意外性と道化は、マジック以外でも案外役に立つ
――――最初に動いたのは僕だった。
「ふはははは!必殺!『シルクハットバード』」
頭に被っていたシルクハットを取り、前に突き出す。
「クルッポー」
―――すると中から、一羽の鳩が飛び出した。
いや~、やっぱりマジシャンでシルクハットといったら鳩だよね。お決まりだ。
「なっ!?」
だがまあ、お決まりとはいっても、突然鳩が飛び出して来たという事態に石神さんは口を開けて驚いていた。
いいね。その顔!その驚いた顔を見るのもマジックのやりがいの一つだ。
が、石神さんが驚いたのは一瞬だ。
すぐに銃を構える。
鳩に狙いを定めて、引き金を引く。
ぱんっ
見事に弾は鳩を捉え、打ち抜いた。
結構なスピードだったと思うんだけど、あれを打ち抜くとか、神業か!?
鳩は砕け散る。
粉々に。
うん。まあ本物の鳩じゃなくておもちゃの鳩だからね。
だけど、これでいい。
打ち抜かれた事こそ予想外だったが、問題は無い。
カッ!!
砕けた鳩から、強烈な光が漏れだす。
「は?」
予想外であろう事態に石神さんは驚いている。
いやー、やりがい感じるな~~~。
確かに、シルクハットから鳩が出るのはありきたりなマジックだろう。
が、その鳩が作り物で、しかも――――閃光弾になっているとはさすがに予想出来なかったらしい。
といっても、石神さんにはそんな事を気にしている余裕はもはやないだろうけど。
「ぐわっ!?」
石神さんは閃光で目が眩んだらしく、手で目を覆った。
完全に、石神さんの視界は奪われたはずだ。
僕は全力で走る。
石神さんに向かって突っ込んだ。
「悪いね!暫く寝ててくれ!!」
そして、石神さんの首筋に全力で手刀を――――
「げぼはぁっ!!」
――――叩き込めなかった。
い、いってえ!い、今何されたんだ!?
腹がもの凄い痛いんですけど!?
見ると、石神さんは大分遠くで足を前に突き出していた。
どうやら、僕は蹴り飛ばされたらしい。
石神さんは、真っ直ぐに僕を見据えていた。
え?嘘でしょ!?
目、見えてるの!?
僕が唖然としていると、
「はあ・・・・。シルクハットボーイ、お前、バカか?誰がお前の持ち物を没収したと思ってんだよ?閃光弾の鳩をお前が使う事なんざ、最初っから知ってるんだよ」
・・・・・・・あ、そうですね。そう言えば、あの時シルクハットも没収されてましたね。
「くそうっ!!」
「はっ!それどころか、お前が今まで犯して来た『笑顔お届け活動』と称した犯罪の数々も念入りに調べ済みだ。お前の手の内が俺には手に取る様に分かるんだよ。お前に勝ち目はない。諦めて投降しな!」
石神さんは僕に銃を突き付ける。
先程、杉林を行かせる為に威嚇射撃に使う事は有っても、直接僕に向ける事は無かった銃を。
何となく、石神さんの考えは分かる。
警官のプライドとして、犯罪者といえど、人を傷付ける事はしたくなかったのだろう。
が、ことここに至って、石神さんは僕に銃を向けた。
――――絶対にこいつだけは捕まえる。
そんな石神さんの覚悟が、感じ取れる。
僕も覚悟を決め、杖を構えた。
「その杖も知ってるぞ!押収したからな!とは言っても、その杖ただ花が飛び出すだけの武器じゃねえか!そんなものが何の役に立つ?」
「武器じゃないよ!!」
言うや否や、僕は石神さんに向かって走り出した。
相手は銃で僕は杖なのだから、近づかない事には勝ち目など有りはしない。
石神さんは、引き金に掛けた指に力を込める。
が、その顔には躊躇いの色がありありと浮かんでいた。
まあ、人を撃つのだ。どんなに覚悟を決めても、そうそう引き金を引けるものではない。
だから、僕が杖を前に突き出す方が早かった。
石神さんに向かって、杖から大量の花があふれ出す。
「っ!!だから何なんだよ!」
石神さんの指は引き金を引き切り、無音の弾丸が飛び出してくる。
そして、弾丸は杖からあふれ出す花を吹き飛ばし、その後ろにいる僕に―――――
当たらなかった。
当然だ。
だって、そこにもう僕はいないのだから。
あふれ出した花で石神さんの視界を奪い、僕は体を沈めていた。
今はもう、石神さんの目の前だ。
すぐ上には石神さんの顔が見える。
僕の攻撃が届く距離だ。
ふっ、全く、石神さんにも困ったものだ。
この杖を、武器呼ばわりしてくれるなんて。
たまたま今回は役に立ったものの、これ、ただ花が飛び出す杖だよ?
そんなの、武器な訳ないじゃん。
これは―――――
「オシャレアイテムだ!!」
僕の渾身の右ストレートが、石神さんの腹を捉える。
まあ、僕程度のパンチだ。さっき、石神さんが僕に食らわせた蹴りみたいに、人が吹き飛ぶ様な事は無いだろうが、かなりのダメージになるであろう事は間違いない。
これで倒れて気絶でもしててくれませんかね?
「――――――そこはせめて、マジックアイテムにしとけや」
「へ?」
ドムッ!!
あれれ?何だか鈍い音が聞こえたぞ?一体どこから聞こえたんだろう?
「って、いってえええええ!!」
またしても、僕は吹き飛んでいた。蹴り飛ばされていた。
てか、石神さんに僕のストレート全然効いてないんですけど!?どうなってんのあの人?ホントに人?
「なるほど。手の内がバレている事を知りながら、使い方で俺の意表を付いてくるのか。その考え方は素直に関心するよ。おかげで一発喰らっちまった。でもな、シルクハットボーイ・・・・・、お前、ひ弱すぎ」
「いやいやいや、確かに僕は別に力が強い訳じゃないけど、それでもビクともしないあなたは明らかに可笑しいからね!?」
「バカ言え。ただの日頃の努力の賜物だよ。ま、これで分かったろ。勝ちようが無いって。諦めて捕まれよ。マジで」
石神さんは手錠を取り出し、僕に近づいて来た。
なるほど。石神さんが強いのは分かった。
本当に、僕の手の内も調べつくしているんだろう。
が、だから何だ?
それで僕が諦めて捕まる理由になる訳が無いだろう。
石神さんは強い。
僕の手の内を知り尽くしている。
だけど、勝つ。
だから、勝つ。
僕が、勝つ。
全てを逆手に取り、僕が勝って見せる。
「石神さん、これ何だか分かります?」
僕は痛む体に鞭を打ち、無理やり立ち上がる。
そして、マントを翻し、――――中から爆弾を取り出した。
先程、警備員を脅すのにも使った爆弾だ。
「なっ!」
石神さんは表情を引きつらせる。
「おっ、やっぱり知ってましたか。本当に僕の事、調べ上げたんですね。じゃあ、こいつの威力も知ってますよね?」
僕―――――シルクハットボーイには、爆弾で巨大ビルを倒壊させた実績がある。
「もしも、こいつがここで爆発すれば、まあ僕らは無事では済まないでしょうね?」
「正気か?・・・・いや、犯罪者に正気を疑うのはナンセンスだったな。お前は元から狂っていたっけ」
「理解が早くて何よりです。では、状況が分かったところで、僕の言う事を聞いてもらいましょうか」
僕は石神さんが持つ手錠を指さした。
「その手錠で、石神さんとそこらの手すりを繋いで下さい。そうすればもう僕らの邪魔も出来ないでしょう?」
「・・・・・ああ、分かった」
石神さんは悔しそうに顔を歪めると、落下防止の為に設けられた手すりの近くへ歩いて行く。
――――丁度、僕と石神さんの間位にある手すりだ。
「・・・・・?ちょっと、僕に近づきすぎじゃ――――」
思った時にはもう遅かった。
石神さんはこちらに向け、全力で駆け出して来た。
「えっ、うわっ!!」
瞬く間に、僕は押し倒され、抑え込まれる。
「シルクハットボーイ、お前は色々考えている様に見えて、その実、何も考えていない。今、グラビティツリーには俺らを含めて、警官と犯罪者の四人しかいない。この状況で爆発をそこまで危険視する必要はないなぁ」
「なっ、命が惜しくないのか!」
地面に顔を押し付けられながら、僕は叫んだ。
「惜しかったらまずここには来てねえんだよ!!」
言いながら、石神さんは捻り上げられている僕の右手に手錠を近付けて来る。
「そうですか。じゃあ、仕方ないですね」
僕は多少の自由が利く左手を石神さんに見せつけた。
「っ!」
そこには、起爆スイッチが握られている。
慌てて、石神さんがそれを奪い取ろうと手を伸ばすので、拘束が緩む。
僕は即座に体をひねった。
そして、石神さんが持つ手錠を奪い取る。
が、同時に石神さんも僕から起爆スイッチを奪い取った。
僕が右手に握っていた爆弾本体は、今のいざこざで床を滑って手の届かないところへ行ってしまった。
ま、どうでもいいけど。
僕は素早く石神さんの手を掴むと、近くの手すりと石神さんの手を―――――
ガシャリッ
手錠で繋いでやった。
「げっ!」
おっ、石神さんがやっちまったって顔してる。何か新鮮。
「ふはははは!!残念だったな!これで僕を追って来る事は出来ないぞ!!」
僕は勝ち誇った声を上げる。
ピュンッ!
そして、僕の顔のすぐ横を、無音の物体が通り過ぎて行った。
仮面の留め金がはじけ飛ぶ。
何とか外れずに引っかかっている様な感じになっている。
「あ、あらあ・・・・」
見ると、石神さんが拘束されていない方の手で銃を持ち、僕に発砲していた。
ちょっと、これは想定外だったかな。
「せいっ!」
取りあえず、思い切り石神さんの銃を蹴り飛ばして吹き飛ばす。
「ぐっ!」
石神さんが苦悶の声を上げた。・・・・何か、すみません。
まあ、でもこれで――――
「石神さんはもう身動きできないし、僕の勝ちですね・・・・。ふうっ、頑張った~~。おっと、早く屋上に行かないと」
僕が踵を返し、屋上に向かおうとすると、
「いや、ちょっと待てよ!」
石神さんが、何やら有り得ないものを見た、と言った感じの悲鳴に近い声を上げた。
「何ですか?僕、急いでるんだけど」
「いやいやいやいやいや、お前本当に状況分かってんのか?これを見ろ!」
言って、石神さんは手錠がかかった手に握られたそれを、僕に見せつけた。
「・・・・・起爆スイッチですね?それが何か?」
「何か?じゃ、ねえだろ!!今、お前らの命は俺が握ってるようなもんなんだぞ!なに平然と屋上に向かおうとしてんだ!マジで爆破させるぞ!!」
「どうぞ」
「どうぞ!?」
やれやれ、何を驚いているんだか。
「押したければ押して下さい。その爆弾・・・・・・・偽物だから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
「いや、へ?じゃなくて」
石神さんはまじまじとスイッチを見て・・・・、そして、押した。
当然、爆発なんてしない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ね?」
――――――――固まる時間。
「だ、騙された~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!」
お、その顔も初めて見るな。新鮮新鮮。
「いや~~~~~、すいませんね。爆弾なんて二度と作らないと心に誓っているもんで」
「て、てめえ!やってくれるじゃねえか!この嘘つきが!逮捕してやる」
「むしろ手錠かかって逮捕されたみたいになってるのは石神さんの方だけどね」
「くっそ~~~~~~~!!!!」
「まあ、その・・・・、ドンマイ!」
「ふざけんな、この―――――――!!―――――――!!―――――」
何かとんでもない罵声が聞こえた気がしたけど、まあいいや。
「ま、石神さんは全部が終わるまでここで待っててよ。悪い事にはならないからさ。むしろ、めっちゃいい事が起きるんだよ?」
「犯罪者の言う事なんか信じられるか!てか、石神”さん”って呼ぶの止めろマジで。知り合いみたいで気持ち悪いだろ」
・・・・・・ふむ。
暫く僕は考えたが、決めた。
石神さんなら、いいか。
「じゃ、僕の言う事なら信じてくれます?ま、知り合いって程の仲でもないけど」
今にも取れそうな仮面を、僕は自ら外した。
「・・・・・・・・・なっ!!!」
相当に石神さんは驚いていた。
「まあ、そういう事だから、僕を信じてここで待っててよ」
それだけ言って、僕は今度こそ屋上へ続く階段に向かって走り出した。
石神さんの返事は待たない。
杉林を雫の元に行かせてしまっている。
雫の事だ。
大丈夫だとは思うのだが、それでも心配なものは心配だ。
「今行くからね!待っててよハニー!」




