31.意地悪紳士
ブクマ&評価ありがとございます。
「ダンスは相手との距離が近いですしね。そういうことなら私で良ければお相手しますよ」
「ありがとうございます・・・って、あれ?今なんておっしゃいました?」
「私で良ければ?」
「違います。その前・・・」
「ああ、好きな相手だと緊張する、ですか?」
「そ、それです。好きな相手って」
「ですから、ハルカは副隊長を好いているのでダンスといえど距離が近くて緊張するのでしょう?」
その通りだ。いや、その通りなのだが。
「なんで、なぜ知ってるんですか?!」
私だってつい最近自分の気持ちを認めたばかりなのに、なぜルバートにそれがバレているのか。混乱して口をパクパクさせている私にルバートがにっこりと笑って言う。
「最近少し副隊長のことを避けていますよね。それと、今までより一歩分距離が遠いです。それでいて視線は副隊長を追っているので、そうではないかと思っていたのでカマをかけてみました」
「カマ・・・。というかそんなところまで見られてたんですか?・・・なんか変態的ですね・・・」
「失敬な。人間観察だって大事な訓練のうちですよ」
「・・・そうですか」
人に自分の気持ちを指摘されることがこんなに恥ずかしいとは思わなかった。そこまで態度に出していたつもりもなかったのにバレてしまうとは。
「あの、まさかとは思いますが副隊長は気づいてない、ですよね?」
「おそらく。セリアンにハルカのことは妹のように思っていると以前言っていたようですし。それにあの見た目でしょう?今までわかりやす過ぎる好意をぶつけてくるご令嬢ばかりでしたから意外と鈍いんですよ」
「やっぱりモテるんだ・・・そして妹・・・」
「ハルカ?」
妹、妹か。
いいじゃないか。ただの部下から身内的立場までランクアップだ。嬉しいことじゃないか。それ以上を望むのは欲張りというものだ。
「こんな男みたいな女が妹で良いんですかね」
私は顔に苦笑を浮かべて言った、はずだった。
「なんて顔しているんですか」
「え?」
「そんな泣きそうな顔をするくらいなら思いを告げてしまえば良いんですよ。そうでないとあの人は気づきそうもないですよ」
思いを告げる?私がラジアスに?
そんなの無理に決まっている。ただ好きでいるだけで十分だと自分に言い聞かせたばかりじゃないか。
「無理です。そんなことできません」
「なぜ?」
「なぜって・・・私と副隊長では立場が違い過ぎます。それにあんな素敵な人なら先ほどルバート様がおっしゃったように多くの美しいご令嬢から慕われているはずです。私なんか・・・」
私の言葉は尻すぼみになっていき、ついには音が無くなった。
この世界に来てから、ラジアスが女性たちに囲まれる姿を幾度となく目にしている。自分なんかとは全然違う白い肌に、長く艶やかな髪を持つ美しいドレスの良く似合う美人ばかり。
考えれば考えるほど自分とは違う彼女たちの姿を思い出し気持ちが沈む。こんなネガティブな考え方は自分らしくないと思っていても、膝の上に置いた手をぎゅっと握り俯いたまま顔を上げられなかった。
「失礼」
その声と共に俯く私の額にルバートが人差し指を当て、力でぐいっと顔を上げさせた。顔を上げて目に入ってきたのはこちらを見据えたルバートの顔だった。
「何する―――」
「らしくないですよ」
「え?」
「ハルカが自分に自信が無いのはよくわかりました。ですが、私なんかという言い方はよくありません。他の令嬢との見た目の違いを気にしているなら、そんなもの今からでもどうとでもなります。あとは立場でしたっけ?それも大した問題ではありません」
「でもっ・・・副隊長は貴族なんでしょう?私は庶民です・・・」
「そこからして間違っていますがね。ただの平民が国王陛下に御目通りを許されると思いますか?特殊な魔力を持ち、直接魔導師長から指導を受け、国から保護されているような平民なんかいませんよ。貴女が平民なら他の人たちはそこら辺の石か何かになってしまいます。反対に貴族のご令嬢にハルカの隊での仕事ぶりのような働きを期待することは出来ません。それと、ハルカの国ではどうだったか知りませんが、この国は当主さえ認めれば貴族と平民も普通に結婚することが可能です」
「・・・え?」
思いがけない一言に思わず目を瞠ると、ルバートは指を外して腕を組み溜息をついた。
「やっぱり知らなかったんですね。妙に立場を気にしているのでもしかしてとは思いましたが。貴族と平民、立場は確かに違いますが、その関係性は他の国に比べればかなり緩いものです。実際、私の母はパン屋の娘でしたが父に見初められ恋愛結婚しています」
「パン屋・・・」
「まあ中には貴族であることが偉いと勘違いしているものもいますが、そんなのは一部です。ですから、あとはハルカの気持ち次第なんですよ」
私の気持ち次第。
欲張ってみても良いのだろうか。この気持ちを育てても良いのだろうか。そんなことを思った時に重要なことに気付く。
「・・・でも振られることだってありますよね」
「それはまあ。なにせ相手はあの副隊長ですからね。頑張ってください。まあダンスくらいの接触で慌てているようでは先は長そうですが」
「~~~~っ!」
「なんですかその顔は。っはは、さっきの顔よりはよほど良いですよ」
「・・・ルバート様って結構意地悪ですよね」
「おや、心外ですね」
「・・・・でも、ありがとうございます」
「はて、なんのことでしょう?ダンスの練習頑張りましょうね」
「はい。よろしくお願いします」
ルバートがにこやかに笑っているので私もつられて笑顔が戻る。
まさかダンスの練習相手を頼むところからこんな話になるとは思っていなかったが、結果的にルバートのおかげで心が軽くなった気がする。やはり私の周りの人たちはみんな良い人ばかりだ。
食堂を出て部屋に戻る際も、ルバートはわざわざ反対方向の私の部屋まで送ってくれた。
うーん、紳士。セリアンだったら絶対一人でさっさと帰っていくに違いない。
私は一人ベッドの中でルバートの言葉を思い出す。
“見た目の違いなど今からでもどうとでもなる”
その通りだ。今の自分に自信が無いなら変わる努力をすれば良いだけだ。髪だってこれから伸ばせば良いし、お化粧だって覚えれば良い。服だってお給料が貯まったらドレスは無理でもスカートを買えば良いのだ。
急に女っぽくするのは恥ずかしいが少しずつ変われば良い。なりたい自分になるために、少しでも自分に自信を持てるように頑張るんだ。
私はこの世界に来て何度目かわからない気合を入れたのだった。
ルバートがこんなに喋る男だったとは。
4話目で登場しているのに今までほとんど喋らせてなかったなーと今さらながらに思いました。




