うごうごベイビー017(了)
オチ、あるいは蛇足。
澪影先輩に本日のお礼がしたいと夕食に招かれ、夕刻僕は再び澪影邸へと足を運んだ。
先輩のご両親はどういった理解をされどう気遣いをされたのか、客間で僕と先輩は2人横並びにご相伴にあずかった。振る舞われた料理はどれも料亭で出ても間違いない程の質で、頬が落ちる。
「お礼のついでに、少し聞いてほしいんだ」
そう澪影先輩は、僕に語っていなかった、柏田との関係性を話し始めた。
「柏田先生と付き合っている、君に問われた時に見栄を張ってそう伝えた記憶があるんだけれど。
本当はね、それ、嘘なんだ。
全部、私のワガママで先生を押し倒しただけなんだよ。五回だ。その全部で、先生は最後まで私を抱かなかった。頑なに彼は私を求めてくれなかったし、それでも私は彼を求め続けた。
この前キッパリ、こっぴどく振られてね。それが今回の始まりだった。迷惑だっただろうね、本当に過ぎた火遊びだったよ」
柏田先生は小柄でスポーツマンだった。とはいえ、教師という職、そして家庭を持っている、それが故に多忙で、今や細身であった。
対して澪影先輩は僕とそう変わらない程の背丈であり、女性にしては立派な体躯。しかもインターハイへ弊部を導く現役。
どちらがどちらを組み伏せたか、考えてみれば確かにその方が説得力があった。
なんとも情熱的な人だった。
訝屋は言っていた。“大和撫子のイメージは清楚であり、文武に長けた和装美人だと思っているだろうけれど、そのモデルは清楚とは程遠く性には奔放な豪傑女性だった。
何が言いたいかって、人はそうあるものだと思えば、簡単に曲解してしまう物なんだよ“と、正にその通りだった。
僕は完璧な彼女しか知らなかった、その一面しか知らず、火遊びに対してこうも盲目になってしまうのかと嘆いた。
しかし、彼女は元からこういう人間なのだ。僕が完璧であって欲しいと、そう曲解していただけに過ぎなかったのだと。
「最初っから、望みがないことなんてわかっちゃいたんだけどね。どうしても可愛くって、欲が出てしまった」
あぁ、この人は本当に先生が好きだったんだな、と。
冷静でいて物事を俯瞰することが出来きる。教師と生徒。しかも不倫だ。発覚すれば、大騒ぎでは済まない。
それをわかった上で、彼女はアプローチし続けたのだ。その危うさごと突き進める強さは、やっぱり澪影先輩らしかった。
「終わりは呆気ないものだったし、生まれて初めて人を殺しそうになった。大切な後輩の命まで危険に晒して、それでものうのうと今回私は生き残っちゃった」
彼女は大きくため息をつく。
まるで一つの物語にピリオドを打つかのように。
「でも、ちゃんと吹っ切れたよ。身に宿してわかった、あの子の母親には私は成れない。その幸せを壊す権利も、これ以上関わる権利も私には無い。
それでも、この恋を私は無かったことにはしない。澪影灯火の人生は経験を糧に良い方向へ進む物語だからね」
そう、彼女は僕に宣言する。概ねこれを聞いて欲しかったのだろう。この経験はもう十分に咀嚼した、そして飲み込んだ。あとは自らの糧になる。
彼女らしい、強い人間の、惚れ惚れするような宣言だった。
「さて、時にアリクイ君よ」
松茸のお吸い物を噎せる。急にその名前で呼ばれると気構えてしまう。怪異絡みでつけられたその字名を。怪異絡みの連中にしか呼ばれていないその名を呼ばれると、嫌でも勘繰ってしまう。
「君って、訝屋さんの連絡先って持ってたりする?」
彼女は赤らめた頬で照れながら、それでもしたたかにそう問う。転んでもタダでは起きないその姿勢に、僕は感服せざる負えなかった。
澪影灯火はまた恋をする。
うごうごベイビー(了)
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