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29.宰相を離れ、新天地へ

太陽暦1304年12月終旬 柳泉


 張姫様、いや今は張希京様。後宮を出るための用意があるということであの場で一度分かれた。

 あの部屋から出ようとした時、星蘭ちゃんにとても褒められたのだが、おかげで服は涙で濡れている。

「柳泉殿、お待ちしておりました。主様のお部屋はこちらになっております」

「あ、ありがとうございます」

 後宮から出て政務宮に入ったところで、呂伏殿が待ってくれていた。

一般的に王宮には、政務宮と後宮とに分かれている。政務宮とはその名の通り、政治を行う場であり主様の執務室や宰相殿の執務室をはじめ、各省の棟や国民の陳情を受け付ける場所まで色々ある。

 後宮とは王家の一族の者が住む場所のことだ。屋敷が王宮内のさらに塀に囲まれた場所にある。政務宮と後宮でははっきりと分けられていて、自由な往来は出来ないことになっている。

 そして主様の私室も政務宮にあるのだが、その部屋に入るのは今日が初めてでその場所に行くのも初めて。

 この広い王宮だ。案内無しでは迷うだろう。

「失礼します。柳泉殿をお連れいたしました」

「うむ、入れ」

「どうぞ」

 呂伏殿が扉を開けて俺に入るようにと合図を出す。

「失礼します」

 なんせ初めてなのだ。主様の私室に入るマナーを知らない。こんなことになるのなら宰相殿に聞けば良かったかも知れない。いやあの人にマナーを聞いても無駄か。

 中に入ると、主様ともう1人男の人が座っていた。

 その人の背後には、なかなか年季のはいった杖がおいてあった。

「待っていたぞ。そこに」

「はい」

 今度はちゃんと指された場所に一発で座る。満足そうに頷かれた主様は、正面を向いて俺と隣の男性を見た。

「柳泉、紹介する。この者は紅林。現在白轟の元で相談役を務めておるこの国の重臣の1人だ」

「お初にお目にかかります。紅林にございます。柳泉殿とこうしてお話しするのは初めてでございますな」

「ご丁寧にありがとうございます。柳泉です」

 頭を下げると、紅林殿が小さく笑われた。疑問に思って頭を上げると主様も笑っている。

「たしかにお若いですな。ですが利発そうな顔つきでもある」

「であろう。我もあの策を聞いたときは驚いたものだ。我が軍最強の将を囮に使って敵を滅せなど、誰も思いつかぬであろう」

 およそ4ヶ月前の話。釣り野伏せはこのとおりだいぶ好評なのだ。

 未だに俺の中では整理できていない。あのあと雄全殿に聞いた話だと、釣り野伏せだけで800もの兵と将を討ち取ったらしい。

 当時の侵攻軍の6分の1が俺の言葉1つで死んだんだ。これが素直に喜べる日が来るとは思えない。

「そして兵農分離策ですな。あれも評判はかなりよろしいですぞ。将も、出世の可能性を秘めているということで国民も大多数が受け入れましたからな」

「そのおかげで我らはいつでも戦を起こせるし、戦える。練度も一定を維持できるし信用ならん傭兵を雇うことも無くなる。ただし一部の海賊衆から相当恨まれているようだがな」

 なんだか怖い話が聞こえた。聞こえなかったことにして問題ない内容だっただろうか・・・。

「そして極めつけが、張希京様の御下贈ですか。白轟様も唸っておいででしたな。あの年でそこまで頭が回るのかと。そんな御方が正式に御家来になられたのです。数年後が楽しみですな」

 紅林殿は心底おかしそうに笑っておられる。俺だってそこまで褒められれば悪い気はしない。合わせて軽く笑っておいた。

「でな、その数年後、柳泉が我の臣として本領を発揮できるように今から用意しておこうと思う。柳泉、そちは陸宰相殿の元を離れ紅林の下に付け」

「紅林殿の下ですか?ということは白轟様の下で働くということでしょうか?」

「そうではない。新年の儀の際に新たな部署を設置する。その部署は我直属の部署として異例のものとなるであろう」

「はぁ」

 間抜けな声が出たと思う。しかしわからない。主様直属・・・。

「今日も話をしたが、臣らの役割を明確に分ける。それによって一部の臣が将として武力を持つことになるのだが、よからぬことを考える者が出んとは限らん。それに領民の努力が直接その領地の力になると理解するものも出てくるであろう。やり過ぎると心が離れる。将が裏切らずとも民が裏切れば結果同じ事。それを監視するのが、新部署の役割である。それと同時に有事の際には、軍の頭脳としてそれに対処する。簡単な話、治安維持を目的とする部であるな」

「そこに私が?」

「長官は紅林とする。ただし発想力においてそちの右に出るものはおらんと思うておる。その力を持って、我が国を支えよ」

 まぁ拒否権は無い。俺は正式に高白麗様に仕える臣になったんだ。こういうときは

「その任、しかと承りました」

 と言うしか無い。主様はまた満足そうに頷かれている。

「柳泉殿がはやく一人前になり、皆に認められることを願っておりますぞ。白轟様から早く戻ってくるようにと言われましたのでな」

 ここは・・・苦笑で返しておいた。俺だって気がついていないわけじゃ無い。

 ここ最近好意的な視線が増えた気はする。それでもまだ見下されているのだ。それも当然。俺はよそ者で、若輩者なんだ。

 妻を娶った身としては、いつまでも未熟で舐められたままではいられない。

 俺はこの国で生き抜くことを決めた。

次回の投稿は4/2の夜になるかと思います。

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