第13章 決心
元王太子のマクロミル伯爵は、クロフォード同様に私の幼なじみで、一人っ子だった私にとっては実の兄のような存在だった。
両親の不仲や、人格が破綻している祖父のことで悩んでいた私の良き相談相手だったし、将来の目標としていた人物でもあった。
今さら過ぎる気もするが、それでも、これ以上の彼の不幸は防ぎたいのだ。
たとえそこに実の母や従妹が関与していて、我が身と刺し違えることになったとしても。
極悪非道を見逃せば、彼らはさらに罪を重ねて、被害者を増やしていくことになるだろう。それだけはどうしても食い止めなければならない。父もそれを承諾しているし。
母の犯罪が明らかになったら我が侯爵家もお咎めを受け、私は貴族ではなくなり、職も失うことになるかもしれない。
でももしそうなれば、ディアナとの身分差はなくなるな。なんて考えが一瞬頭をよぎったが、犯罪者を身内に持ったら、今度はこちらの方が彼女には相応しくなくなるのか。
そのことに気付いて心の中で虚しく笑った。それでも、過去の事件と現在進行中の犯罪の解決に向けて進めなければならない。
あの関係者リストを見たとき、私はそう決心したのだ。
だからこそ、後どれくらい残っているのかわからないが、ディアナとの幸せな時間を大事にしたかった。
それなのに先週私は、ディアナを怒らせてしまい、非常に焦ったのだ。
しかし、今偶然にも彼女とこうして再び逢うことができた。
しかもなんていう巡り合わせなのか、彼女は私が関与している懸案事項の関係者だった。
こうなったらどうしても彼女をこちら側に引き入れなければならない。そうしなければ彼女にも火の粉が飛んでくる。
まあ、あと数カ月で彼女は子爵家から出ると言っていたので、最悪の場合は彼女のために安心安全な職場を探し、この家とは切り離さなければと思った。
どうしても私を信用してもらわなければならない。そこだ最後の手段として極秘情報を彼女ディアナに伝えた。
彼女は私の言っている意味を正直理解できないだろうと思いながらも。
しかし、マクロミル伯爵とロンバード子爵、そしてジルスチュワー侯爵夫人の名を聞いて、彼女も何か思うところがあったようだ。
私は納屋へと案内された。
その納屋の天井には何種類ものハーブが所狭しと干してあった。
そして様々なハーブで作られたリースや、ポプリの材料の入ったいくつもの籠が壁に吊るされてあった。
それを見て、私は気付いたのだ。ロンバード子爵令嬢の噂の真偽を。
令嬢はこの納屋には来ないとディアナは言った。
しかし日常的にハーブティーを淹れたり、ポプリやリースなどを手作りしている人間が、ハーブの材料が置いてあるここに来たことかないなんて、そんなことがあり得るだろうか。
従来の型に嵌った在り方から脱却して、新たなライフスタイルを模索しようという流れを「カスタリアブーム」と呼ぶらしい。
それは隣国カスターリア帝国から生まれた考え方だからだという。
そして我が国にそのブームを紹介したのは、ロンバード子爵家のシャーロット嬢だと噂されていた。
しかし、学術書を一度も読んだことのなさそうなあのご令嬢が、隣国に関する本を読んで学んだとはとても考えられなかった。
友人達もやはりそう言っていた。
自然との共存?
たしかにそんな派手な格好はしていなかったが、それは単に余裕がないからだろう?
第一あの美しすぎる手は、刺繍針さえまともに持ったことがなさそうだった。
あんな手でハーブを育てて、加工し、多くの作品を生み出しているだなんて到底思えなかった。
納屋にはハーブだけでなくアケビやカズラ、ヤマブドウなどの蔓も吊り下げられていた。そして、染色用の鍋なども置いてある。
おそらくここは工房として使われているのだろう。それなのに制作者がここに来たことがないなんてあるわけがない。
ロンバード子爵家のもてなしは、おそらくディアナがその準備をしているのだろう。
彼女にはその知識と知恵と技術があるのだから。
シャーロット嬢が習い事の教室に提出している宿題や作品も皆、ディアナが仕上げているに違いない。
だけど令嬢は水曜日のダンスだけは得意だったから、ディアナを解放していたのだろう。
私がそう指摘すると、彼女は納屋の中を改めて見回した後、誤魔化すのは無理だと思ったらしく、あっさりとその事実を認めたのだった。
その後私は変装を解き、本名を名乗り、偽っていたことや先週怒らせてしまったことを彼女に謝罪し、許して欲しい、これまで通りに付き合って欲しいと懇願した。
当然彼女はかなり衝撃を受けたようで、表情はかなり硬かった。
怒ってはいないと言ってくれたが、戸惑ってどうしたらいいのかわからない、といった感じだった。
それは当然だと思った。
しかし彼女と過ごせる時間はもうあまりないのかもしれない。そう思った私は、必死になって彼女に訴えかけた。
私にとってディアナがどんなに大切で特別な女性なのか。
そんな特別の君が作ってくれたランチがいかに美味しかったか。幸せだったのか。
そして再びそれを食べたいと望んでいるのかを。
それは生まれて初めての告白だった。
彼女はぎこちない笑顔を浮かべながら弁当の件は受けてくれた。しかし、私の告白には全く気付かなかったようだ。
もっと直接的に言えばよかった。
その後ディアナは、私の目的について再確認してきた。そしてその後で、あの世紀の悲恋伝説について知っているのかと訊いてきた。
私がこのロンバード子爵家と因縁があることを知っているか、それを確認したかったのだろう。
しかしそのときの私は、そんな質問のことよりも、「セルシオ様」と急によそよそしい呼び方をされたことに衝撃を受けた。
だから父や乳兄弟、そして親友達だけが使うルシアン呼びをディアナに強要したのだ。
そして協力してくれるのかどうか、彼女からその返事をもらう前に、彼女の父親からもう日暮れだよ、と告げられてしまった。
ところが別れ際にその父親から、この屋敷の真実が知りたいのなら、日曜の午前中に来いと言われた。
ディアナだけではなく彼女の両親からの協力まで得られるかも! 私はそんな感触を得たのだった。
その上彼女との交流を否定されることもなかったので、心底ほっとした。
彼女を泣かせた(おそらくだが……)男なんて、普通なら睨みつけられて怒鳴られても当然だったのに。
かなり気持ちの乱高下が激しい一日となった。
しかし、とりあえずディアナに逢えて、彼女に本当の名前を伝え、気持ちを告白(通じてなかったが)できたので、終わり良ければ全て良しかな? そう思った。
これがたとえ泡沫の恋になろうと、私は最後まで諦めないし、逃げない。
できるだけ足掻いてみせるぞ。揺れる馬車の中で、私はそう心に決めたのだった。
読んでくださってありがとうございました。




