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第一話 領地拝借

第一話 領地拝借


 今年で百歳。


 魔族では成人を意味する年齢だ。


 そして今日、俺は百年ぶりに父親と再会した。


 広大な玉座の間。


 漆黒の柱。

 赤黒く燃える魔炎。

 空気を震わせるほどの魔力。


 その中心に座る存在。


 魔王グラン・ヴァルガルド。


 魔族の頂点。


 ……らしい。


 正直、実感はない。


 産まれた時以来、一度も会っていなかったからだ。


 そもそも俺は魔族ではなかった。


 前世は日本人。


 どこにでもいる社畜だった。


 朝から晩まで働き。

 頭を下げ。

 理不尽に耐え。


 帰宅して寝るだけの日々。


 気付けば死んでいて、次に目を開けた時には魔王の息子になっていた。


 最初は喜んだ。


 異世界転生。


 しかも魔王の血族。


 最強ルートだと思った。


 ……だが甘かった。


 魔族は長寿。


 成長も遅い。


 百年間、未成年。


 精神だけ日本人のまま百年生きるとか拷問だ。


 しかも周囲は勝手に騒ぐ。


『魔王一族最高傑作』


『歴代最高の魔力量』


『神に愛された存在』


 期待。


 畏怖。


 崇拝。


 そんなものばかり向けられた。


 だが俺は知っている。


 中身はただの疲れた元社畜だ。


 何度も人生を辞めようと思った。


 だが死ねなかった。


 魔王一族の生命力が異常すぎた。


 傷は再生。


 毒も効かない。


 心臓が止まっても復活。


 その結果、心だけがすり減った。


「では、これより成人の儀を執り行う」


 重々しい声が響く。


 並んでいるのは魔王の子供達。


 そして俺は、そこでようやく気付いた。


(……あ)


 周囲を見渡す。


(俺、五つ子だったのか)


 長男は筋肉の塊みたいな巨漢。


 次男は胡散臭い優男。


 三男は目が危ない。


 四男は常に喧嘩したそう。


 ……兄弟ガチャ、だいぶ濃い。


 しかも周囲の魔族達――下僕どもは、兄達を期待に満ちた目で見つめていた。


 次代の魔王候補。


 最強の後継者達。


 そんな熱気が空気から伝わってくる。


 だが、その視線が時折こちらにも向く。


『魔王一族最高傑作』


 そんな噂だけが一人歩きしているせいだ。


 ……本当にやめてほしい。


 俺は静かに暮らしたいだけなんだ。


「成人した貴様らには領地を与える」


 兄貴らしい人達に次々と命が下っていく。


「長男ガルドス。北部戦線領を治めよ」


「はっ!」


「次男ヴェルク。魔導研究都市ケルバを任せる」


「御意に」


「三男ゼルディア。黒沼地帯の管理を許可する」


「やった!!」


 周囲の側近達が青ざめた。


 たぶん爆発する。


「四男ディアス。西部軍事拠点の統括を命じる」


「敵はどこだ?」


「まだ戦争は始めん」


「ちっ」


 怖い。


 本当に兄弟なのか疑うレベルで怖い。


 そして最後。


 魔王――父の視線が俺へ向いた。


「五男レオニス」


「はい」


「お前の能力は聞いている」


 ざわり、と空気が揺れる。


 下僕どもの目が熱を帯びた。


 期待。


 恐怖。


 崇拝。


 勝手に盛り上がっている。


 だが俺は内心うんざりしていた。


「レオニス」


「はい」


「お前は何を望む?」


「普通が良いです」


 一瞬で空気が止まった。


「力は欲しくないか?」


「普通程度で」


「名誉は?」


「普通で十分です」


「支配欲はないのか」


「平穏に暮らしたいです」


 兄達が変な顔をしている。


 下僕どもは困惑していた。


 だが俺にとっては切実だった。


 普通に寝たい。


 普通に飯を食いたい。


 普通に生きたい。


 それだけだ。


 しばらく沈黙が続き――。


 突然。


「ガハハハハハハ!!」


 魔王が笑った。


 玉座の間が震える。


「我が息子にして野心なしか!!」


 豪快に笑いながら、父は玉座を叩く。


「覇道も! 支配も! 力すら求めんとは!」


 いや、疲れてるだけなんだが。


 だが魔王は完全に勘違いしていた。


「強き者ほど執着が薄いという訳か!」


 違う。


「面白い!!」


 下僕どもまで変な方向へ納得し始める。


『これが最強の余裕……』


『欲すら超越している……!』


 やめてくれ。


 本当に違う。


 すると父は上機嫌のまま告げた。


「レオニス」


「はい」


「その境地、見事」


 嫌な予感しかしない。


「故に、お前に相応しい地を与えよう」


 兄達の表情が引き締まった。


「魔王領最前線――東端辺境領。その統治を命じる」


 空気が凍った。


 東端辺境領。


 魔族と人族の国境地帯。


 数百年続く戦争。


 終わりの見えない消耗戦。


 歴代領主は逃亡、失踪、発狂。


 まともに終わった者がいない死地。


「父上! 本気ですか!?」


 珍しく長男が声を上げた。


「だからだ」


 魔王は即答する。


「野心無き強者だからこそ、あの地を治められる」


 評価を盛るな。


「争いに呑まれぬ者でなければ、あの地は壊れる」


 いやもう壊れてるだろ。


 父は俺を見た。


「出来るな?」


 断ったら面倒そうだ。


 俺は少し考えてから口を開く。


「……静かですか?」


「何?」


「人少ないなら、まあ……」


 兄達が頭を抱えた。


 下僕どもは何故か感動している。


『死地を前にしても動じない……!』


『これが器……!』


 違う。


 もう感情が擦り減ってるだけだ。

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