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転生少年機人剣闘活劇 コロシアム  作者: 戸塚 両一点
第八章 「一つの艦が出航し、水平線に消えるまで」
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第八十六話 悪魔は国家の骨格がお好き

 ハートマンはまるで機装巨人のコックピットかのような狭い廊下と急な階段をいくつか通り、船の中を進んでいた。


 とはいえ、人と人とがすれ違う程のスペースはあるし、だからこれは船が小さいということを表しはしない。


 寧ろ、戦闘能力重視の戦闘艦ではない分、広々とした方であるのだろう。


 それにもかかわらず狭さを覚えるのは、ハートマンが海軍兵士ではなく、そのため船というものに慣れていないから――というのも、ある。


 そう感じる一方で、ハートマンは敬礼と共にすれ違う水兵の顔が、自分よりも随分と若く見えるものばかりであることに驚き、憂いていた。


(三ヶ月の間に、本国で何かがあったのか……? それとも、戦況が悪化したのか……?)


 この「三ヶ月」というのは、彼が神聖帝国を離れルメンシス教国にいた今日までの期間のことである。


 思い出してほしい。そもそも、どのようにして、内海の中心に位置しているルメンシスまで神聖帝国軍は進軍できたのか?


 もちろん、ガブリルテーエー海戦における戦利品として、制海権を得たことを利用して、強襲上陸を仕掛けた、というのが所与の条件から考えられる模範解答ではある。


 しかし、それはこれから計画を立てる場合の、であって、実際に神聖帝国軍の出したものとは異なる。


 不採用の理由は、端的に言えば、神聖帝国の国情の問題であった。


 騎馬民族に端を発する神聖帝国は、基本的に陸軍国である。当然限られたリソースは海軍ではなく陸軍にこそ向けられる。


 その点を、神聖帝国という国はよくわきまえていた。敵国首都の占領という非常に大きな人参を目の前にぶら下げられても、神聖帝国という馬は理性的であった。


 その人参は、食するには口から遠すぎる――つまり上陸作戦には護衛も船舶も足らない、と判断したのだ。


 もちろん、これが検討されたのは開戦以前であり、まだ制海権云々は画餅に過ぎなかったし、またこのとき既に、開戦劈頭の強襲上陸作戦が既定路線として存在してもいた。


 どちらも賭けではあるのだが、本国と戦地間の距離が長く、強力なルメンシス海軍の撃破が作戦実行のための絶対条件となる首都直撃というのは、国力から言って現実的ではなかった。


 しかし、首都直撃というのは、どうしても魅力的であった。全体的な国力で劣る神聖帝国としては、奇襲に次ぐ奇襲、奇策に次ぐ奇策によって敵を混乱させる外、勝ち目がないのだ。


 とすれば当然、その極限と言える首都攻撃は、それがたとえ占領を考えない一時的なものでも実行したいものだった。


 その上、彼らには、戦争とは関係なく、敵国首都で「ある行動」を起こさなければならないという、言わば「第二の理由」があった。


 そこで神聖帝国軍が出した回答は――予め少数の特殊部隊を潜行させておき、制海権が確保でき次第宮殿やメインストリートなどを襲撃することで敵を攪乱して、敵主力による反撃を受ける前に撤退する、という手法であった。


 これであれば、もし失敗に終わったとしてもほぼ全軍を投入する初期の案に比べて被害は圧倒的に小さくて済む。


 それに、部隊を予め送り込んでおくというのは「第二の目的」達成のためにどうしても必要なことだったから、その確度を高める意味でも採用された。


 行動が開始されたのは、開戦から一年も前の話になる。


 その間、各種武器の密輸が遅れて延期となったり、ちょっとした事故が起こったため、第二陣(実際の作戦時には彼らがメンバーのほとんどだった)が送り込まれたりの紆余曲折はあったが――作戦は実行され、見事に成功した。


 実行された、のだが。


 作戦の実行ということは、(少なくともハートマンら第二陣にとっては)三ヶ月もの間、作戦に関して以外、本国とほとんど連絡が取れない、ということである。


 事実、全ての連絡は戦時平時問わず存在する諜報員を介して、かつ暗号化されて行き来した。つまりそれだけ時間がかかるわけで、その結果、内容は緊急のことだけに限られる。


 だから彼は、何か本国で政治的な変化があったのかとか、徴兵制度が変わったのかとか、まるで知らなかった。開戦後に関して言えば、詳しい戦況すらも、本国にいる他の兵隊よりかは知らないと言えた。


 何より、あのガランドル少佐が、この撤退行に同行しているということは、正に寝耳に水であった。制海権があるとはいえ、敵中である。連隊長が易々と来るところではないのは自明のことであろう。


 ならば、それだけの理由がある――だから、ハートマンから見るならば、それをはじめとした様々な不安感と違和感が船を狭めていた。狭さに反して廊下が長く感じられるのも、同じ理由だった。


「ハートマン少尉、参りました」


 ドアをノックしてから言ったその言葉が、背負った重苦しさに潰されてはいないかとハートマンは思った。幸いに、ドアの向こうからはただ、入りたまえ、とだけ聞こえたので、彼はある程度の平静を装うだけの余裕を手に入れた。


「失礼します」


 ドアを開けるなり待っていたのは、今まで通ってきた船の内部とは対照的な広い部屋。


 ハートマンから見て向こうの壁側の方には、部屋に見合った大きさの机が置かれていて、その更に向こう側には精悍な顔立ちの中年男――もちろん、ガランドルである。


 その独立戦争以来の古強者を認めると、ハートマンはズバリという音がしそうな程律儀な敬礼をした。


「ハートマン少尉――貴官にしては随分と遅かったじゃないか、何があった?」


 ガランドルはにこやかに敬礼を返しながら、古い友人にそうするように冗談混じりでそう言った。それは一杯のワインのようにハートマンの精神を解きほぐす効果があった。


「いえ、連隊長殿御自らのお出迎えに、誠に恐れながら少々気後れ申しましたので」


「おいおい、私と貴官の仲だろうに、何を気後れする必要がある? 謙虚なのは貴官の美徳だが、大物になるにはもう少し厚かましいぐらいでなければならないのではないかね?」


「最前線に来る危険を冒してまで教え子を迎えにいらっしゃる連隊長殿ほどにでありますか? 残念ながら、私は臆病者です故、装甲に守られた機装巨人の操縦席ぐらいが丁度いい椅子かと」


「こやつめ、抜かしおるわ――取りあえず、そこに掛けたまえ。ただの雑談をするために貴官を呼んだわけではないのだから」


 そう言いながら、ガランドルは自分の机の前に置かれた椅子にハートマンを促して、自分も座った。ハートマンは一度改めて敬礼をすると、その勧めに従った。


「さて――まずはどこから話したものか。何分、三ヶ月の潜伏任務だものな」


 ガランドルは椅子に深く腰掛けると、髭を撫でながらゆっくりとそう言った。すると、その様子を見たハートマンはここぞとばかりに挙手し、発言権を得ようと試みた。


「連隊長殿。自分から質問してもよろしいでしょうか」


「構わん――と、言いたいところだが、言わんとするところは分かる。私が伝令に寄越した水兵の件だろう?」


 ハートマンは思わず目を見開いた。


「! ――ご明察の通りです」


 その返答を聞くと、ガランドルは溜め息を吐いて、背もたれに首を預けた。それから再び元の姿勢に戻すと、頭が痛そうな顔を浮かべながら、話し出した。


「安心したまえ――艦長曰わく、アレが一番若いそうだ。アレより下はいない」


 しかし、その苦虫を噛み潰したような回答は、ハートマンにとっても苦虫であった。求めていたキレのある味ではなかったのだ。


「それは……そうでしょう。寧ろそうでなくては困ります。連隊長殿、しかし、私が知りたいのは、」


 ハートマンはそのまま続けようとしたが、ガランドルがそれを片手を前に差し出して制した。


「『よせ。我々は勝ちに勝っているのだ』――貴官のことだ、ここまで言えば分かるだろう?」


 そのとき、ハートマンの脳裏に閃くものがあった。


「我々は――『勝っている』、のですね。勝って、前に進み『続けている』」


「流石だな――貴官の想像通りだよ。


 戦況は、『基本的には』こちらが有利だ。


 我が栄光の神聖帝国陸軍は東部の要塞線を迂回し、包囲し、数的優位に傲った敵部隊を各個撃破。戦線は南北方向から東西方向に引き直され、現在はグリアン地方の大半を掌握している。


 それだけではない。ガブリルテーエー海峡両要塞を完全掌握し、その結果ウィスポン半島方面軍を半壊まで追い込んだ。戦略的に包囲することもできている。南方大陸戦線はそもそも問題にならない。こちらも時間が全てを解決してくれるだろう。


 ……と、言えば確かに聞こえはいいのだがな」


 再び、彼は溜め息を吐いた。


「だが、圧倒的に兵士が足りておらん。戦域と占領地が広すぎて、一地域ごとの支配ができていない。


 補給線は何とか確保できているが、今度はそれそのものが限界だ。恐ろしい速度で広げ続けたツケが各所に現れてきている。あらゆる武器・弾薬が不足してきているという報告はひっきりなしだが、それを運ぶ輸送車も、それを運転する兵士も、まるで足りていない。


 限界が来ているのは兵士にもだ。動きが速すぎるせいで休養が足りん。だから無理やり地方から兵士をひり出す必要があったし、訓練も最低限にする必要があった。そのしわ寄せが、あの水兵だ」


 つまり、徴兵年齢の引き下げ。


 かつ、訓練の切り上げ。


 人的資源に劣る神聖帝国に許された、最後の手段であった。


 そして、それは、この細身な国家を骨までしゃぶり尽くす悪魔である。


「少佐殿……」


 ハートマンは自分の声が僅かに震えたのに気がついた。しかし、その理由は遠くない将来訪れるであろう崩壊に対してではない。


 彼は一つの希望を知っていた。それは、ガランドルとも共有されているもので、ヨハナ・フェーゲラインとも関係のあるものだった。


「……分かっている。そのための『第二案』だ。だが、今詳しく詰めるのはよそう。それは後だ。貴様も疲れておろうし――何より、それについて皇帝陛下からご意向を聞くには、まだ敵国が近すぎる。『実行』の可否は陛下にかかっているのだからな」


 ガランドルはそう言うと、解散の指示をハートマンに出した。ハートマンは立ち上がって、再び敬礼をすると、部屋から立ち去った。


(やれやれ……しかし新兵ばかりの輸送船が出迎えとは、やはり我々は……?)


 ガランドルはドアの向こうに行ったハートマンに相談しなかった不安を自分の胸の中で適当に処理して、それを空気に変えると呼気と共に吐き出した。


 当然それは、ハートマンには届かない。

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