第七十四話 開戦――陸の場合
二十年前、戦争があった。
戦争など、その地域に関しては遥か昔に一度あったきりであった。
それがトイタス森の戦い。
ルメンシス教国と現在そう呼ばれている大帝国が、そうなることを自らに運命づけた――まさに、人類史に残る決戦である。
とはいえ、これはルメンシス建国の時代――つまり、最早(少なくとも『この世界』においては)中世と呼ばれる時代の話である。
ただし、「礼一少年の世界」の軍事レベルとしては――その遥か以前、古代と相違なかったことは記述しておくべきだろう。
つまり、未だ騎兵が重装歩兵を翻弄し蹂躙しえた時代。
言い換えれば、騎馬民族全盛期。
その甘美なる闘争の壷に万学の祖たる大魔導師は「機装巨人」という劇薬を投じた。
それが、トイタス森という戦場において一つの完成形を見せたとき、歴史は大きく変わった。
『礼一少年の世界』を基準として見れば、歪んだ、と言ってもいいだろう。
たった一人の人間が考えた、たった一つの新兵器が使われた、たった一つの戦いが、政治を進め、工業を進め、文化を進めた。
その不自然な行進速度の反動として帝政や宗教組織といった中世的なものが生まれ、残ったのは皮肉だが。
その歴史的勝利から歪んだ時は進み――今からおよそ二十年前。
その敗北者たちが復讐しにきたのだった。
かつてサバッジ人と呼ばれた彼らは、同化を進めるルメンシス人から技術だけを奪い、自らの誇りを取り戻すために蜂起した。
「世界の武器の全てがそこにある」という形容が生まれたところから、その戦いの激しさが分かろうというものである。
だからその国境では、数多くの実戦級の部隊が今なおその方向に睨みを利かせている――。
しかし今や、それはもう過去形にしなければならないだろう。
と、数少ない、独立戦争以来の機装巨人乗りの彼は思うのだった。
彼はコックピットの座席を上げて、ハッチから乗り出し、後ろを見る。鬱蒼とした森を背景にして、疎らに機装巨人と歩兵から成る列の前半部が見える。後半は木々に隠れてよく見えないのだ。
これが、今のルメンシス――の、皇帝軍の現状である。
八年ほど前の東方民族戦争にノウハウのあるベテランを兵科問わず投入した結果、それらが磨耗し、消費され、潰えた。
潰えたものは補充されねばならない――幸い、数という点に関して言えばこの国は困苦にあえぐ必要はない。
だが、初めから誰もが精強な兵士なのならばルメンシスは世界を征服できたはずだ。
そんなわけでここにいるのは二十年前の自分のような新兵ばかり。
ついこの間までその手には魔導銃でも機装巨人の操縦桿でもなく農具を握っていたような連中ばかりだ。
グチャグチャとした列とも呼べぬ何かしらを見つめながら、彼は溜め息を吐く。
新兵ということがどういうことか――それは、端的に一つの言葉で表せる。
それは、集団ではない、ということだ。
なるほど、彼ら新兵とて、まるきり集団で生きてきていないというわけではないのだろう、最低限の集合はできている。
それに、ムラという小さな社会においての生活はどう言い換えても結局集団生活でしかない。
しかしそれは同時に、決して集団「行動」ではない――「ある一つの行動を取る全体の一部としてそれを構成する他の個体と同じ行動をする」ということではない。
それが、この惨状なのである。
動員が急すぎ、かつ大規模すぎたため、それを兵士に仕上げることができていない。二十年前に犯した過ちをまた繰り返している。
その理由が平和だったが故の二十年前とは逆に、今度は戦争のしすぎだというのは運命の皮肉だろう。
――いかんな。
と、彼は思う。発想が悲観的すぎる。経験上、敗北とは常に人の心の中からやってくるのだ。
心が荒めば、戦いにもその乱雑な様子が現れる。
乱雑に戦うということは、自分の命をもそう扱うということだ。
では、いいこと。
それは、この森に始まる鉄壁地帯であるということだ。
非常に込み入ったこの森は、見通しが悪く、地形も複雑であるから、今の彼らのように新兵だらけであれば小隊規模でも統制が取れず立ち往生しかねない。
精鋭をもってしても、戦略規模の大規模展開となると厳しいだろう。
たとえここを踏破したとしても、限られた道路ではすぐに詰まるはずで、補給はどうしても細くならざるを得ない。ルメンシスとしてはそこを叩けばいいわけだ。
しかし、そもそも敵軍はこの森に踏み込むことすらままならないかもしれない。
というのも、この森の向こうには湿地帯と埋立地が広がっているからだ。
ただでさえ軍事的に厄介な地形だが、独立戦争末期にはそこにある堤防を壊し、冠水させることで逆侵攻を食い止めたと聞く。
つまり、森にすら踏み込めなかったという前例が既にあるのだ。
ちなみに、その挺身により、あるいは本国が復興を丸投げするために、埋立地半島は無事オーラー共和国として隣国とは対照的な形で独立したのだが――これは、明確に余談だろう。
何にせよ、そんなわけで、ルメンシス皇帝軍左翼である森の中には、彼らをはじめとする僅かな偵察部隊だけであり、更にその後方の主力においても右翼の要塞線に比して少数であったが、それでも彼らは守りきれると信じていた。
特に彼は経験からそう確信していた。
たとえこちらが新兵であちらが精鋭だとしても、数の力は凄まじく、抗いがたいものだ。補給も続かない中を進むことになるというハンデを鑑みれば、頭が痛くはなるが、互角以上ではあろう。
もちろん、二十年前の戦争で彼の小隊の前に颯爽と現れた「赤き皇帝」のような、数をものともしない例はあるが、それは例というよりは例外と呼ばれるべき化け物だ、と彼は思う。
三機で損傷した一機に挑んで、返り討ち。
自分だけが生き残ったのは、小隊の末席で、援護が主体だったからだろう――と、彼は昔を思い出しかけて、やめた。それはただ辛く無力な思い出でしかなかったからだ。
しかし、彼はもう少し思考を巡らせるべきであった。
そうしていれば、もしかすると、「戦略的に包囲され、殲滅されたルメンシス軍左翼の一部」などという、不名誉な謚を受け取ることもなかったかもしれないのだが。




