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第16話 向こうとこっち

2022年3月 Vandits field戦場内会議室 <冴木 和馬>

 今日は(株)Vanditsの全体ミーティングの日だ。恐らく同じ時間帯にデポルトでも今期末の会議が行われているはずだ。ただ、こちらはデポルトとは違いいつも通り2時間もあれば会議は終了する。

 普段からの打ち合わせが多い事もあるが、会社としては期末ではあるのだがクラブとしては絶賛リーグ中である為、感覚的にクラブとしての日程を優先する形になってしまう。


 話し合う内容はやはり前節の引き分けについて、そこは強化部とコーチ陣の中で話し合われた内容を運営部に対して報告して貰い、今後のトレーニングメニューなどの変更を報告して貰う形になっている。

 基本的によっぽどの事でも無い限りは運営部は強化部とコーチ陣が出したクラブ強化策(スカウトは別)に対しては口は挟まない。質問は矢のごとくするけど。


 今回の一節に関しては高知ユナイテッドの強度の高いショートカウンターに対するこちらの対応が全て後手後手となり、何よりもあの快速サイドバックを良いように走らせすぎてしまった事。もう一点と前掛かりになり過ぎていた事など、今までなら修正出来ていた事が上手く機能していなかった事も大きな要因だと報告された。

 そこも今後長い期間を使って修正・向上させていかなければならない。


 「練習中に河合が右足首を捻り、津田が左ハムストリングに違和感を訴えて検査の結果、両名とも今週末の二節には出場できません。(白川)」

 「いい加減台所事情は厳しいと言うに。怪我は練習をしていれば仕方のない事とは分かっておるが。(御岳)」

 「こればっかりは仕方ないでしょう。コーチ陣としての今週末の対応は?(和馬)」

 「控えの河合の所に一条を入れます。状況に寄りますが、一条と石井に関しては今シーズンの早い段階でハーフだけでもJFLの強度を感じさせたいと思っています。もちろん結果が最優先ですが。(百瀬)」

 「石井は今シーズン加入の選手だけど、コーチ陣としては問題ないとの判断と受け取って良いのかな?(和馬)」

 「練習では十分にレギュラーメンバーの強度にもついて来れています。そして若手中心とは言え、新潟の若手と張り合えたと言う期待感が先行してしまっているのかも知れませんが。(板垣)」

 「まぁ、期待しちゃうのは仕方ないさ。そこの判断は皆に任せるよ。出来ればホーム戦とかだと盛り上がりそうだけど。まぁ、勝負の世界は分からないか。」


 今のところは心配な部分はあっても不安は無いって所かな。さて、こちらからも一応伝えておこうか。


 「えっと....うちのクラブに直接関わる話では無いが、報告はしておこうと思って。」


 全員が不思議そうにこちらを見る。


 「飯島は今季、個人昇格は無いそうだ。」


 皆がガッカリした顔をする。去年の渡西以降、飯島は好調過ぎるくらい非常に好調だった。大活躍と言って良い。ナショナル・ディビジョン1はまだ全日程を終えていないが、ベルギーリーグの冬の移籍期間含めてヨーロッパの移籍ウインドーは二月中旬で全て閉じてしまった。個人での昇格は叶わなかったが、それには理由がある。


 「FCデュビスがベルギー二部への昇格を決まりそうだ。」


 皆が手を叩いたりガッツポーズをしたりして喜ぶ。こればかりは定期的に試合内容や結果を上げてくれているサイトも無いので、飯島の報告を待つしか無かったのが現状だった。


 ナショナル・ディビジョン1は五月の最終節までにまだ残り6節ほど残っているが、現在首位のFCデュビスは残り全敗でもない限りは首位は安泰だろう。今季、飯島はここまで24節に出場。その中で1800分近い出場時間を獲得している。恐るべきは個人成績だ。18得点8アシスト。得点ランク3位、アシストランク9位の文字通り大活躍。

 その中で個人昇格を果たせなかったのは、飯島自身がFCデュビスの成長と変化を感じて二部もこのチームで戦いたいと思ったからだそうだ。


 「飯島曰く、今のFCデュビスは県リーグを戦っていた時のうちに近い感覚があるんだそうだ。段々とピースが埋まっていく感覚が楽しいと言ってた。」

 「下手に新しいチームへ移るよりは連携やコミュニケーションも一年で少しは取れるようになってるでしょうし、そちらの方が良かったのかも知れませんね。(板垣)」


 そしてもう一つの報告だ。


 「2022-23シーズンに入る前、まぁ、もう既に連絡は取り合ってるけど、飯島にはPSLM(パスラム)羽生(はにゅう)さんが代理人としてついてくれる事になった。」


 皆から拍手と共に「おぉ~!」と言う声が漏れる。PSLMとは常藤さんの奥さんである静佳さんが共同経営者の羽生秀則さんと共に立ち上げたスポーツアスリートのマネージメント会社だ。

 飯島からさすがにプロ契約が現実的になった時に「どうすれば良いでしょう?」と相談されてしまった。ドイツ語もたどたどしい状況で飯島個人での移籍交渉は不利しかない。俺はすぐに静佳さんに連絡してその事を相談すると、「ぜひうちで担当させてほしい」と言う言葉を貰えた。


 「プロ契約、ありますかね? (森)」

 「羽生さんはそのつもりらしい。この成績でプロ契約の打診が無ければ、移籍を視野に売り込みをかけると言ってた。ただすでに何クラブか話は来てるらしい。後は飯島とデュビス次第って事なんだろう。」


 この成績でプロの二部に昇格を決めてプロ契約の打診をしてこないチームなら、とっとと別へ移った方が賢い。まぁ、そこは徹底的に悩めば良いんだが。


 「負けておれんの。」


 御岳さんの言葉に皆が静かに頷いた。


・・・・・・・・・・

2022年3月 芸西村 デポルト農園敷地 <藤村 雄平>

 「あの....お願いしますっ!」


 作業着を着こんで畑にいる皆さんにお辞儀をした。Vandits高知に期限付き移籍で来て、初めて会社が運営している農園のお手伝いに来た。と言うのも、俺は新潟と契約しているのでVandits高知との契約上はサッカー以外の業務を手伝う必要が無い。

 でも、練習に参加させて貰うようになって本当に不思議だったのは、皆さんガンガンフィジカルトレーニングをしている訳でもないのに、体幹が強く競り合いで優位な体勢を取れる事が多かった。それはベテラン・若手関係なく。


 成田君に理由を聞いてみると「若手は全員が農園の仕事を日中しているから、その仕事自体がトレーニングのようなものなんです」と言っていた。そこで俺は新潟に農園の手伝いをして良いかどうか相談して、(株)VanditsがOKならば良いよと言って貰い、冴木さんに相談したら「気持ちは嬉しいけど、キツイぞぉ~」と一応はOKを貰えた。


 そして、今日だ。早朝の只っ広い畑には普段練習で一緒に汗を流している選手達が何人も同じように作業着を着こんで笑顔でこちらを見ている。他にもアルバイトスタッフの方もいると聞いてる。総勢20名ほどの人達が作業している。


 俺を指導してくれるのは望月さん。八木さんから聞いたけど、たった1シーズンではあるけどVandits安芸時代の守護神と言われた人であり今でもトレーニングを続けていて、育成世代の指導もされているらしい。


 「藤村君、宜しくね。ホントに物好きだねぇ。大変だよ?」

 「皆さんのフィジカルの強さの訳を知りたくて。あの....農業した事ないですけど、宜しくお願いします!」

 「まぁ、こう言う野菜を使って皆の寮のご飯作ったり、えんがわってカフェで提供してたり、うちのクラブを小さくだけど支えている部署だから、取っ掛かりはどうであれ興味を持って貰えたのは嬉しいよ。」


 自分の浅い興味に若干の申し訳なさを感じながら今日の作業の説明が始まった。今日は玉ねぎとねぎの収穫。なんだ、土を耕したりする作業じゃないなら楽じゃないかと思っていた自分を今ならぶっ飛ばしたいと思っている。

 この先、一ヶ月ほどの間、俺はつねに太ももと背中に筋肉痛を感じながら生活する事になる。

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