52.天命
太陽暦1305年6月終旬 高白麗
「それで使いとは誰であるか」
「“龍陽成”様にございます。他の方々は祝いの品を朱光様にお渡しに行かれております」
「陽成様か。これはいよいよ厄介なことであるな」
「おそらくは・・・」
呂伏は軽く頷く。であろうな。龍家と言えば、陽帝家の中で最も高い地位を得ている一族のことである。龍一族の者は代々帝に仕え、各々が重要な役割に付けられる。
今回使者として参った龍陽成とは、帝家の外交を采配しておる者。軍事力を持たない帝家がこれまで何の侵攻も受けずに、その守護者としての地位を守っているのは代々外交を指揮する者が優秀だった証である。
そしてそれは今代の者も同様であった。
「まったく、朱光のめでたい日だというのに帝家は厄介なことをしてくれたものであるな」
「特使様に聞かれてしまいます」
「であるな。さて、では陽成様のお顔を久しぶりに拝むとするか」
大広間に着くとすでに陽成様は座っておられる。いつもなら我が座っておる場所であるが、陽成様が帝家の臣という立場であっても守護者様の庇護下にある我らは下に座らねばならん。
「待っておったぞ、白麗殿。随分と立派になられたものであるな」
年は50頃だっただろうか。間違いなく我よりも年上の特使様は早速そう声を我にかける。
「陽成様はお変わりないようで。最後にお話しさせていただいたのは朱光が生まれたときでしたか」
「そうであったな。“炎帝様”より祝いの品を持ってきたときである。あの頃はまだここまで国が安定しておらず随分心配したのを覚えておるわ」
朱光が生まれたのは13年前。その時に祝いの品を運んできた責任者が陽成様であった。つまりそれ以降帝家との関わりは一切無かった。
それが今更である。きっかけは朱光の婚姻であったかも知れぬが、それでもこのタイミングで2人だけで話すことになるとは、気が抜けぬ、そう嫌でも思わされる。
「さて、本題に入りましょうか」
「陽成様自らとなりますと、なにか重要なお話でしょうな」
「まこと話が早いことよ。・・・実はここだけの話、炎帝様の体調が優れん。ここ数ヶ月、何度も薬の世話になっておる状態が続いていてな」
それは驚きだ。炎帝様はたしか御年74歳。十分に生きた事にはなろうが、帝となればそう単純な話でない。
「それは初耳にございますな。どうにか養生していただきたいものです」
「それがそうもいかんことが起こっておる」
「何がありました」
陽成様のお顔は暗い。これは尋常でないことが起きているのであろう。
しかし天子様の地位は盤石だったはずである。我らのような跡継ぎ争いが起きるとは思えん。他の懸念要素・・・。
「最近帝家最大の従属国、“晋西国”が帝都を囲むように勢力を拡大しておる。しかし帝家を守るためだと言われれば我らは何も文句が言えん。そして今では完全に掌握されてしまった」
晋西国か。たしか黒家が王であったはずだ。炎帝に代替わりして最初に結んだ婚姻関係であり、我より先に妻をもらっておる王がおる。現在の王は“黒玉樹”といったか。大陸中央をすでに手中に収めており、多くの小国も従えておる。我らとは比べものにならない国力を持つ、大陸第一勢力である。
「少々厄介なことが起きそうですな。積極的に内部に干渉されているので?」
「天子様には男の子がおらぬ。お年を考えると子をもうけることも現実的ではない。孫の代をどうするかという点で、晋西国が介入してきておるのが現状である」
まこと厄介なことである。これまで帝家は純粋な帝家の血を守ってきた。一度帝家から出た者の血縁者から帝が輩出された例は一度も無い。
もし晋西国が帝を排出した場合、それは晋西国のほしいままに大陸を支配できるということになる。
「我らに何かせよと申されますか」
「わかっておろう。この大陸で晋西国に対抗できる可能性を秘めておるのは、ぬしら海興国だけである。炎帝様のお言葉である。心して聞かれよ」
「はっ」
我は頭を下げて、陽成様の言葉、炎帝様のお言葉を待つ。
「早急に大陸南部を統一し晋西国に対抗しうる力を得よ。そして帝家より黒家の勢力を駆逐せよ。それまで我は死ねぬ。との事にございます。高白麗殿は海興国の主であると同時に帝家の庇護下にあるのです。そのことゆめゆめお忘れなされるな」
「肝に銘じております。では急ぎ大陸南部の掌握に努めましょう。炎帝様にそうお伝えしていただきたい」
陽成様は満足そうに頷かれた。それと同じ頃に朱光に祝いの品を運んでおった使節の者どもらが戻ってきた。
「ではな、白麗殿。次に会うのは帝都であろうかな」
「そうだと良いのですが」
頷くと陽成様は大広間より出て行った。
「お疲れ様にございました」
「呂伏か、急ぎ数人を広間に集めよ。天命にある」
「かしこまりました」
呂伏の足音が遠のいたことを確認してから、軽く息を吐く。
「まこと帝家とは厄介な存在よな」
この言葉は誰にも聞かれておらん。この大陸で生きていく以上誰にも聞かれてはいかん言葉。
それでも言わずにはおられぬ。我らは厄介な首輪を付けられておるのだ。




