80.懐かしの味
太陽暦1306年10月下中旬 柳泉
思わぬ事態で余計に混乱するこの場を治めたのは、かき乱した張本人である水月殿だった。
「とにかく私の店の前で騒ぎを起こされては困ります。場合によっては自警組織を呼ぶことになりますよ」
「呼べば良いだろう!事情を聞けば必ずそっちに非があることを分かってもらえる」
「とにかくその話も含めて私の店で聞きますから。柳泉殿も如何ですか?」
「・・・何故ですか?」
「これも何かの縁だと思ってよろしくお願いします。それにあなた様ほど頭の切れる御方であれば、この問題の解決策を導き出してくださるのではないかと思うのです」
すでに俺の周りに人はいなくなっていた。俺が海興国の王である白麗様に信を置かれていると言われた辺りからだ。
少し畏れるような視線を向けられているのは納得いかないが、このままこの場に残されるよりは何倍もいいだろう。
「そちらのお連れの方もご一緒にどうぞ。歩家のご子息様ですね」
「そのこともご存じだったのですね」
「商人にとって情報は銭より大事ですからね。銭は情報についてくると私は考えておりますので」
水月殿はそう言いながら俺達を店の中へと案内した。店内の売り子達は何事かと俺達を見ている。俺の後ろを歩いている霊水の商人という男に関してはかなり睨まれている。
まぁほぼ営業妨害を受けていたのだから仕方が無いのかも知れないが・・・。
通された部屋には調度品が多く飾られていて、豪華な椅子も用意されている。おそらく商談用に使用しているのではないかと思われた。
「まずはお名前をお伺いしても?」
「霊水国より帝都に店を出すよう命令を受けた万由円と申す。この帝都では魚鱗商会という店を開き、国より送られてくる新鮮な魚を売りさばいております」
「魚ですか。たしかに青海商会と売り物がかぶると言いえばかぶりますよね」
俺は隣で話を黙って聞いている水月殿に確認をとる。っていうかなんで俺が進んで仲裁役をしているのか分からないが、重苦しい雰囲気に耐えられなかったのだと自己完結しておく。
重苦しい原因を作っているのは間違いなくこの2人なのだが、この部屋に入ってから水月殿は人が変わったように静かに、そして無愛想になっている。
あの隣のおじさんが言っていたことがいよいよ現実味を帯びてきたと思った。
「たしかにかぶる。がしかし、その程度で私達のせいにされるのは心外です。それに魚を売っているのは何も私達だけではない」
「確かに・・・。帝都に来てから魚を売る店を多く見ましたが、様々な国の店でしたね」
俺が頷くと水月殿も満足そうに頷かれた。これはどう頑張っても万さんに勝ち目は無いのでは無いだろうか。
しかしそう決めつけるのは仲裁役として役割を果たせていない。どちらの言い分も聞いてこその仲裁役だからな。
「まぁ一度売り物を見せて頂きましょう。見れば何故万さんが水月殿を恨んでいるのか分かりますから」
「では店に使いを送ります。少しお時間頂きます」
部屋より出て行った万さんを見送った俺達はただ無言の時間が過ぎていく。そしてしばらく経った頃、部屋の外に待機していた文沈が部屋へと戻ってくる。
後ろには万さんと、おそらく店の者が2人。なにやら木の箱のような物を持っていた。
「お待たせいたしました。これが我が店で売っている物にございます」
箱を開けると中からはとても懐かしい食べ物が出て来た。
「これは!?」
思わず声を上げてしまう。驚いたのは水月殿も万さんも同じだったようだ。
「こちら我が国で食べられている寿司とさしみにございます」
「寿司?さしみとな?」
水月殿の仏頂面はどこへやら。興味深げに箱の中身を見ておられる。しかし俺からすればとんでもないことなのだ。
この世界にやって来てから、米を食べたことはない。あまりにも流通していないから米という物自体がないのだと思っていた。
しかし何度目をこすってみても、米がある。色の良い魚の切り身の下には確かに米があるのだ。
「万さん!これは!?」
「寿司にございます。下の白いつぶつぶは米と言いましてな」
「やはり米!」
思わぬところで遭遇した生まれ育った地の食べ物の出現に思わず涙がこぼれてしまう。誰も彼もが困惑した様子で俺を見ているが、そんな場合ではない。
「この寿司、1つ買うぞ」
「いえ、こちらにお代はいりません。好きなだけお食べください」
「では遠慮なく」
文沈が慌てて止めようとするが、俺はその程度で止まらない。
「・・・美味い」
「やはり我が国の味は間違ってはいないのです!」
俺と万さんは違う意味でガッツポーズをし、そして握手を交わした。
置いて行かれているのは水月殿と文沈だろう。事情を話す前にどうしても聞いておかなければならないことがある。
「米は何故北部の霊水にしか流通していない?」
「隣国の商人に聞いたところ、米の発育条件に最も適しているのが霊水なのだそうです。他の地域でも作ったそうですが、全て失敗しております」
「・・・万さん、いや由円殿!俺は海興国に仕える身ではあるが、由円殿の店から米を買うことは可能だろうか」
「よろしいので?」
「当然だ!俺にとっては懐かしい味なのだからな」
「こ、今後ともご贔屓によろしくお願いいたします!」
これで俺は米を食べられる。由円殿は客を手に入れた。まさにWin-Winだ。しかし何かを忘れている気が・・・。
隣を見ると唖然とした表情で俺達を見ていた水月殿と文沈が。
そうかまだ話は解決していなかったか・・・。
次回投稿は7/19です。




