表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/58

END

完結です。

 葉山さんにプロポーズされた日から数日しても、吾妻さんは相変わらず厳しかった。

 もっと早く!もっと手際よく!と設営でも効率の良さを重視して、細かく指導をしてくれる。宮坂さんとも相変わらずで、顔を合わせる度に喧嘩を吹っ掛けてくる。


 そんな日々を過ごしながら、葉山さんともメールや電話をちょくちょくするようになった。


 ただし、私の提案で仕事の話は一切抜きにするという規制を掛けての会話になる。



 そんな風に過ごしていた、八月の末。


 葉山さんの住むマンションの部屋で、ご飯を食べ終わって寛ぐ。前田さんは久し振りに梶川さんと芹澤さんを連れて飲み歩くと言っていた。


「口を閉じろ」


 くくっと堪えられないとばかりに笑いを洩らした葉山さんは、呆気に取られている私の手を取って薬指にそれをはめた。


「サイズは前田から聞いた」

「あああー!」


 そう言えば、前田さんからファッションリングだと言って渡されたものがあったような。サイズをはかられていたとは露知らず、前田さんのおさがりを貰えたことにホクホクしていた能天気な私。そうと知っていたらはめたりしなかったのに……!


「勿体ないです……指環はつけちゃいけないのに」

「仕事の事ばっかり考えるな。……全く、一番に言う言葉がそれか」

「ありがとう、ございます。嬉しいです」

「嬉しいって顔じゃ無い」

「だって……着けてて傷が入ったらどうするんですか」

「どうもしない」


 葉山さんはさらりと答えるけれど、いかにも高いですと主張する指環を着ける勇気はない。


「は、葉山さんが持ってて下さい!無くしたら怖いですから」

「……お前は本当に」

「はい?」

「何でもない」


 口を閉ざした葉山さんは拗ねたように顔をそらし、微妙に気まずくなる。


 ありがとう、と喜んで受け取るのは簡単だけれど、建前だけで喜びたくない。嬉しいのに、やっぱり気になってしまう。


「葉山さん」

「……」

「葉山さん……」

「……」

「直哉さん」

「何だ」

「せめて、一年間くらいは綺麗なままで箱の中に……」

「お前は婚約指環を何だと思ってるんだ。大した物じゃない、着けろ」

「大した物ですよ……!見て下さいこの輝き!なんか見てたら魂を吸いとられそうな綺麗な……」


 身震いする私を見て、葉山さんが呆れた顔をした。


 きらきらしている指環と私は正に不釣り合い。指から抜いて箱の中に差し込み、蓋を閉じて息を吐く。ああ心臓が止まるかと。



「お前は可愛いな」

「はい!?」

「何でそんなに可愛いんだろうな」

「葉山さん何か悪いものでも食べたんですか……」

「誉め言葉も素直に受け取れないのか。随分と捻くれたな」

「またいきなり意地悪になる……」

「意地悪にさせてるのは美月だろう。可愛い奴だと思ったからそう言っただけだ」

「……ちょっと部屋にいってきます」


 立ち上がる私を引き留めて、葉山さんは膝の上へと座らせた。


 横向きで抱き締められ、わざと耳元へ唇を近付けて来る。


「じたばたするならここでやれ」


 走り出したい。全力で逃げたいけれど、葉山さんはそれを許してくれなさそうだ。


 好きで好きで仕方がない。溢れそうになるくらい、愛しい気持ちが湧いてくる。


「好きか」

「……好きです。だろうなって言わないで下さい」

「ああ。俺も好きだ」

「それは、反則……!」


 真っ赤になった私の耳に、葉山さんが口付けた。小さく鼓膜を刺激したリップ音に益々顔は赤くなって。



「いや、違うな」

「え?」


 唐突に、顔を上げて。直哉さんは私を見つめる。



「――愛してる」




 いつか、クリスタルに囲まれたチャペルで誓いの言葉を言いたいと思っていた。


 ウェディングドレスに身を包み、幸せそうに微笑む花嫁。


 隣に立つ新郎は、気恥ずかしそうに新婦を見つめ――そっと誓いのキスをした。



 羨ましいと思ったのは一度や二度の事じゃない。



 まるで別世界のような空間は、神聖なのに温かくて。


 披露宴前なのに、涙が溢れて化粧を駄目にしてしまう花嫁を今まで何人も目にして来た。



 ――こんな、気持ちなのかも知れない。



 愛しくて堪らなくて、苦しいほどに胸がいっぱいになる。



「私も、私も……葉山さんを」


 穏やかな眼差しが、私に向いて。


「愛して、います」


 幸せそうに、綻ぶ頬。



 斜めに傾いた直哉さんの顔は私へ近付き、やさしくあまいキスをする。


 まだまだ頑張らなくちゃならない事は山ほどあると言うのに、そんな事は一瞬にしてかき消えて、今はひたすら直哉さんを受け入れたいと思わせた。



 一つ、重ねた手のひらがゆっくり絡んで繋がって。


 二つ、互いの眼差しがどちらともなくぴたりと合って。


 三つ、首筋に落ちた柔らかい唇に私は静かに目を瞑る。



「手加減はするつもりだ」



 覚悟は全く出来ていない。だけど、触れ合いたいと思うから。



「――大丈夫、です」



 身を委ねて、力を抜こう。愛しい人と触れ合う為に。



 ――ねぇ、直哉さん。

 幸せの鐘が聞こえるの。


 気のせいだって、空耳だって分かってるのに、頭の中に響いてる。



 間違いじゃないって、私はいま幸せになったんだって、そう思ってもいいのかな。



 どこか遠くで私の幸せの鐘が大きく鳴る。


 これからずっと共に在る、直哉さんと私の未来へその音を何度も響かせていた。




最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ