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転生少年機人剣闘活劇 コロシアム  作者: 戸塚 両一点
第六章 「一人の戦士が対峙し、その因縁を断ち切るまで」
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第七十二話 ルメンシスの空に

 さっきからまた降り出した雨が石畳を叩く音が壁をすり抜けて執務室を満たしていた。その中でミヤシタは机を縦にも横にも埋め尽くす大量の書類と格闘していた。


 その大半は、例の草原の戦いに関するものである。正確にはその決闘の合法化と正当化と不可視化に関するものである。


 もちろん、こういう荒事での常套手段として、役人なり門番の兵士なりに鼻薬を嗅がせてはいる。


 だが、それだけではどうにもならない部分はそれなりにあり――それがこのように、物理的障壁として現れるのだ。


 例えば、草原に無数に走る道路。戦いがそこで行われているとなれば、当然無関係な車両が通った場合危険であるから、全てではないにしろ封鎖されなければならない。


 しかしそうするには鼻薬だけでは、干渉しなければならない部署があまりに多すぎるため、効果不足であるのだ。


 商業関係であったり、役所関係であったり、軍事関係であったり、宗教関係であったり――軋轢を避けるようにやるなら、道というのは全ての部署にかけ合う必要がある。


 若干意味は違うが、「全ての道は『ルメンシスに』通ず」、というわけだ。このようなとき賄賂は精々手続きの処理を早める程度の効果しかない。


 はぁ、とミヤシタは溜め息を吐く。本日十何回目のそれである。


 その理由の半分は、言うまでもなく、この目の前を埋め尽くすそれに。


 しかしもう半分は――その量が平生より多すぎることに。


 今回の事件に際して、ミヤシタ商会は少なからず武器の輸入をやった。「無銘」にしたって、土塊から生まれたのではないのだから、オッデン本国からの輸入という形になる。


 武装もそうだ。ちなみに、これは本来機体と同時に届くはずだったのが、中継地のパンザス帝国でトラブルがあったらしく後からミヤシタ商会に届いた。そのため、ムニジョウが機体を強奪した際には搭載されていなかったのである。


 しかしそれでも書類としては機体と同時に届いたことになっている――既に処理済みだ。


 問題は、照準器である――これは備え付けのものでは役に立たないと考えたのか、ムニジョウは別に注文してきた。


 そして、それは、神聖帝国製であった。


 たったそれだけのことだったのだが、役所的には、それが気に食わなかったらしい。いつもの届け出をした後日、役人がどっさりと追加が届けに来た。いつの間にか追加されていたらしい関税の不足分をも取り立てた。


 キッチリとした書面を盾にとんでもない額を踏んだくっていくと、その役人は「武器の輸入には重い制限がかけられている、どうしても輸入するのならこれを書け、でなければ軍が動く」というような内容のことを言い残して帰って行った。


 どうせまともな用途に使わないのだから、まともに手続きせず密輸入すればよかった、と普通なら考えるのだろう。


 だが、そうしなくてよかったかもしれない、という、真逆のことを思っているのが彼の「商人」性と言ったところだろうか。


 これは、異常だ。


 以前にも神聖帝国から武器をいくつか輸入したことはある。もちろん、街のヤクザなり自分たちなり用の魔導拳銃や魔導小銃などの小火器がほとんどである。


 だから機装巨人の遠距離用照準器のようなものは少なかった――とはいえ結局、それが武器であることには変わりないだろう。


 それに、増えた書類のほとんどは結局照準器に関してだけであった。


 つまり、その後も、オスカーの部品をはじめとした本国からの物騒なあれこれはあったにもかかわらず、それに追加書類が課せられることはなかった、ということである。


 ならば何故、突然書類が増え、関税が重くなり、かつ厳重注意までもらわなければならなくなったのか。


 そしてそれらは神聖帝国からのものにのみかけられていたのか。


 ミヤシタが気にかけているのはそれであった。


 もちろん、ミヤシタは優れた商人である。特定の国からの製品にあれこれ言われるということが、国際的視点から見てどのような意味合いを持つのかなど、百も承知なのだ。


 戦争。


 となれば神聖帝国からの、それも武器の輸入にピリピリするのも当然であろう。


 有事に際して、首都に大量の敵国製武器があるということは、最悪の場合、国のトップが暗殺される危険性があるということだ。


 皇帝なり、教皇なりが暗殺されれば、いかなる手段をもってしても混乱が生じることは否めないだろう。


 戦時には、その混乱こそが勝敗を分ける。どれほど優れた将帥だとしても、首都直撃により兵が不安がることを完全に抑えることはできないはずだ。


 それどころか、将帥自体がどちらかのシンパであることの多さを鑑みると、全軍が麻痺しかねない――と、ミヤシタは経験上考えるのだ。


 ミヤシタは机の端に追いやられているティーカップを、下の皿に指先をかけて引き寄せると、その持ち手をつまんで一口飲んだ。口から鼻に芳醇な香りが抜け、それは心理的には落ち着きを生じさせる。


 そのとき、丁度扉をノックする音が雨音より大きく部屋に響いた。ミヤシタは入れと言いながら、紅茶を置く。


「失礼します」


 そんな言葉と共に入ってきたのは、その丁寧さにそぐわない、演劇に使うような馬鹿げたデザインの仮面を被った男だった――否。


「……素敵な仮装だな、パーティー会場はどこだ?」


 ミヤシタがそんな皮肉を言ってやると、その男は慌てたように仮面を取る。恥のあまり赤くなっているらしいその顔は、やはり草原に向かわせた部下の一人だった。


「ご報告があります」


 とはいえ、すぐにショックから立ち直って本来の職責を果たそうとする辺り、この人材は――というよりかは、それを選んだ自分は――素晴らしいとミヤシタは思った。


「何だ」


「草原での戦闘が終了しました」


「そうか、それで?」


「ムニジョウ・エイロクが」


 そこで部下は一瞬溜めてから、


「死にました」


 と、言った。たった五文字の死亡報告であった。


「そうか」


 返すミヤシタも淡白であった。それだけ言って、一旦置いた紅茶をまた口にする。もう彼にとって、ムニジョウ・エイロクという名前が持つモノはその程度でしかなかった。


「ご苦労」


 そう言うと、部下は一礼をしてから速やかに部屋を退出した。また執務室の中は雨音だけがある賑やかな静寂とでも呼ぶべきものが支配した。


 ミヤシタは椅子から立ち上がり、その音の元である窓の外を眺めた。


 そういえば、あの日も雨であった。あの倉庫でのやり取り――事実上、アレがあの男との最後のやりとりになる。


 そう思ったとき、僅かながらミヤシタの胸にこみ上げるものがあった。それを全て表に出す代わりに、彼は空を見上げた。


 水音は部屋に、街に、草原に、ただ響いていた。

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