第八十四話 ハートマンの行軍
モニターは茶一色。土の色に枯れ草が幾分か混ざった複雑な茶色だ。戦場色とでも名付けるべきものであろう。現役時代に慣れ親しんだ色だ。
機体がまた激しく揺れる。塹壕と装甲に阻まれてもなお大きな爆音が同時に耳をつんざく。
そうして聴覚が痺れたところに遅れて、細かな土塊といった落下物が装甲を叩く音が間の抜けたドラムロールのようにコックピットに広がる。
戦艦による艦砲射撃を受けているかのような威力の砲撃。続けざまに放たれるそれらはアリエテ2の頭を押さえて離さなかった。
陸戦において、砲兵は女神であり、威力が高いほど後光が増す。その慣例に従って言えば、神聖帝国軍こそが勝利の女神と深く通じていた。
しかし、私兵たちの指揮官は吹き荒れる女神の嘲笑の最中にも怯まなかった。彼らは新兵ではない。むしろ、この悪夢の真っ只中にいることというのは、彼らにしてみれば、魚にとっての水のようなものである。
それこそ一杯の冷水を朝に飲んだかのように思考をクリアにすることに成功した彼らは、依頼を達成するために更なる知恵を絞り出そうとした。
なるほど確かに砲撃の威力そのものは素晴らしい。どうも機装巨人で最新鋭のルメンシス艦隊を撃破したというのは強ち嘘ではないようだ。下手すればこの国を地盤ごとひっくり返し得るだろう。
しかし、その反面、精度と発射間隔はかなり悪いようであることを彼らは見抜いた。
自動で魔力を充填する魔砲ならば、照準を合わせっぱなしにしておけばいいし、ものにもよるが弾速が速いため、風などの影響も小さい。
対して、弾体を投射する方式では、火力は見ての通りでも、装填のために一回一回肩から降ろさねばならず、照準をやり直す必要があるし、弾速は絶対的に遅い。
もちろんそのような神聖帝国の新兵器の性質を彼らは知らなかったが、一度交戦すればそれらはたちどころに分かってしまうものだった。
何しろ――重ね重ね言うが――彼らは精鋭なのだ。戦場において冷静なベテランの観察力から逃れられるものはない。
装填の隙をついた指揮官機は恐る恐る機体の頭を塹壕から出し、丘の下の敵を監視する。
如何に砲撃を受けていても高所というアドバンテージが消えることはほとんどない。敵の動きは煙で途切れ途切れではあったが、戦場ではそれぐらいの障害物があっても丸見えだと言えた。
しかし、その良条件は、彼にとって嬉しい情報を連れてきはしなかった――強いて言うならば、それは憂いであった。
もうもうと立ち上る煙をかき分けながら、敵機が前進してくる姿を、どうして朗報と言えるだろうか?
その後方では、車両が一台、歩兵を随伴して我先にと港方向に離脱していくのが見える。するとそれに例の要人が乗っているのは明らかだろう。
言うまでもないが、新型機による砲撃は続けられている――ちなみに、ここで彼らは初めて何か物体を撃ち出しているのだと気づいた。
あらゆる状況が彼らにとって危機的だということをそれは示した。しかし、それは朗報だったのだ。ある前提をもってすれば!
そう――私兵たちが敵の戦力全てを知っているのに対して、敵は彼らの総数を知らないのだ。
高所に陣地を設けることのの利点は大きく分けて二つ。
一つは、前述してきた通り、敵情を簡単に知ることができるということ。
もう一つは――敵からでは、見上げる形になるために、頂点近くと稜線の向こう側の陣容を見ることができない、ということだ。
ムニジョウ・エイロクと礼一少年との戦いを思い出してもらいたい。あの戦いでは、礼一少年が冷静ではないにしろ、本能的に後者の理論を使って身を隠していただろう。
それと同じ原理を、彼らも使っていた。
つまり、全体を二つに分け、二機が隠れ、残り二機が正面で戦う――という戦法を取っていたのだ。
狙撃をする際、車両だけを狙ったのは、このために機体数が足らなかったためである。
もし全機で狙撃していたとすれば、形勢不利と思われて、逃げられてしまっていただろう――そうなれば、鈍足のアリエテ2では追いつけない。
それだけではない。そもそもアリエテ2は既に元の主人である教皇軍から退役済である旧式。仮に敵が戦いに乗ってきたとしても、同数確保の上での「ガチンコ勝負」では、当然最新鋭の機体には勝てるはずもなかろう。
戦力的制約によって戦術的勝利が見込めないとなれば――大半の指揮官は次に戦略的勝利を狙うものだ。この場合のそれは、「車両の確保」、である。
確かに、局地的な数的劣勢は質的劣勢であるアリエテ2を更に苦しめることになるかもしれない。下手な戦力分散は愚の骨頂なのは、古今東西変わることがない真理だ。
しかし、如何に旧式といえども時間稼ぎぐらいは可能である。ならば、義を見てせざるは勇無きなり――たった一筋の勝機のために綱渡りをするだけであり、そのような賭けは戦場の常であった。
砲撃の最中、稜線の裏側に沿って攻撃隊が出陣。それから少し経つと――準備砲撃は止んだ。と、すれば次に来るのは統制の取れた突撃。
囮隊は塹壕から機体の上半身を出し、射撃を開始した。
揺れる車両の中には縛られた礼一少年とヨハナと、彼らを運んできた男、それに無造作に寝かされた傷病者数人の他には誰もいなかった。
車両の荷台に張られた幌には窓がない。そのため礼一少年は、音からの距離しか判断材料がなく、車両が戦場から離れていくということしか分からなかった。
戦闘から離れる――ということは、彼にとっては危機的状況であった。あの襲撃者の正体が、彼の見た通りもしも本当にミヤシタ商会の私兵ならば、当然助けが遠のくということでもある。
何としてもこの車を止めるか、でなければこれから降りなければならない――が、完全に抵抗を封じられているのは前述してきた通りである。
万事休す――そのような状況だからこそ、彼はようやく頭に上ってきた疑問に対して向き合うことができた。
そもそも――何故、自分は死んでいないのだろう?
それが、第一の疑問。
今思えば、おかしな話だ。彼らは(個人の視点から見れば)大規模な軍事力を体系的に使うことができる集団なのだ。
現に、彼らが礼一少年を襲ったとき、対象が一人でも油断せずに二人でかかることもしていた。それも挟撃である。
もちろん、それは失敗した――が、だからこそおかしいのだ。完璧な連携プレーをされていたのなら、礼一少年ごときの素人は死んでいるはずなのだ――それは、彼自身すらそう思っていた。
そして、気づいた。彼は、一発も発砲されていないのだ。
つまり、銃は剣より強し。
この原則がある以上――彼らはそれに逆らえずに、武器の使用制限のない礼一少年に討ち取られ、数で圧倒することでその優位を打ち消した。
では何故、彼ら黒服は武器の使用を制限されたのか――それは、礼一少年を縛る縄が答えである。生かして、捕らえる必要性があったのだろう。
しかし第一の疑問が解けただけでは謎が謎を呼ぶ。
これが第二の疑問。礼一少年を捕らえ、ヨハナをもそうする理由――である。
礼一少年は、言うまでもなく自分をただの人間だとは思っていない。そう思い込むには、あまりに自分の手を汚しすぎたことを理解していた。
二人で生きるためであった、という言い訳も忘れないが。
それに、彼にその開き直った罪悪感がなくとも、コロシアムの選手というのは少なからずスター性を持つ。と、すれば「彼」の方には理由があったのかもしれない。
だが、その一方で「彼女」の方はどうか?
ヨハナ・フェーゲラインは、一人の街娘である。一人の聖職者である。一人の心優しい善良な孤児院の管理人である。礼一少年の想い人でもある。
だが、裏を返せばそれ以上でもそれ以下でもないのだ。自分ほど彼女の近くにいたものはいないのだという自負が彼にそれを確信させた。
――では、機装巨人を振り回すようなレベルの連中が、一体何故、ルメンシスに住まう一人に過ぎない彼女をさらうような真似をする?
そこには確かに謎があった。しかし、そうして深く自分の置かれた状況を分析する内に、彼の思考はその不自然よりも、これだけの数を以て彼と彼女の生活がある日突然破壊されたという理不尽の方を珍重した。
彼はプロの兵隊ではない。戦闘をしたことはあっても戦争をしたことはなかった。だから、冷静さという点では比べようもなく劣っていたし、ストレスにも脆かった。
そして、敵意を隠す術も知らなかったし、情報を敵から盗む技も、当然なかった。
「お前たちは何者だ、何が目的だ、何故僕たちを攫う?」
その結果繰り出されたのは、このような無骨な言葉だった。敵意を孕んだ視線を、見下ろしてくる男にくれてやるのも忘れない。
だが、その行動にどのような効果があったのかと言われれば、皆無であった。テクニックも何もないのでは、彼の置かれた状況は最悪と言えた。
返答の代わりに返ってきたのは、冷然とした目線であった。それが背の高いその男から降り注いできた――そのことが、またも礼一少年を一段と苛立たせることになった。
「ヨハナさんを解放しろ、彼女は何にも関係ないはずだ、何故捕らえる必要があった?」
口から飛び出したのは、またも無骨なそれだった。しかも、質問ではなく要求の形を取ってもいるために、その不躾さは先程の言葉を大きく上回っていた。
返答は、当然、あるはずがなかった。
なかった、の、だが。
ヨハナ、という言葉を聞いた瞬間、男は少しばかり驚愕に目を見開いたらしかった。
それは礼一少年が次の単語が紡ぐまでの一瞬のことであった。だからすぐに次の行動に希釈され、見えなくなる。
「――お前は、何も知らないでここにいるのだな」
背の高い男はさも不快そうに顔を歪めながら、持ち前の低い声でそう言った。そこには軽蔑の響きだけがあった。
だが、すぐに誤魔化せたとしても、記憶までもを消すことは出来ない。
一連の会話がかんに障ったというのも返答した一つの要因ではあるかもしれないが、それ以上の何かが男の言葉の背景にはあるように礼一少年には思えた。
そして、それを解き明かすキーワード――「ヨハナ」。
そのピースの登場により、第二の疑問は反転し、その上一歩後退する。
つまり、彼女にこそ攫われる理由があり――彼にこそ、ない。
そしてその理由は、分からないのだ。
しかし、不確かな木漏れ日のようであったとしても、それは確かに光明であった。
この男は、ヨハナを知っているのだ。
「ヨハナさんが……ヨハナさんなのか? じゃあ何をしたってッ……」
だが、礼一少年はそれを思考の中に活かすことはできなかった。
理由は二つ、常にヨハナの側にいた礼一少年の知識を以てしても事態を解明するには不足であったことと、男が思考する彼の、隙だらけな腹を力一杯蹴ったことである。
「これは教訓だが――捕虜である内は無駄口を叩かないことだ、そうしていれば、余計に暴力を振るわれずに済む」
礼一少年が息もできずにまるで水揚げされたばかりの魚のように荷台で跳ねるのを見下ろしながら、男はそう言った。
「分かったら返事をしろ」
もう一撃が礼一少年の腹へ叩き込まれる。彼は呼吸ができなくなるのを感じた。いくら口を開けても息が入ってこないのだ。
「ぐ……ぐゥゥゥゥ……」
言葉の代わりに出て来るのは奇妙なうなり声である。喉の奥が空気を求めて異常な振動を起こしている。
しかしそれを敵意と見なしたのか、男は変わらず冷然としていた。
「私は返事をしろと言ったのだ、返事をしろ、ナカジマ・レイイチ」
――名前! 礼一少年は、苦しみの最中であったが、ヨハナのそれと違い、告げた覚えのない自分の名前もが呼ばれたことに驚きを隠せなかった。
しかしその次の瞬間には第二撃が同じ場所に叩き込まれ、それが彼の心を思考・理性から生存・本能へ、彼の体をヨハナの側から横たわる兵士の近くまで移動させた。
その衝撃でようやく彼は咳き込むことを許された。息の仕方をようやく思い出したのだ。
「ゲホっゲホッ…………ッ、どうして、僕の名前を知っている! お前たちは何だ! 何がしたいんだ! こんな大掛かりなことをして!」
最早繰り言だった。それ以外にできることはないという無力さの証明であった。事実、男が一歩近づいた瞬間、彼にできたことと言えば、更なる一撃を覚悟して、歯を食いしばるぐらいのことだった。
しかし、どういうわけか今度は男も蹴ろうとはせず、意地悪そうな目を、しゃがむことで芋虫のように横たわる彼に近づけた。
「全く――戦争をやっている国に住んでいるくせに、攻め込んできた奴に『お前は誰だ』と聞いたのは、貴様が初めてだろうな」
「どうして僕の名前を知っている、ヨハナさんのもだ。攫うためか」
「話が噛み合わん、知ってどうする。どうにも無駄なことか余計なことしかできない口しかないらしい――ならば、要るまい」
男は腰の後ろから何かを取り出し、反応の隙を与えないほど素早く礼一少年の口に突っ込んだ。礼一少年が反射的に吐き出そうとした瞬間に男は耳元で淡々とした口調で呟いた。
「動くな。動いたり喋ろうとすれば舌が落ちる。舌が落ちれば喉に詰まって息ができずに苦しんでから死ぬことになる。それを免れても血が流れすぎて死ぬ。理解できたな?」
その言葉を聞いて、礼一少年は自分の口の中にあるそれが刃物の類であることを理解して戦慄した。
「ふん、大人しくなったか――いいか、これも教訓だ。捕虜は訊く側ではなく聞く側であり訊かれる側だ――分かるな? 貴様は捕虜だ。捕らえられているのだよ」
男はそう言いながら刃物を更に奥にやることで僅かに残されていた遊びをなくした。
礼一少年は口の中で見えない刃先に怯えるように、体をその分後ろに下がらせようとすると、背中が何かにぶつかった。それが呻いたところからすると、傷病兵らしい。
既に後ろには逃げ場なし!
「――ほう」
男は感心したような声を出した。その絶体絶命の状況、断崖絶壁を背に立っているかの如き戦況だというのに、目の前の少年の目から戦意が失われなかったからだ。
彼は未だ男を睨みつけていた。
まるで、お前らが誰であれ、好きにはさせない、と言わんばかりに、その目は爛々と光っていて、揺れることもなく真っ直ぐと男へ向けられていた。
男はその気迫に無自覚ながら押され気味だったのかもしれない。何故なら、その少年が彼自身の口に差し込まれた刃物をその手で掴むまで、男は自分の優位がなくなったことに気づかなかったのだから。
「何っ!?」
馬鹿な、と言わなかっただけ、男は現実を受け入れる頭を持っていた。
縛られていた手が前に出たというのなら、そのための縄が何らかの条件によって切れたというだけのこと。ならば今は目の前の危機に対応するのが先だった。
しかし、男にできることはほとんど何もなかった。少年は混乱している男を突き飛ばし、首尾よく刃物――それは銃剣であった――を奪うと、そこからは相手にせずに、膂力だけを使って横をすり抜け、背後にいた誰かの首筋にそれをあてがった。
――ヨハナ・フェーゲライン!
礼一少年は、ヨハナを人質に取ったのだ。
「…………なるほどな」
礼一少年の仕掛けたお得意の電撃戦の衝撃から復旧したらしい男は静かにそう言った。
「どうやら貴様を見くびっていたらしい――貴様は大した奴だ。来るかも分からないチャンスのために命を懸けるとは、伊達に勝負の世界に生きているわけではない、ということか。これは、こちらの教訓ということにしておくよ……」
男は傷病兵を見た。先程まで少年の背中が押しつけられていたそこには、傷病兵自身の小銃と備えられた銃剣があった。
これで縄を切るということを、どこかのタイミングで考えついたのだろう――ひょっとすると、それは押しつけられた正にそのときかもしれない。
なるほど、これは男のミスだった。礼一少年をそこに追いやったのは他の誰でもない自分だったことを男は忘れたりはしていなかった。
しかし、追い詰めていた相手にかわされ、最重要目標をまんまと人質に取られるという失策にも関わらず、男は礼一少年に一歩近づいた。
まるで勝者は自分だと言わんばかりの自信がそこにはあった。礼一少年は震える声を振り絞ってこう叫んだ。
「……何をしている! 近づくんじゃない! 近づけば彼女を傷つけるぞ!」
言葉は壁ではないから男は止まらなかった。むしろ代わりに一歩ずつ、自分の言葉だけを通す。
「人質というものの条件は二つある。一つは、人質が相手にとって重要でかけがえないものであること」
「近づくなと言っている! こちらは本気だぞ!」
「もう一つは、人質が自分にとってどうでもよいものであるということだ――ここで質問だが」
男の顔がもう目の前にあることに礼一少年はそのとき初めて気づいた。
「ウッ……」
「その女は、お前にとってどうでもよいのか?」
次の瞬間、男は礼一少年の手から銃剣を奪い返し、余った片手でその顔を殴ろうとした。礼一少年の顔に拳が迫る! ――しかし、彼が覚えていられたのはそこまでだった。
それはそのまま殴られたためではない。
車両そのものが爆発音と共に横転し、乗っていた彼らは投げ出され――そこで、彼が気絶したからだ。
草いきれを掻き分けて、機装巨人が進む。稜線を使った先回りといえば聞こえがよいが、結局それは遠回りである――とすれば、最早一刻の猶予もなかった。
榴弾を足元に食らって横転した魔導車の側では、巣を熊に揺すられた蜜蜂のごとく随伴歩兵が群がって、魔導銃による射撃を続けていた。
魔導銃の雨を弾きながら、アリエテ2はお返しとばかりにその装備するところの40mm魔砲を発砲した。
機装巨人戦ではあまりに火力の弱い豆鉄砲だが、脆弱な歩兵相手ならば充分すぎた。原形を留めない肉片が発砲の輝きと共に宙に舞う。
それは先程までの機装巨人戦とは対照的に、一方的な戦いであった。
歩兵たちの必死の抵抗にもかかわらず、機装巨人の進撃スピードが弱まることはなく、彼らはあれよあれよという間に魔導車まで百メートルの距離に迫った。
それは歩兵の断末魔が聞こえる距離であり、怯えた顔も見える距離でもあった。
それらは壊滅の兆し、操縦士たちは戦略的勝利を確信した。前を行く三番機は接近戦のために魔砲を捨て、抜刀する!
しかし、後続の四番機は、今にも逃げ出しそうな歩兵たちの中に、「何か筒状のもの」を担いだ者がいることに気づいた。それの正体を理解した彼は僚機に警告を発そうとするが、遅い。
瞬間、光と音が四番機とその周囲を満たした。爆発だ。それも、手榴弾による肉薄攻撃ではない。
例の、新兵器。そのミニチュア版を撃ち込まれたのだ。
もちろん、精度は相変わらずで、小さくなった分、射程はより短いが、その代わり、射手は大量にいたし、しかもそれらは機装巨人と違い、草むらに隠れ得るほど小さかった。
四番機は煙に遮られた視界の端で、三番機が擱座炎上しているのを見た。また自機の左腕が根元から吹き飛んでいるのに気がついた。
大きければ戦艦をも沈められるそれは、小さくとも機装巨人ぐらいなら撃破できる!
その威力を実感した彼は恐怖を打ち払うように叫んで、遅ればせながら抜刀した。草むらに隠れているのなら、それごと首を刈り取ろうという判断であった。
しかし、突撃の第一歩を踏み出したと同時に、ブレードを持った右腕が弾け飛んだ。
――被害の感じが新兵器のそれではない!
――魔砲!
反射的に彼は機体に丘上の方角を向かせた。そしてそのまま胴体正面に被弾し、体をコックピットの中に撒き散らして死んだ。
それを仕留めた109は、放熱する魔砲をゆっくり下ろした。その後ろには塹壕から上体だけを出した状態で燃えているアリエテ2が二機いた。
いずれも彼とその僚機の正確無比な射撃による戦果である。長い手足は、砲身の長い魔砲でも構えやすくなるように設計されたものであり、その威力は市街地ではなく平原でこそ戦闘力を発揮するものだった。
こうして、「ルメンシスの戦い」と呼ばれる一連の戦闘は終結した。ルメンシスから港湾部までの進撃は、そのスピードから、特に「ハートマンの行軍」と呼ばれ、後の歴史家たちの語り草となっている。
戦争らしいことが終わり、日が一日が始まることを知らせる頃になると、人々は恐慌から解き放たれ、一体何が起こったを確かめ合った。
僅か数時間での戦闘であったが、市街地に住む人の多くが亡くなり、生き残った者も酷い怪我を負っていた。
その壮烈さたるや、ルメンシスのメインストリートの石畳はいくら洗っても血の色が取れず、全て取り替えることになったほどである。これも、主のいない国庫を圧迫することは明らかだった。
しかし、その血の惨劇のあったルメンシスにおいて、ミヤシタ商会は幸運にも無事だった建物の一つであった。市街の中心部からも、宮殿からもその建物は遠くに位置していた。
が、その主たるサンキは内心穏やかではなかった。撤退阻止に送った傭兵部隊からの連絡が途絶えてからもう一時間になるからだ。
戦闘の音はもうどこからもしない。それなのに連絡が来ないというのは、つまり全滅したという可能性もあった。
そのとき、執務室の術話が呼び出し音を鳴らした。ミヤシタは待ち望んでいたようにそれに出る。
「俺だ」
しかし、飛び込んできたのは待ち望んでいたそれではなかった。フィウミティンの情報屋からの、機装巨人と魔導車を積み込んだ大型船が出航したという知らせを聞いて、彼は顔を曇らせた。
それは、つまり、私兵たちが敗北した、ということを意味するからだった。
「……ありがとう、すまない」
それだけ言って、彼は受話器をゆっくり置いた。それから、カップをつまんで、苦味と共に飲み干した。
――まだだ、まだ終わらない。
まだ手はある。
すると彼はまた受話器を取って、どこかへと連絡し始めた。




