50.毛玉の正体
ブクマ&感想ありがとうございます。
私は手の中の毛玉に目を向ける。
ユーリに負けず劣らずのふわふわな毛玉は跳ねるように動いている。
「喋れるようになったら名前聞かせてね」
そう話しかければそれに答えるかのように「キュウキュウ」と鳴いた。
「先生、ちょっとこの子お願いしても良いですか?」
ダントンに手渡そうとすると、毛玉は手をするっと抜け出し隣にいたユーリの頭に飛び乗った。
「キュウ、キュウ~」
『・・・おい』
大きいもふもふの頭にちょこんと乗った小さな毛玉。毛玉はどことなく満足げだが、乗られたユーリの方は面白くないようだ。
私はそれを見て和み、ラジアスは「ずいぶん懐かれているんだな」と笑いを堪えている。
「おやおや、最初に助けたのが聖獣様だからでしょうかね」
『はあ・・・もう何でも良いから早く光珠をよこせ』
「はーい」
ユーリにせっつかれて私は光珠を作成する体勢に入る。とは言ってもそんな仰々しいものではないのだけれど。
姿勢を正し、足は肩幅に開き両掌を胸から拳二つ分ほど離したところで重ね合わせる。
いろいろ試してみたがこの体勢が一番集中できるのだ。
一度身体の空気を全て出すように深く息を吐き、合わせた手の中に魔力を集中させると途端に手の中に温かさを感じた。
少し離れたところではラジアスとダントンが見守っていた。
「先ほど魔導師長が展開した魔法は?」
「おや、気づいていたのかい?さすがだね。ここまで探りに来る者もいないとは思うが、光珠の作り方はまだ公にしていないからね。ちょっとした目隠しだよ」
「杖で地面を叩いただけで・・・恐れ入ります」
「これでも魔法機関のトップだからね。気が付いただけで副隊長殿もじゅうぶんすごいさ。ハルカ嬢はきっと気が付いていないと思うよ」
「魔力は高いんだがね」と言うダントンの視線の先には集中しているハルカがいる。
「副隊長殿は光珠作りを見るのは初めてかな?」
「はい。話は聞いたことがありますが実際目にしたことはありません」
「あれは面白い。私がハルカ嬢と同じようにやっても光珠を作りだすことは不可能だった。そもそもあのように魔力が目に見えているということも不思議でならん」
ハルカの手の中に白く輝くような光が見える。通常魔力は目には見えないものだ。
「保有魔力量もさることながら魔力の濃度によるものなのだろう。あれを見て副隊長殿はどう思う?」
「どう、と言われましても・・・」
考えながらラジアスは視線を隣のダントンからハルカに移す。
ハルカの手から漏れ出る淡い白い光は傍にいなくても木漏れ日のような温かさすら感じる。
「そうですね・・・。少し気恥ずかしい言い方をするなら、“美しい”でしょうか」
「ほう。なぜかな?」
「なぜとは、また難しい質問ですね。感覚的にそう思ったというのが一番正しいですが・・。あえて言葉にするなら、あの魔力をどこか神聖に感じる自分がいるからですかね」
そしてその魔力を発しているのが他でもないハルカだから、である。
ラジアスはハルカを見つめたままさらに続ける。
「自身に魔力の供給をしてもらった時も思いましたが、彼女の魔力は温かく包み込まれるようで、魔力だけでなく心も満たされるような感覚になります」
「ふむ。しかし・・・私は今惚気られているのだろうか」
ダントンの思わぬ言葉にラジアスはハルカに向けていた視線を顔ごと隣にいる男に向けた。
「は?の、のろ・・・いや!そのような話では・・・」
「まあまあ。兎にも角にもハルカ嬢が信頼しているのが副隊長殿のような方で安心だ。ハルカ嬢が一人で対処出来ないようなことが起きた時はよろしく頼むよ」
「は、はあ」
『お前はハルカの親か何かか・・・』
それまで黙っていたユーリがのそのそとやってきた。
それとほぼ同時に、ハルカもこちらにやってきた。
「できましたよ。この子用にいつもより少し小さい物を二つ用意してみたんですけど・・・あれ?ラジアス様なんか顔赤くないですか?」
「気のせいだ。気にするな」
『そんなことよりも早くそれをよこせ。こいつがさっきからずっとそわそわしているのだ』
ユーリにこいつと呼ばれた毛玉は嬉しそうに跳ねて私の腕に飛び移り、そのまま掌に収まった。
可愛い・・・!
「これ欲しい?」
「キュッ、キュウキュウ~」
「これは、言葉が通じなくとも欲しがっているのがよく分かるね」
『幼くとも魔力持ちだからな。光珠の美味そうな匂いは分かるのだろう』
「そういうものなのか」
掌の上でぴょんぴょん忙しなく跳ねる毛玉の前に小豆大ほどの光珠を二つ転がしてやる。
するとあっという間に二つとも飲み込んでしまった。
「え?!いっきにいくの?大丈夫?」
私の心配をよそに、毛玉は美味しかったのか嬉しそうに跳ねた。
そして、ユーリの時と同じように毛玉が白く輝きだした。それが治まると、手の中の毛玉は光る前より少し大きくなっていた。
「なんだか、少し大きくなったか?」
ラジアスも同じように思ったらしい。
皆で毛玉を覗けばくりくりとした二つの目と目が合った。
『ふむ。美味なり!』
「毛玉が喋った!」
『人間!我は毛玉ではないわ』
そう言うと毛玉はボンと音をたてて煙に包まれた。モクモクとした煙が消えた後には手のひらサイズの小さな生き物がいた。
『我の本来の姿はこちらよ』
「これはいったい・・・」
ふわふわの白い毛を纏った、リスのようなトカゲのような、でも羽があるから鳥のような、とにかく見たこともない生き物がそこにいた。
「か・・・可愛いっ!!」
(なにこれ?!なにこれー!!めっちゃ可愛い!)
『これは・・・驚いたな』
「聖獣様はこの魔力持ちの正体がおわかりなのですか?」
『おそらくだが、ザザ山に住む天竜・・・だと思う』
今、竜と言ったか。
ファンタジーの世界によくあるドラゴンのことか。
驚いてユーリに聞こうとした私の声はラジアスとダントンの声にかき消された。
「天竜?!あの、あの天竜か?!」
「天竜ですと?!あの天候さえも操ると言われている?!」
『おそらく・・・。私も成体しか見たことが無いから断言は出来ぬがな』
ラジアスとダントンは口が開いたまま唖然とした表情で先ほどまで毛玉だったものを見つめている。
この二人がここまで驚くということは相当レアな生き物なのだろう。
『はて?おぬしとは会ったことがあったか?・・む、やはりまだ力が足りぬようだ』
ボンっ!
またしても天竜?は煙に包まれた。
そして煙が消え去った後にいたのは先ほどと同じ白い毛玉だった。
「あれ?元に戻っちゃった」
『あの姿は疲れる。今はこちらの方が楽だ』
「そっかー。さっきの姿も可愛いけどこっちの姿も可愛いね」
『我が可愛いとな?うむ、まだこの大きさではそう言われても仕方ないか』
「可愛いって言われるのは嫌?」
『いや、おぬしの言葉に悪意は感じられぬから問題無い。先ほどの魔力も実に美味であった。礼を言う』
毛玉はちょこんとお辞儀をした。
(くう!可愛い!!)
溢れる気持ちを抑えて、私の方に飛び乗った毛玉を撫でていると、いまだ信じられないものを見るように立ち尽くしている二人を尾で叩きながらユーリが毛玉に話しかけた。
『おい、名は何という』
『名前?我に名など無い』
『名付けてもらってもいないのか・・・そもそもなぜ幼体のお前が紅鳥なんぞに捕まっているのだ。親はどうした』
『?可笑しなことを言う。我に親などいない。我は常に我であり他の何者も我にはなりえない』
もう言っていることが理解できない。ユーリにどういうことだという視線を送れば、ユーリもまた考えるような素振りを見せている。
『せっかく久方ぶりに外の世界に出たというのに・・・紅鳥なんぞに捕まるとは我も腑抜けたものよの。自身が情けないわ。あのまま喰われていても死ぬのは紅鳥の方であっただろうが、消化液まみれになるのは嫌だからな。助かったぞ、白いの』
毛玉はそう言うや否や再びユーリに飛び移って後頭部のもふもふの毛の中で跳ねた。
『おいっ、止めんか!』
もちろん毛玉は言うことを聞かない。
『はあ・・・なんだかハルカと似ているな』
「え?私もっと落ち着いてるでしょ」
「言われてみればユーリを撫でている時のハルカに似ていなくも無いな」
「怖いもの知らずというか、なんというか。というより私はまだ状況が飲み込めないのだがねえ」
いつの間にか復活していた二人にも言われたが、納得がいかないんですが。
そんなことを考えていると、毛玉は『ハルカとはおぬしのことか?』と聞いてきた。
「そうだ。まだ自己紹介してなかったね。私がハルカだよ。で、白い大きいのがユーリティウスヴェルティ。私はユーリって呼んでる」
『お前、私の名前を言えるようになったのか』
「さすがに今はね。ちゃんと呼んだ方が良いかな?」
『ふん・・・今さらだろう』
「だよね。ありがとう」
言えるようにはなったが、やっぱり長すぎる名前は舌を噛みそうだからお許しが出て良かった。
毛玉は考え込むように『ユーリ…ユーリ・・』とブツブツ言っている。そしてはっと思い出したように言った。
『おお!おぬし月白のか!以前会ったのはずいぶんと前だったと思うが、小僧が立派になったものだ』
「あれ?やっぱりユーリ知り合い?」
『私が知っているのは成体の天竜だ。幼体に会うのは初めてのはずだが』
『阿呆が。その成体が我だと言うておるのだ』
『どういうことだ?』
『どうもこうも、先ほども言ったように我は我以外にはおらぬ。以前の身体がだいぶ老いたものだから生まれ直したのだ』
ここまで聞いて、私の頭はパンクした。
生まれ変わる、ではなく生まれ直す?成体も幼体も同じ天竜?疑問しかない。
わけが分からなくなっていたのは私だけではなかったらしく、ユーリもラジアスもダントンも、皆揃って天竜に説明を求めた。
また見たことも聞いたこともない生き物を生み出してしまった・・・。
天候さえも操る竜→「天竜」という安直な名前の付け方をしました。
なんとか50話までやってきました。
こんなに長く続くとは思っていませんでした。
・・・何も考えずに書き始めた自分が恐ろしい。
頑張るぞー( `ー´)ノ




