第二話 女騎士に出会う
第二話 女騎士に出会う
「これが俺の居住区か?」
思わず声が漏れた。
目の前にあるのは、もはや城というより廃墟だった。
城壁は崩れ、窓は割れ、壁には巨大な爪痕。部屋からは灰色の曇り空が見えている。いや、見えすぎている。天井が半分ない。
「激戦区……確かにその通りなんだろうな」
土埃。黒煙。遠くから響く爆発音。
静かに暮らしたい俺とは致命的に相性が悪かった。
「……帰りたい」
だが帰ったところで、魔王城には期待と勘違いが満ちている。たぶんここより面倒だ。
「レオニス様」
後ろから声がした。
振り返ると、魔族兵が青ざめた顔で立っている。
「本来であれば歓迎式典を行う予定でしたが……」
「いらない」
「助かります」
本音が漏れてるぞ。
「現在の被害状況ですが、東側城壁が昨日崩壊しました」
「うん」
「食糧庫が一つ燃えました」
「うん」
「西地区で人族軍との小規模衝突が続いております」
「うん」
「さらに――」
「もういい」
頭が痛い。
平穏とは真逆。完全に戦場のど真ん中だった。
その時だった。
「敵襲!!」
城内に怒号が響く。
「人族の騎馬隊を確認!!」
「居城へ接近中!!」
崩れた城壁の向こうで土埃が舞い上がる。
その中を数十騎の騎馬隊が駆けてきた。
先頭を走る一騎。
銀色の鎧。長い金髪。
泥と血で汚れながらも、その姿勢は崩れていない。
女騎士だった。
まあ、先頭にいる辺り隊長なんだろう。
転生してから初めて見る人族。
百年間、魔王城の奥で生きていた俺には、人との接点なんて一切なかった。
だから少しだけ不思議な感覚だった。
そして同時に、妙に会ってみたいとも思った。
だって元々、人間だから。
女騎士は損傷の激しい城壁の上に立つ俺を睨みつける。
その目には敵意と覚悟があった。
魔族領最前線。
きっと互いに、嫌というほど殺し合ってきたのだろう。
「迎撃準備!!」
「弓兵前へ!!」
「レオニス様、お下がりください!!」
騒がしい。
だが女騎士は、俺から視線を逸らさなかった。
……まあ。
俺をこの場の領主だと認識したのだろう。
自分でも思う。
皆ぼろぼろな武装なのに、俺だけ真新しい服だ。
綺麗な黒衣に装飾付きの外套。傷一つない長靴。
どう見ても偉い奴だった。
女騎士が長槍を向ける。
「……新たな魔族の長か」
声は疲れていた。
騎馬隊も限界なのだろう。鎧は傷だらけで、馬も息が荒い。
それでもここまで突っ込んできた辺り、相当追い詰められている。
俺の感想は一つだった。
(大変そうだな……)
女騎士は鋭く叫ぶ。
「我が名はエルミナ・クロイツ!! 王国騎士団第三騎士隊隊長!!」
数十騎の騎士達が槍を掲げた。
統率は取れている。ぼろぼろでも精鋭なのだろう。
「新たなる魔族の長よ!! 名を名乗れ!!」
周囲の兵士達がざわつく。
魔王一族へ名乗りを求めるなど、本来なら無礼極まりない。
だが俺は普通に答えた。
「レオニス」
「……それだけか?」
「名字まで必要?」
エルミナの眉がぴくりと動く。
仕方なく続けた。
「レオニス・ヴァルガルド」
その瞬間。
エルミナの目が見開かれた。
「ヴァルガルド……魔王一族か!!」
空気が変わる。
騎馬隊が一斉に兜の面を下ろした。
完全に突撃態勢だった。
「全軍――!!」
騎馬が地面を蹴る。
数十騎が一斉に俺へ向かって加速した。
……うわ、本当に来た。
だが俺は、迫ってくる騎士達を見ながら別のことを考えていた。
食事も取れてない。
疲労困憊。
死にそうな顔で突撃。
……ブラック企業時代の営業部みたいだな。
そして気付けば叫んでいた。
「歓迎しよう!!」
――轟音。
空気が震えた。
崩れた城壁が揺れ、黒煙が吹き飛ぶ。
……あ。
久しぶりに大声を出したせいで、つい魔力が漏れた。
魔族兵達は尻もちをつき、騎士団はまとめて落馬している。
「な、なんだこの魔力……!!」
「化け物か!!」
エルミナですら長槍を突き刺しながら耐えていた。
……なんだろう。
魔力って不便な気もする。
普通に会話したいだけなんだけど。
俺はため息を吐きながら、半壊した城門へ向かう。
そして自然と身体が動いた。
社畜時代の癖だ。
「遠路ご苦労さまです。どうぞ中へ」
完全に営業モードだった。
騎士団は何故か震えていたが、逆らう気はないようだった。
わかる。
その気持ちはよくわかる。
社畜だったから。
理不尽に強い相手には逆らえない空気ってあるんだよな。
城内はさらに酷かった。
廊下は崩れ、壁には穴、天井は所々抜け落ちている。
「話せそうな場所……たぶん広間だな」
なんとなくで決めた。
だが広間も酷かった。
長机は真っ二つ。椅子は粉砕。床には瓦礫。
俺はしばらく考え、片手を上げる。
すると瓦礫がふわりと浮き上がった。
砕けた石材を座りやすい形に並べ、円状に配置する。
即席の話し合いスペース完成である。
「適当に座って」
エルミナ達は絶句していた。
……またやったか?
でも椅子ないし。
やがて全員が恐る恐る腰掛ける。
「レオニス様……本当に会談を?」
「敵ですよ……?」
「でも腹減ってる時に戦争しても効率悪いだろ」
また全員が黙った。
なんでだ。
普通の話じゃないか?
俺は空間魔法を発動する。
広間の中央に黒い裂け目が現れ、そこから大量の食料が落ちてきた。
干し肉、果物、焼き菓子、スープ、酒、巨大なパン。
魔王本拠地の備蓄庫から適当に取り寄せた。
「皆の食の好みわからないしな。バイキング形式にした」
当然のように言ったが、周囲は当然じゃなかったらしい。
「ま、魔王城の備蓄を……」
「勝手に……?」
騎士団も魔族兵達も固まっていた。
なので俺が見本を見せることにする。
社畜時代のイベント営業を思い出した。
試食コーナーで最初に食う係だ。
俺はパンを取り、スープをよそい、普通に食べる。
「うん、美味い」
その瞬間、広間のあちこちで腹の音が鳴った。
やがて一人の若い騎士が限界を迎える。
恐る恐るパンを齧り――。
「……うま」
次の瞬間。
騎士達が一斉に食料へ群がった。
「肉だぁぁ!!」
「スープ!! 温かい!!」
魔族兵達も負けじと食い始める。
さっきまで殺し合おうとしていたのに、今は酒の取り合いをしていた。
……なんだ。
飯食ってる時は普通じゃないか。
食事が進むにつれ、空気も少し緩んでいく。
だから俺は切り出した。
「俺、争い嫌いなんだよな」
その瞬間。
「はぁ!?」
魔族側と騎士団側、両方から怒声が飛んだ。
「攻め込んできたのは魔族だろ!!」
「先に侵略したのは人族だ!!」
「村を焼いたのは誰だ!!」
一気に怒号が飛び交う。
さっきまで飯食ってたのに急に険悪である。
「やめろ」
低い声が漏れた。
また少し魔力が漏れたらしい。
瓦礫が浮いていた。
……あ、しまった。
慌てて下ろす。
「言いたいことあるのは分かる」
長年戦ってきたなら、恨みもあるだろう。
家族を失った奴もいる。
仲間を殺された奴もいる。
簡単に水に流せる訳がない。
でも。
「飯食ってる時くらい、少し休めばいいだろ」
広間が静かになる。
誰も言い返さなかった。
エルミナだけが俺を見ている。
「……お前は本当に魔王一族なのか?」
「俺も最近そこ悩んでる」
素直に答えると、魔族兵達が頭を抱えた。
安心してほしい。
俺も同じ気持ちだ。




