお茶会の準備をしてもらえないと困るからだろう。
そんなこと知るか! 二度とあの人達の命令などに従うものかと思っていたが、今日ルシアン様の正体を知って気が変わった。
ランディーさんの言った、
「せっかくだから、この屋敷の実情をジルスチュワー侯爵令息様に知っていただきましょう」
という言葉に私も同調したからだ。
ランディーさんとレンネさんは、もしかしたら私以上にこのロンバード子爵家とジルスチュワー侯爵夫人を憎んでいるのかもしれない。
ずっと実の妹のように愛し慈しんで守ってきた主である私の母を、蔑ろにされ苦しめられ、散々利用されてきたのだから。
そして二人も私と同じく、母の事故死を疑っているのだと思った。
私とルシアン様の会話を聞いていたランディーさんは、彼を私達側の人間だと判断し、間違っても姉シャーロットに近付けないようにしようと決めたようだった。
だからこそ百聞は一見にしかず。
姉を含めたロンバード子爵家の真の姿を見せようと、ルシアン様をお誘いをしたのだろう。
それは私にも彼に全てを明かして、それによって逃げ場をなくし、覚悟を決めろと促しているのかもしれないと私は感じたのだった。
お茶会の朝、姉が珍しく早起きしてきて、私の顔色を伺うように、
「今日はよろしくね」
と言った。だから、
「わかったわ」
と私は淡々と答えた。
姉の思惑はともかく、お客様をお迎えするのなら精一杯のことはするつもりだ。
もっとも、貧乏子爵家のもてなしをあの華やかな侯爵夫人に気に入ってもらえるかどうか、それは甚だ疑問だが。
それにしても、よくまあ貧乏子爵家の招待に応じてもらえたものだわ。
もしかしたら、あちらからのご希望だったのかしら?
母の生前だけでなく亡くなって以降も、我が家にジルスチュワー侯爵夫人が訪れたことはなかった。
邪魔な母がいなくなったのだから、堂々と我が家に乗り込んで来るのかと思っていたのに。
公の場やホテルなどで危険な逢瀬を繰り返すよりも、人目に付かずにむしろ安全だろうに。
いや、やっぱり伝説の美男美女だから雰囲気が大切なのかもしれない。農家のような我が家では、ムードもへったくれもないから、そんな気になれないと判断したのかも。
まだ未成年の私では二人の心の内は計り知れない。だから、そんなことを考えても無駄なんだけれど。
それにしても、父だけでなく、自分の母親を苦しめてきた女性を家に招き入れることに、なんの躊躇いも抵抗もない兄や姉に改めて嫌悪感を抱いた。
この話を聞いたとき、姉だけでなく兄の縁談も壊してやろうかと思っていたけれど、ルシアン様からキンバリー様のことを聞いて考えを変えた。
色々と疑惑のありそうなレイクレス伯爵家の令嬢とあの兄が両思いなら、お似合いのカップルかもしれないと。
「私のシャツと靴下はどこにある? あの金のカフスは? おい、靴が磨いてないぞ」
「父上のより僕のネクタイを先に選んでくれよ。この上着に合うやつを。あと、こっちの靴を磨いてくれ」
「二人とも何言ってるのよ。私が一番先よ。早くドレスを着せて!」
父と兄と姉が叫んでいるので、レンネさんが厨房から出て行った。するとこんなやり取りが聞こえてきた。
「なんで当日なって慌てているんですか。昨日のうちに準備をしておけばよろしかったでしょう。
フローディア様はお茶会のセッティングで忙しいのです。ご自分のことくらいご自分でなさってください」
「これまではフローディアが当日に全部揃えておいてくれたじゃないか」
「もう皆様のお世話はしないとディアナ様はおっしゃったじゃないですか!
三日前に聞いたことも忘れてしまったのですか!
今回のお茶会は最後のサービスだって」
「そんなことを急に言われても真に受けるわけがないじゃないか。それになぜそんなことを言い出したんだよ!」
「急も何も、ディアナ様も成長してお気付きになったんじゃないですか。
自分にはこんな使用人の真似をする必要がないんだってことに」
「「「・・・・・」」」
「まあ、シャーロット様、お茶会にそんな派手なドレスを着てどうするつもりですか! 舞踏会ではないのですからワンピースでいいんですよ。
もっと応接室の雰囲気に相応しい、簡素だけれどそれでいて気品のあるものを選んでくださいませ。ご自分一人では無理なら私が選びましょうか?」
「フローディアが選んだものしか信用できないわ。だからあの子を呼んでよ!」
「ディアナ様はお忙しいのですから無理です!」
レンネさんが怒鳴ったのが聞こえた。
すると、私の背後のパントリーから小さな声がした。
「フローディア嬢、君って忙しそうだね。みんなに頼りにされている」
「はい、先週まで毎日目が回るほど忙しかったんですよ。今は無視して放っていますが。
それに今日のお茶会が終わったら、彼らの個人的な世話など二度とするつもりはありません。お嬢様の送迎ももう止めましたし。
ここを出ていくまでのあと四か月間だけは、最低限の家事だけはやるつもりでいますが」
「それが当然だよね(どこの世界に年下の妹に世話をさせる兄や姉や父親がいるものか!)」
怒りを抑えるようにルシアン様が呟いた。
私はこのとき、本名を呼ばれたことに気付かずに返事をしていた。
まさか、レンネさんと家族の会話が彼にまで聞こえていたとは思わなかったのだ。
私は、サンドイッチとカットフルーツの盛ったった大皿と、紅茶の入ったティーカップを載せたカートを、パントリーの中へ押して行った。
「少し早めですが、どうぞランチをお召し上がりください。これから忙しくなると思うので。
そして、こちらの昼食が済みましたら、一旦外へ出てから、応接室の掃き出し窓から中へ入って、クローゼットに隠れてください。
父が誘導します」
私がそう言うと、例の変装をしたルシアン様は頷いたのだった。
一応簡単な昼食と、もてなし用の食事の準備を終えて、私は厨房を出た。
そして次は応接室の最後の仕上げをしようと廊下を歩いて行くと、レンネさんに手伝ってもらいながら、父親と兄が自分の身仕度だけでてんてこ舞いしているのが目にはいった。
姉がおしゃれに気を取られるのはまだわかるが、何故男性陣まであれほどまで身だしなみに気を使うのかがわならない。
やはり恋をして浮かれているのか?
好きな女性を自宅にお迎えできるから?
私は脱力しながら、やはり姉の婚約は阻止するが、父親と兄のその恋は成就できるように協力しようと、決意を新たにしたのだった。
読んでくださってありがとうございました。




