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ep. 38 悪魔的な距離感!


さて、王都に戻るとは言ったものの、今の俺たちには徒歩以外の選択肢がない。魔導車両グライヤーラは負傷者を乗せて先に出発させたし、俺が乗るはずだった馬はさっきの戦闘でビビってどこかへ逃げ出したみたいだ。


正直、へとへとなので一歩も動きたくないというのが本音である。身体の傷こそスキルのおかげで皆無だが、精神的な疲労はとっくに限界を迎えていた。


目を閉じれば、あの魔王に何度も殺されるというおぞましい光景が脳裏に浮かぶ。防衛本能から来る記憶の混濁なのか、恐怖の全貌こそ霞んではいるが身体はいまだにその衝撃で強ばっていた。



「さて、と……」



重い溜息を吐き出しながら、俺はとりあえず王都の方向へと足を踏み出そうとした。


一応、ヴェルがあの魔王は死んでるって言ってたけど、やっぱりちょっと不安ではある。何が起きるか分からないのがこの世界だ。魔王クラスの化け物が現れたってことは、その周辺に同じような、あるいはそれに準ずる脅威が潜んでいないとも限らない。警戒は怠れないな。


とは思いつつも、俺は後ろにいる三人へと視線を移す。


天龍級を軽く屠った吸血鬼の真祖──クルエラ。


そのクルエラをして「勝てない」と言わしめた黒覇龍──リノラース。


そして、あのスタンピードに対して奇跡のような魔法を行使した原初の悪魔──ヴェル。


……うん。まあ、この三人がいれば流石に大丈夫か。というか、むしろ彼女たち自身が歩く天災みたいなもんだし。


これ以上の脅威なんてそうそういるはずがない。そう自分を納得させて歩を進めようとしたその時だった。


不意に背後から、柔らかくて甘い香りが近づいてきた。



「あら主様。もしかして歩いて帰ろうとしてるの?」



クスクスと妖艶に微笑みながら、ヴェルが俺の腕に容赦なく豊満な胸を押し当ててくる。肘に伝わる柔らかな感触に、俺の思考は一瞬で霧散した。



「おお、お、おっぱ……!!」



待て待て待て、静まれ我が本能よ! お前さっきまで枯れたフラウ草みたいになってたじゃん! なに元気になろうとしてんの! 落ち着けって!



「そそ、そうだけど……近いって! それにいま主様って……?」



「そうよ? 私たちは魂の繋がりによって主従契約が結ばれてるもの。だ、か、ら──」



そう囁くと、ヴェルはさらに身を寄せ、俺の耳元へ唇が触れそうなほど顔を近づけてきた。


熱を帯びた吐息が耳朶みみたぶを撫で、ぞくりと背筋が震える。鼻腔をくすぐる甘く艶やかな香りに、ますます思考がまとまらなくなってしまった。



「私が奴隷で、あなたがご主人様……なのよ?」



からかうように耳元へふぅと息を吹きかけられる。あまりの破壊力に、俺の顔はみるみるうちに熱を帯びていった。

というか主従契約ってなんだよ!いつかの夜にクルエラも似たようなこと言ってた気がするけどさ!



「あはは、かわいいねぇ」



初心うぶな俺の反応を見て、心底楽しそうに笑うヴェル。ふと視界の端を見ると、リノが「うわぁ、また被害者が増えてる……」とでも言いたげな深い同情の視線をこちらへと向けていた。おい、目が死んでるぞ。



「それはそうと、私の魔術を使えばそんなところ一瞬で行けるわよ?」



ヴェルが楽しげに指をパチンと鳴らす。


──その瞬間、俺たちの足元に、目も眩むような緻密で巨大な幾何学模様の魔法陣が展開された。



「なっ……!?」



あまりにも規格外な光景に、俺は一瞬理解が追いつかなかった。


──これ、あの第八階梯魔法の【空間転移(ラスヴァンダール)】か!?


冗談じゃない。確か教会の古物書には国家レベルの魔術師が何十人も集まってようやく発動できる魔術って書いてあったはずだ。


それをたった一人で。しかも詠唱もなしに指先一つで発動させただと?


──原初の悪魔。その肩書きの重みを、俺は改めて痛感していた。本当にとんでもない存在を蘇生してしまったらしい。



「それじゃあ行くわよ────空間転移ラスヴァンダール



視界が白い光に包まれる。


次の瞬間、俺たちは王都の外──城門から少し離れた街道へと転移していた。



「はぁ……規格外にも程があるだろ……」



まぁ、気にしても仕方ないか。スタンピードでのあの奇跡を目の当たりにしたんだ。今さら第八階梯魔法の単独発動なんかで驚いてたら、この先身が持たないよな。


それはそうと、てっきり王都の中へ直接転移するものだと思っていたが、飛ばされた先は城門から少し離れた街道だった。

流石に王都のど真ん中で空間魔法なんて使えば大騒ぎになる。ヴェルなりに気を遣ってくれたのかもしれない。



「むむむ、やはりお主が使う魔術は便利なものばかりじゃの!くれ!」



「だーめ。リノは魔力を持ってないから発動した途端に気絶しちゃうわよ」



「ぐくぬ……」



後ろを歩くリノ達の会話を聞きながら、俺たちは城門をくぐり王都へと足を踏み入れた。


先の戦いの爪痕はまだ色濃く残っているものの、街はすでに復興へ向けて動き出していた。

大通りでは職人たちが慌ただしく行き交い、修復資材を運ぶ荷車が絶えず往来している。その様子を眺めながら歩いていたのだが──まぁ、予想通りというべきか、とにかく周囲からの視線が痛い。


クルエラはいつものようにフードを深く被っているが、あとの二人は堂々と素顔を晒している。


リノの整った容姿も十分に人目を引くが、それ以上にヴェルの放つ妖艶な雰囲気が圧倒的だった。ツノや翼を隠していても、その存在感までは隠しきれていないみたいだ。



「やっぱり、めちゃくちゃ注目されるよなぁ……」



隣を歩いてる俺への嫉妬の視線が、天龍級のブレスより突き刺さるんだけど……。


胃の痛みを覚えながら、俺はなんとか目的地の冒険者ギルドへと滑り込んだのだった。




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