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ep.28 ジルベルトの執念



──ジルベルトが俺たちの前に姿を現したのは、教会裏の森に差し掛かった時だった。

唐突に木々の影からにじみ出るように現れた彼の全身には、ほのかな殺気が満ちている。以前の粗暴さに加えて、さらに陰が刺さったような雰囲気だった。



「よぉカイン。探したぜ?」



低く唸るような声が鼓膜を震わす。リノが「む?」と眉をひそめ、クルエラは相変わらず無表情のままだった。俺は深呼吸をひとつ。その間にも腹の底が冷えていくのを感じていた。


突如現れた不振な人物に対して、少しだけ殺気立っている二人に手を出して牽制する。



「……ここは俺に任せてくれないか」



そう言い切ると、クルエラが微かに一歩引き、リノは「ぐぬぬ…」と文句を漏らした。ジルベルトの視線が俺から後ろの二人へと移る。



「どういう風の吹き回しだ?雑魚が一人で勝てると思ってんのか」



「勝てるかどうかはやってみないと分からない。それに……俺はもう逃げたくない」



自嘲気味に笑いながらも、腰の剣を握り締める。思えばこれまでずっと誰かに守られっぱなしだった。今回ぐらいは自分の意思で立たなきゃ男が廃る。


──目の前のジルベルトが不敵に笑った。



「上等だ。あの日の借り、返してやんよッ!!」



そう言うと同時に奴が駆けた。大地を踏み抜く勢いで迫る鉄の拳。俺は咄嗟に身を引きつつ、【風の弾丸(ウィンド・バレット)】を放つ。風弾がジルベルトの視界を遮るように飛び、奴の肩に浅く当たった。しかしそれだけでは止まらない。すぐさま肉迫した拳が目の前に迫ってきた。



「くっ……!」



剣で受け止める。衝撃が腕に走るが、不思議と耐えられた。スキルによって得られたリノの力なのか、クルエラのローブの衝撃吸収なのか、俺の体は前よりもずっと軽い気がした。


ジルベルトが一歩後ろに下がる。俺は間合いを詰めて剣を振るった。切っ先が奴の胸鎧をかすめ、火花を散らす。追撃しようとした瞬間、横薙ぎの拳が襲い、俺は紙一重でしゃがんでかわした。そのまま横へ回りこみ、腹部へと斬撃を叩き込む。



「ぐ……!」



低いうめき声。効いてはいるが深手ではない。それでも手応えはある。俺はさらに跳び退いて距離を取った。



「雑魚のくせに随分動けるじゃねぇか!!だがなァ!」



ジルベルトの腕に淡いオレンジ色のオーラが渦巻く。あの日、彼が見せた【武闘王バトル・マスター】のスキル特有のオーラだ。地面がびりびりと震え、空気が重くなる。奴が地を蹴った。さっきとは比べ物にならないスピードでこちらへと迫ってくる。俺は反射的に後ろへ跳ぶが、避けきれない。



「おらぁぁぁぁッ!」



拳が腹にめり込み、背後の空気が爆ぜる音がした。体が宙に浮く。



「がはっ……!」



内臓が押し出されるかのような鈍痛。空気が肺から抜ける。ローブ越しでも、骨が軋むのが分かった。



「──【覇龍アシュターク】の特性、龍殼(ロンディラ)が常時発動状態へと変更されました」



そこで何かが俺の頭の中に響き渡る。無機質な声。あのスキルの声だ。


頭が一瞬で冴える。衝撃が和らぎ、体はすぐに地面へと落ちる。転がりながら起き上がると、ジルベルトが目を丸くして俺を見ていた。



「馬鹿な……!今のを耐えやがっただと……?」



奴の拳から血が滴る。あの一撃を受け止めたのは【覇龍アシュターク】の特性、龍殼ロンディラというものらしい。僅かだが薄い光のような鱗が見えた。



「……俺には仲間の力も宿ってる。もうあんたの知ってる“無能”とは違うんだよ!」



その言葉にジルベルトの顔が赤くなる。額に血管が浮き出した。



「調子に乗るなァァァァ!!」



耳をつんざく咆哮とともに奴は踏み込んだ。拳にオーラが渦巻く。今度こそ全力だ。

俺も叫びざま地を蹴る。心臓の鼓動が速い。だが恐怖よりも興奮が上回っていた。剣を振るい、ジルベルトの攻撃を受け流す。以前の俺ならあり得ないほどの反射速度だった。視界の端でクルエラとリノが不安げにこちらを見ているのがわかったが、今は振り返る余裕はない。剣の切っ先をジルベルトの首元に突きつける。



「っ……!」



奴の喉元に赤い血が滲む。もう一歩踏み込めば、致命傷を与えられる位置。俺は息を整える。手のひらが汗で湿っていた。



「……ここまでだ。もう俺に関わらないでくれ」



その言葉にジルベルトはしばらくこちらを睨みつけていたが、やがて唇を歪めた。



「ちっ……くそ……ッ!!」



短く毒づくと拳を振り払い、俺の剣を弾いた。身を翻し、「この借りはいつか必ず返す!」と捨て台詞を吐いて林の奥へと駆け出す。その背は怒りと憎しみを背負っているようにも見えた。



「行ってしまったのじゃ」



リノが肩を竦めて笑う。クルエラは何も言わず、ただこちらに歩み寄ってきた。彼女の紅い瞳が心配げに揺れている。



「……無事?」



「ああ。なんとか、ね」



息を吐き、肩の力を抜く。身体の痛みはあるが、ローブと龍殼ロンディラのおかげで致命傷には至らなかったみたいだ。クルエラが静かに頷き、リノが俺の背中を叩いてくる。



「やればできるのじゃな!ま、我の力あってこそじゃが!」



「はいはい、ありがとな。そういえば龍殼ロンディラとかいうスキルが発動したんだけどリノ知ってる?」



「うむ、我のスキルの一部じゃな。致命傷になりうる攻撃から身を守ってくれるのじゃ」



笑いながらリノはふんぞり返って得意げだ。クルエラもわずかに口角を上げた。緊張が解けて、改めて汗が噴き出してくる。ジルベルトは何を思い、どこへ向かったのか。まだ終わっていない。けれど今日、一歩踏み出せた気がした。


背後ではリノがまたむにゃむにゃ言いながら眠りかけている。俺は呆れて笑い、そっと森を後にした。





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