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第9話 偶像と虚像の中で生きる者

2022年2月 Vandits field内戦場 <北川 広貴>

 『本日のご来城、誠にありがとうございました。』


 有澤さんと阿部さんの挨拶が終わり、スタジアムの照明が全灯されて係員担当の社員の皆が一斉にスタジアムの観客席通路の各ポジションに就いてお客様の誘導を始める。

 大評定祭は15時からのスタートだったけど、入城自体は12時から出来るようにしていた。来城のタイミングを分散させる事で駐車場の案内やシャトルバスとの案内によって混雑を引き起こさないように細心の注意を払っていた。


 しかし、退城のタイミングはそうはいかない。イベント終了が19時半で敷地の門を完全に閉めるのは22時。それまでに6000人近い来城者を全て安全に誘導しなければならなかった。

 和馬さんの発案で陣中食事処は20時半まで販売OKとし、21時で食事処からの退城をお願いする形にした。そうする事でまだお食事されたい方などを少し分散出来るかもと言う淡い期待があった。


 始まってみれば多少なりではあるけど、食事処に残ってくれているお客様もいらっしゃった。シャトルバスはさすがに待機列が出来てしまったようだけど、自家用車で来城された方々は混雑も無く敷地外にはご案内出来たようだった。

 ただ、後日談にはなるけど敷地門から最寄りの国道55号線までの脇道が少し案内表示が甘い場所があったようで、道に迷ったと言う報告がいくつか挙げられていた。


 ただクレームになる事案や怪我やアクシデントなどは無く、何とか無事に終える事が出来た。広報部はやはりイベントの中心部署になるので、この一ヶ月ほどは全員がピリピリしていた。


 「お疲れさまでした! (有澤)」

 「いやぁ、ホントにお疲れさまでした。お見事でした。(北川)」

 「本当に何事もなく終えられてホッとしましたね。(阿部)」

 「阿部さんのおかげです。(北川)」

 「いえいえ。そんな....」


 お互いがお互いを褒め合い謙遜し合って雰囲気は上々だ。放送ブースの片付けを始める為に広報スタッフが乗り込んできた。まぁ、ここでいかに早く撤収するかで、この後の打ち上げの料理に温かいうちにあり付けるかどうかが決まってしまう。

 選手達がまず一番に到着するだろう。(試合をした事もあり、片付けには参加しなくても良い事になっているので)当然、片付け業務が一番多い広報部が最も出遅れる事は決定してしまっている。だから若い社員の皆は準備の時よりも一生懸命に片づけを頑張る。


 まぁ、常藤さんや和馬さんの事だから広報部が参加出来るタイミングに合わせて調理部や出前を持って来てくれるお店に時間をずらしてお願いはしているはずだ。....ですよね? 和馬さん。


 僕は放送ブースの片付けを皆に任せてダッシュで出演者控室に向かう。女性陣の控室前にはうちの女性社員が常に立っていて、基本的にはマネージャーさん以外は入室させない決まりになっている。

 僕が社員に「ご挨拶出来るタイミングになったら教えて」と伝えて、少し離れようとすると部屋の中からマネージャーさんの声で「大丈夫です」と声がかかった。お声をかけてドアを開けると、中には宗石さんと水木さん、そして和歌葉さんもいらっしゃった。どうやら和歌葉さんもご挨拶に来ていたタイミングで談笑されていたようだ。


 「お話し中に申し訳ありません。本日は本当にお疲れ様でした。素晴らしい内容でした。本当にありがとうございました。」

 「良かったですか!? 北川さん! (詩織)」

 「もちろん! 最高でした。」

 「あの....私はどうだったでしょうか? (和歌葉)」


 非常に自信なさげにこちらの反応を伺っている和歌葉さん。あのお客様の反応を見て自信なさげって....いや、素晴らしい出来だったじゃないか。


 「本当に....素晴らしかったです! 有難う御座います!!」

 「....良かったぁ.......ふぅ。」


 大きく息を吐いて安心した顔をする和歌葉さん。彼女は今回のイベントの為に東京からきていただいたシンガーソングライターさんだ。東京での仕事があった際に偶然新宿で路上ライブをしていた彼女を見かけた。あまりの歌声と目を引き付けるその存在感に、頭の中に「大評定祭のどこかで彼女を使えないかな?」と思い浮かんだ。


 善は急げで彼女に声をかけたら、まさか事務所には所属せずにフリーで活動していると言う。名刺を渡し事情を説明すると非常に恐縮されてしまった。どうやらこう言ったイベントの打診は初めてだったらしい。


 その後はこの一年、非常に大変だった。常藤さんや杉山さんに出演をOKさせるだけの企画と言うか大評定祭の台本を用意しなければならない。そして彼女にはうちの事を配信などを通して知っていただき、イベントに合いそうなオリジナル曲を歌ってもらいたいと伝えた。当然、まだ彼女の出演のOKは会社から出ていない段階だ。


 実際に出演OKとなり、オリジナル曲の候補も3曲も提示して貰って検討に入った。実はオリジナル曲は当初は激しめのロックテイストの曲になる予定だった。歌詞の内容も『不可能を超えていく・壁を乗り越えるのではなく叩き壊す』的なものでぴったりだと思った。

 しかしここで意見をくれたのが和馬さんだった。選んだのはまさかのラブバラード。どうしてと思っていたら、最初に候補になった曲はこの大評定祭後に開始が予定されている南国放送さんとの番組のメインテーマに使わせて貰ったらどうかと言う。そしてこのバラードがイベントの最後なら皆さんの気持ちが落ち着いてる状態で退城誘導が出来るからロックテイストの曲よりも多少混雑具合が変わるのでは無いかと言うのだ。


 それを聞いて自分の中でも確かにと思う部分があった。ロックテイストをイベントと番組どちらにも使う事も出来るけど、それだと番組を見た視聴者の方が「あっ! イベントで歌ってた奴だ!」と言う驚きはあっても、初めて聴いた時の印象は少なくなってしまうのかなと。

 そこから南国放送さんにも交渉させていただくと、二つ返事でOKが返って来た。杉山さんが教えてくれたが南国放送さんからすればテーマ曲を構える手間が無くなるだけでなく、チームイメージを持った曲をクラブ自身が選んでくれた方が局側が選ぶよりもサポーター達には届きやすいと言う事らしい。


 イベントが終わってみればバラードにした事は大成功だった。和歌葉さんも自身の感触としては非常に良かったと思っていたが、さすがに周りの反応が気になってイベント終了後にすぐに宗石さんに聞きにいらしたそうだ。

 ちなみに和歌葉さんはこのイベントから宗石さんが所属している芸能事務所『ファクト・ファミリー』に所属する事が決まっている。本人も「お仕事増えるかも」と喜んでいた。


 さっきまでの神がかったような二人の雰囲気からはかけ離れた控室の雰囲気に思わず笑顔が零れる。この人達は自分の中に普段の自我とは違うナニカを飼っている人達だ。この仕事をするようになって知った。芸能の世界に生きる人達の中にはこう言う人達が時折表れる。

 そのナニカを意図してかせずかは分からないが、表へと引き出してまるで別人のようなパフォーマンスを魅せる。いや、サッカー選手も同じだな。八木君や成田君はその部類に見える。


 凡夫な自分は憧れる事もあるけれど、きっと心が持たない気がしている。僕には理解出来ない努力の量と濃度の中でこの人達は生きている。

 だから、その世界で生きられないならば、せめて支えられる人になりたいと思った。それもきっと大変な事なのだろうけど。

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